依頼その匙 『滅びた世界の残り灰(破)』
『カンパニー』によって死の星に変えられてから、コロニー外を運行するようになった陸上走行船。今では多くのスポンサーや『カンパニー』傘下の者達が利用している。
そんな陸上走行船が、ゆうに三百を超す大船団としてカレンダーコロニーを遠く離れた灰の海を走っていた。
いや、灰の海を操って船を運んでいた、と言うべきが正しいか。
船団の中心に位置する輸送船から四周へ触手のように伸ばされた灰が各船に連結・浸食し、大船団は一つの塊として今や掌握されている。
どこへ行くでもなく頼りない航行を続ける船団を包む灰が、何かに反応を示しざわりと波打った。
直後、空を裂く落雷と稲妻の咆哮が降り注ぐ。
-----
『無傷です。船団の内、一隻すら落とせていない』
「あれがラスト・アッシュ本体の性能か…!」
薄暗い天空を、風を切って飛ぶ一つの巨影。両翼を羽搏かせ竜化したヴェリテの背に乗る夕陽が舌打ちする。
「今ので気付かれた。積んである重火器の口がこちらを向いているぞ、避けろ」
『言われずとも』
鱗に片手を引っ掛けて眼下を見下ろす日和に応じ、ヴェリテの巨体が急加速した。軌道を追い掛ける形で無数の銃弾砲弾が空に打ち上げられる。
「あの真ん中のが、輸送船コロペンドラ号」
「だろうね。ごらん、君の眼なら禍々しい悪霊の本質がよく視えるはずだよ」
既に〝憑依〟を済ませた夕陽が、ヴェリテの首にしがみつきながら灰塗れの輸送船を視界に収める。
直視するだけで精神を侵されそうになるほどの悪性。無尽の憎悪が黒く重く無数の魂魄を呑み込んでいる。
「夕陽、呼吸は平気?」
「はい。今はとりあえず」
現在の夕陽はコロニーで調達した酸素マスクを被っている。〝憑依〟と〝干渉〟によってある程度の人外化した身体は人の常識を外れた行動を可能とするが、それでも無酸素での生存はそう長く行えない。
「わかった。なら私は降りる。ヴェリテ、君は引き続き空から砲火を引き付けつつラスト・アッシュとやらの防壁を削げ、夕陽はその援護」
『わかりました』
「いや、俺も行きますよ」
高空で爆発する砲弾を避けながら、振り落とされないようにするので手一杯の夕陽の異議に日和はやや困り顔をする。
「見なくていいものを……、いや、知らなくていいことを知ることになるかもしれないよ」
「承知の上です。俺も…それに」
〝……〟
コロニーを発つ前からずっと黙したままの地縛霊が、夕陽の内で意識を向ける。
ガーデン・ライラック戦で夕陽は気付いた。一心同体の極致たる〝憑依〟を通じて、おそらくは少女も同様に気付いている。
ラスト・アッシュの正体。そして。
「……そうか」
決意の瞳に聞き分けがないことを悟ったか、日和は困り顔のまま少しだけ笑った。
「なら行こう。君は私から離れないで。飛び降りた瞬間から狙い撃ちにされるだろうけど、私が防ぐ」
「了解、ですっ!」
頷きながらヴェリテの首から手を離し落下する。
途端に数百の砲口が一点目掛けて火を噴いた。
-----
「はは……素晴らしい!」
高い知能、万の魂魄を利用した分身による船団運行、攻撃にも防御にも長けた灰の悪霊。
予想以上の性能と成ったラスト・アッシュの奮闘ぶりを、船団の一つに立つ老人は嬉々として観察していた。
悪霊怨霊の研究では右に出る者はいない、その道のプロフェッショナル、エキスパート。
ヨハン・V・ベニスは自身の研究が満足な成果を挙げていることに小躍りしたいほどだった。
「これならばやれる。全てを破壊し新世界を創造することすら夢物語ではない!私は新たなる世界の生誕を目の当たりとする第一の人間となる!」
「下らん妄言は終わりか?」
