VSネオ・サピエンス(前篇)
「ふうん」
例によって〝感知〟から派生させた〝千里眼〟にて遠方を覗いていた日和が短く呟く。
「他も随分な健闘だ。これは本当に勝てるかもね」
「そん代わりこの国滅ぶんじゃね?見ろよ姐御あっち焼け野原」
「向こうの山も消し飛んでますよ。貴女のように無茶苦茶する輩が他にもいるのですね」
人を越えた者である高月あやかはリロードを重ねた眼球で同じ視界を共有し、そもそも人ですらないヴェリテは素でその長距離を見通していた。
着々と戦場が本来の地形から様変わりしていく中、その一端を引き起こしていた当人らは呑気なものだった。
何せ本来の参加者が未だに眠りこけたままなのだから、動くにも動きようがなかったというのが正しいのだが。
「それにしても彼の回復力は人並み外れたものがありますね、異世界技術を用いているとはいえ、既に内外の傷が塞がっていますよ」
所変わって今は野営地たるキューブ山麓。そこでは棺のようなカプセルの中に納まった夕陽が昏々と眠り続けている。中は薄緑色の液体で満たされているが、生命維持は問題なく行われているらしい。
「無意識化で自己治癒能力を〝倍加〟で向上させているんだろう。そういう訓練を前にやらせた」
高月あやかとの戦闘後、すぐさま日和が向かった先で発見した医療器具一式。フロント・ラインに残された『カンパニー』の残置物はこの国の人間では用途が分からなかったのか、非常に良好な状態のままで放置されていた。
ただ問題点としてあったのが電源。敗北したあとも付きまとって来る高月あやかの泥人形にカプセルを運ばせたはいいが、どうしたものかと考えあぐねていたところで夕陽と幸に付き添っていたヴェリテという存在。
最高の電源が其処にいた。
「まったく。竜の鱗や牙、臓器などを目当てに討伐に乗り出す愚かな人間は多く見てきましたが、まさか雷竜をこんな使い方した人間は後にも先にも貴女だけでしょうね」
ジト目で睨むヴェリテは両手にコードの末端を握り締めたまま絶妙な調節で電量を加減していた。
「おいおいお門違いな八つ当たりはよしてくれよ。自身で傷つけた彼を君が治したいというから最適な任を与えてやっただけだろうに。現に君がいなければ夕陽の怪我はもっと深刻なままだった」
「……そうですね。そういうことに、しておきましょう」
最適な任。確かにそういうものではある。ベルを失ったヴェリテは今後正式な戦闘に介入することは出来ない。
それをこの中で可能なのは日向日和しかいないのだ。
「では、貴女は貴女の任を果たしてください」
周囲の泥が蠢く。中心に立つ高月あやかは二人とは違う先を見てへらりと笑っていた。
「おっと。なんかとんでもねえ美人が来たぞ?」
絶世の美女。そう形容するしかないもの。
不自然なまでにそう感じさせる何かが、金色を振り撒きながらやってくる。
「そうだね、私は私の役目をこなそう。どけ魔女、お前が戦うと戦争が乱れる」
「ひでぇ…」
片手を払ってあやかを除けて、日和が金色と対峙する。
『Ⓙ陣営の日向日和、♦陣営のネオ・サピエンス。。双方同意しますか?』
「同意だ、早くしろ」
「jgiadkcsoapr」
煩わしそうに日和が、形だけ作られた口から放たれる意味不明の言語でネオ・サピエンスなる存在が同意らしきものを示した。
『カウントダウンを開始します。5、4、3、2、』
「夕陽の意識が無くて今は良かったですね。アレに抗えるのは我々だけでしょう」
「あんなん効くの人間だけだろ?これくらい抵抗できなきゃ神様目指せませんて。ってか姐御はなんで平気なん?」
対峙するだけで存在そのものに干渉してくる高位生命体の圧力を感じながらも、竜種であるヴェリテ、そして人にして人を辞めた超越者たるあやかはけろりとしていた。疑問が残るのは一応人間のはずの日向日和。
「格下相手に怯える要素が一体どこにあるというんだ」
「……krs」
『1、開始』
テレパシーで何を読み取ったのか、左手に刀を携えた日和へ向ける作り物じみた視線は強く敵を見据えていた。
「「あ」」
開戦と同時に日和達を覆う影。見上げる間も無く落ちてきたのは正方形の岩。破壊されたキューブ山の一欠片。
明らかに重力以外のエネルギーが加算された岩が、自然落下を遥かに超える速度で地面を抉り、
「そんなに、死にたいか」
瞬く間に亀裂を走らせ砕け散った。
「「あー」」
意図せず二度も声が重なったヴェリテとあやかが、殴り飛ばされた美女が黄金の残滓を残しながら消えて行くのをただ見送った。
「幸。夕陽の意識は今、異世界技術の恩恵で復調した肉体に置いて行かれたまま浮上できずにいる。君なら内側から彼の意識を引っ張り起こせるはずだ。…本当ならこのまま終戦まで眠らせておいてあげたいところなんだが、それでは彼の気が済まないだろう」
「…っ」
頷いた幸がすぐさま〝憑依〟の応用で夕陽の深奥へ潜り込むのを確認して、日和は吹き飛ばした敵の行方を目で追う。
「竜、君は引き続き電力供給。そっちの人でなしは……夕陽が起きる前にどこかへ消えろ、その瘴気は治療に害でしかない」
「ひっでぇ…!?」
「気安く呼ばれるのは不愉快ですけれど、そのまま竜と呼称されるのもそれはそれで不快ですね。一応、私ヴェリテと申しますのでお見知りおきを」
二人の返答にその背は反応を示さない。無言で一歩踏み込み、ただその一歩で日和は視認可能な距離を超えた。
「姐御がめちゃくそ怒ってるんだがなにあれ、俺様とやった時だってあんな怒ってなかったぞ?」
「理由なんて一つしか思い当りませんが」
この短時間ですら容易に掴めた日向日和という人間性。
自分に関係ないものであれば人だろうが人外だろうが無関心、邪魔であれば消すだけ。そこに憐憫や同情といった人間らしさが入り混じる余地は一切無く。
だからきっと、あの女が人らしさを見せるのなら、それを引き起こす要因はたった一つしか在り得ない。
偉大なる雷竜のナンバー2はただ不憫に嘆く。
「憐れですね、四人全員を纏めて屠ろうなどと考えたばかりに」
ヴェリテであれば問題無かった。高月あやかであればきっと好都合とすら考えただろう。
だがそれは失策だった。何よりの愚策だった。
大事な我が子に圧死の危機を与えた相手を、欠落した人間性が残す唯一の大切を侵害した怨敵を。
赦す、はずがない。
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