【危機戦・神造巨人征伐】編

世界の危機は眼前に


 暴竜テラストギアラの体内、その最奥部にて。

 連れ去られたウィッシュ=シューティングスター。〝成就〟の概念体は半透明の円筒の中に囚われていた。

 竜王の持つ破壊の力によって生み出した牢獄。内からも外からも並大抵の干渉では破れない強度を誇るその中に閉じ込められたウィッシュの意識は失われたままだ。

 薄暗い体内において、光の粒子を絶えず撒きながら浮遊するように円筒内で肢体を揺らめかせる少女の姿は、宇宙空間で置き去りにされた星の光のようだった。

「……」

 そんな少女を見据えつつ、竜王エッツェルはたった今起きた異常事態に静かに目を細めた。

 意識は無くとも概念体としての機能は働いている。ウィッシュに向け竜王はある『願望』を三度口にした。願いを叶える条件である。

 しかしその願いが果たされることはなかった。瞳を閉じたまま、機械のように口元だけが無機質な声でこう返す。


『受理されず。その願望は前回入力された願望を阻害するものとされ、却下されました』


 願望を阻害する願望。それが一体どういった旨のものなのかを知る必要があった。さらに言葉を足す。

「その願望はなんだ。誰が願った」

『願望者、「妖魔アル」。願望内容の再現を行います』

 邪魔立てをした男の名を耳に入れ、あの時ホテルでころしておくべきだったと密かに奥歯を噛み締める。静謐の中にある憤りは、次にウィッシュの口から本人そっくりの声色で再現された願いを聞いて倍増する。

『「ここから先、一切の願望を叶えるな。これは願った俺自身が取り消すか俺が死ぬまで継続させろ」。前回入力された願望により今願望の成就は受理されず』

 即座、竜王が円筒の内にいるウィッシュへと手をかざす。

 竜王エッツェルは〝絶望〟の概念体を掌握下に置いたことで概念体というものの理解を得た。これを利用し、強制的に〝成就〟を歪ませシステムを破壊する。

 そうして力を流し込もうと放った時、その手を不可視の衝撃が弾き上げた。

 抵抗、ではなくハッキングに対する防衛機能のような動き。ウィッシュと竜王とを遮る壁のように光芒の紋章が投影展開されていた。

「…あの時か」

 竜王は察する。

 ホテルでウィッシュを捕獲し撤退する間際、彼を襲い掛かった四人。その中に退魔師もいた。

 あれが不意打ちで狙った攻撃―――と思わせた上での術式の仕込み、だったのだとすれば。あの時点からウィッシュには概念体操作の阻害術式が付与されていたのだろう。

 どこまでも邪魔をする者共に対する殺意を抱いたまま、竜王は踵を返し玉座へと腰を降ろした。

「悠長だな、黒竜王。もう一度赴いて処理すればよかろうに」

 玉座の間、その壁際で胡坐をかいて座り込んでいたブレイズノアが動き出さない竜王を見かねてそんなことを言う。

「なんなら私が行ってくるが」

「やめておけ。もうあの一帯には新たな防衛網と術式が張られている。我らの存在を読み取った専用の結界もな」

 対理法概念結界と呼ばれる術式によって概念体を取り込んだ竜王はもちろん、厄竜化した存在や敵性竜種全体に至るまで全ての侵入は遮断された。もしそれでも踏み込むとあらば、それなりの負荷を科せられた状態での戦闘となるだろう。とても警戒態勢に移行したあの領域で無傷ではいられない。

「ではどうする?」

「放っておけ。どうせ彼奴等は黙っていてもここへ来る」

 確信があった。竜王に仇成す者達はいずれも、この概念体の危機を見過ごしはしないだろう。わざわざ胃袋に飛び込んでくるのであれば、こちらから出向く必要もない。

(…さて)

 眇めた双眸は昏々と眠る〝成就〟を一瞥する。

(使えないのなら、使えるように調整するとしよう)

 じわりと。滲み出すように破壊の黒が概念体の肌を少しずつ浸食していく。

 自身が自分ではない何かに書き換えられる苦しみに悶えるウィッシュに、助けはまだ来ない。




     ーーーーー


 所変わってここはエリア8、ミナレットスカイと呼ばれる山岳地帯。貴重な薬草や上質な湧き水などで極めて自然環境の良好なエリア。ロマンティカが元々住んでいた高山もここにある。

 そんな、人の手がほとんど付けられていない山々や大自然が広がる景色の中、明らかに景観を損なうものがそこにはあった。

 首が稼働する最大域まで上げてもまだ足りないほどに高く高く聳え立つ、巨大な人型の鉄像。それもただ屹立しているだけではなく、徐々にではあるものの前進している。

 さらにはその巨人からは翼の生えた人影のようなものが絶えず射出され、光線や砲撃が地表の高山を更地へと変えている。

 どうやらそれらの攻撃挙動は無作為無差別に行われているわけではないらしく、一定の指向性をもって放たれていた。


「やれやれ、まったく」


 そんな空爆のような猛攻に晒される地上にて一人、大きな溜息と共にその攻勢を無数の魔法陣で迎撃している者がいた。

 ブロンドの長髪を手で払い、被るとんがり帽子のツバを持ち上げて、見た目若い女性が両手を広げ魔術を構える。ついでとばかりに傍らに浮かせた水晶型の小型通信端末に魔力を通しスイッチを入れた。


「ようやく馬鹿息子の弔いが済んだと思ったらこれかい。本当に、この世界は退屈って言葉から縁遠いところだねぇ」


 悠久の刻を生きる大魔女・カルマータが鏡の魔術を多重展開させて世界の危機へ単身挑みかかる。

 狙いは勝利ではなく時間稼ぎ。

 水晶型通信端末より、この巨人の情報は速やかに『彼ら』のもとへ送られた。

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