背後からの急襲に、ヨハンの老体は反応できなかった。代わりとばかりに割り込んだのは蛇の尾。
「貴様が日向日和か」
「そういう貴様はヨハン・V・ベニスか」
ヨハンは前社長戦争での情報を握っていたことから、日和は突如として出現した悪霊の存在によって相手を看破した。
情報収集の際にこの男のことも知った。数多くの危険人物の中でも、こちら側の世界に通ずる知識を極めたヨハンを、日和は一層危険視していた。
「貴様が灰の悪霊を産み出したと、それでいいんだな?」
「アレは私の、第二の最高傑作だよ。第一は、もちろんコレだがね」
白兎の刃を弾いた尾の主は、ヨハンを守るように前面に乗り出して臨戦態勢を取った。
「私は私の有用性を示す。『カンパニー』だの、化物人間などに邪魔はさせんぞ」
「無能が。私とあの子がここにいる、それだけで察せない貴様はやはりそこまでの人間だよ」
長剣を切っ先をヨハンと悪霊に向け、高らかに日和は敗北を突きつける。
「最高傑作二つ、残念だったな。貴様ごと両方この場で喪うのだから」
「ほざけ」
退魔師の本領、本懐。
悪霊退治が始まる。
-----
着地と同時に日和さんは船を跳び移って行ってしまった。見逃せない敵が他にいたのだという。
こちらは俺に任せてくれるのだと言外に理解して、少し嬉しくなった。
「ここまで来てなんだが、駄目そうなら引っ込んでてくれ。もしかしなくても辛い目に遭う」
酸素マスクを剥がし、投げ捨てる。そのまま右手をポケットに突っ込んだ。
〝……いえ。いえっ!ここまで来たからには見届けないといけませんから!それに、わたしの力だって必要、ですよね!?〟
「まぁ、な」
地縛霊の少女が内包する莫大な霊力は確かに必要だ。あれのおかげで、俺はこれまで闘えて来ていたのだと、解ったから。
やはり少女は単一の魂ではなかった。そして思い違いをしていた。
少女は地縛霊だ。だがあの家に縛られていたのではない。
ましてや、死したこの地に縛られていたわけでもなかった。
そもそも、彼女はまだ死んでいなかった。
生者から剥離した霊魂。
生霊。
この娘は、まだ繋がっている自らの肉体に縛られていたんだ。
「悪霊は、取り憑いた時間によって成長・進化する。こっちの世界ではそんな理論があるんだな」
つまり逆を取れば、悪霊は何者かに取り憑かねばより強くなることはない。
ラスト・アッシュがこれほどまでに強化されていたのは、純粋に吸収融合した怨恨怨嗟の魂達の総量だけが理由じゃなかった。
悪霊を強化する為だけに生かされた贄、人柱。
三隻を一纏めにした蠢く巨大な灰の最奥。ここからでは見えないが、おそらくいる。
少女の身体、長年昏睡し悪霊の温床とされたこの子の本体が。
「約束を果たす時だ。灰を散らし、お前を解放する」
〝…はい。おねがい、します〟
「幸。いつも通りに…や、いつも以上に踏ん張ってくれ。今回ばかりは負けられない」
強い肯定の意を受け取り、神刀を抜く。全周に展開されている灰が人の形を取り、船の上から俺を取り囲む。中には銃器や刀剣の類を持っている個体もいる。
頭上では灰と砲を迎撃する飛竜が一騎当千の働きを見せてくれていた。日和さんも、きっと俺では敵わないような敵を相手にしているんだ。
だから負けられない。
必ず勝つ。
「やるぞおっさん、頼むぜ」
ポケットから取り出した朱色の鈴を親指で弾き上げる。
『ほいほい、仰せのままに』
一瞬世界が静止した後に現れた中年の男が、パチンと指を打ち鳴らし。
そして隔絶された空間でラスト・アッシュとの決戦は幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます