開始

降り立つ異界、アッシュワールド


 おそらく正規の手順を踏んでいない。

「よし。無事に着いたね」

 満足げに言って頷く日和さんだが、こっちは絶句とドン引きで言葉が出せないでいた。

 例によって『カンパニー』側が用意した転移方法での移動を行おうとしたところ、待ったを掛けた日和さんの一言がこうだ。


「やり方は分かった。連中の手はもう借りない」


 途端に自力で居間のど真ん中の空間に風穴を空けて俺と幸を引っ張り込むもんだからビビった。どうやら異世界転移の方法を会得した、という旨の意味だったと理解した時にはもうそこは見たこともない地。

 人間離れし過ぎでは?

「うん?」

 俺の視線に気付いた日和さんが不思議そうにこちらを見るが、不思議なのはこっちの方だ。とは思っていても口には出せない。

 ともあれ到着したからには気を引き締めねば。もはや異世界の恐ろしさはこれでもかというほどに思い知っている。

「…っ」

 俺の腕を抱く幸が身震いを一つ。どうやら異世界への恐怖によるものではなさそうだ。俺も感じたが、純粋に肌寒い。

 転移した場所は小高い丘。見渡す限りは広い平原と森。それから視界の所々に点々と耕された田畑と村や町。

 おそらくここは。

「ミステリーダンジョン…だったかな?」

「ええ、たしか」

 地上に加えダンジョン化した地下との二層構造となっている、第⑥コロニーに俺達はいた。




     -----


「……オイ、見ろ」

「ああ、わかってる」

「マジかよ…本物か?」


 周囲の視線がこちらへ集まっているのが嫌でもわかる。

 ミステリーダンジョン、転移した地点から一番近い位置にあった町へとまず足を運んだ俺達は、町で最大の規模を誇る建物へ入った。

 役場、兼依頼の発注も行っているらしきそこでは、多くの男女が壁に張り付けられた無数の紙を見上げて延々と話し合っていた。

 彼ら彼女らもバウンティーハンター、とやらなのだろう。それが俺達が建物の扉を開けて入って来た瞬間からこれだ。

 正しくは俺達というよりも、彼女の存在。


「社長戦争でとんでもねえ戦績を挙げたっていう化物女」

「『未知数アンノウン』の日向日和…」

「どっか他のコロニー行ってくれや…ここ吹き飛ばす気か?」


 たった一度の出陣でも、やはり日和さんの名声は異世界に轟いてしまっているらしい。

 俺達の世界とは違う方法で情報伝達が行われているのか、耳を澄ませてみれば役場の喧噪からも他のバウンティーハンターの情報は拾えた。


「賭けようぜ。今度こそあのイカレ不死身女が殺されるかどうか」

「ああ、『狂乱水死体アクアパッツァ』の。アイツ不死の神って話マジ?」

「ってか『骨被りスカルマスク』の兄貴がまた一緒なんだろ?賭けになんねーって」

「『黒騎士』は今回不参加らしいぜ。まあ前にあれだけ暴れたからもう満足なのかもな」

「また異世界転移者が来るらしい。ほんとチートのバーゲンセールかよって」

「新参かぁ。あ、でも相方の女は結構イケてるらしいぜ。綺麗な赤色の眼をしてるとかなんとか」

「新人っていや、なんか蟲を使うのもいるとか?」

「うへぇ、聞くだけでヤバそうなのがわかるわ」

「おい!金髪の幼女がハンターにいるんだって!?どこだよ教えろお近づきになってムフフな展開に持ち込めねぇかな!?」

「馬鹿やめとけ睾丸と心臓潰した上でもっかい殺されるぞ。社長戦争の一件知らねえのか?それより天使のかわいこちゃんの方がまだワンチャンある」


 聞けば聞く程にえげつない面子が揃いつつあるようだ。この中だと俺なんかはむしろ地味過ぎて落ち着くくらいだ。ちょっと安堵。

 と思っていたのに。


「待てよ。あの女が日向日和ってことは、あの隣のガキは」

「寄り添ってる着物の子供も…ありゃ人間じゃねえな、霊の類だぞ」

「なら〝憑依〟使い?おいおいガチでか」


 周りの声が気になって依頼を選べない。日和さんと一緒だからなんだってんだよ。俺は異世界陣営からどんな風に見られてるんだ?

 しばらくボソボソと話す声が行き来して、最終的に確認を取るように男達は潜めた声を揃えてこう呼んでいた。


「「「『猩々殺しゴリラキラー』の日向夕陽……!!」」」




     -----


「離してくれ日和さんっ!アイツらの頭を片っ端からカチ割ってやる!!」

「まあまあ……ぶっ、くく…。いやいや落ち着いて」


 暴れる俺を羽交い絞めにして役場から引き摺り出した日和さんが、表情筋を必死に制御しながら震える顔で俺を宥める。もういっそ笑ってくれた方が楽なんだが?

「何?なんすかこれ?俺なんかした?いや色々してきたけど!」

 確かにこれまで『カンパニー』や『ベイエリア』を潰したりしてきたから異世界からの悪評は甘んじて受けるつもりではあったけど、これは流石にあんまりだ。

「くっそ…畜生め…俺これからそんな二つ名で呼ばれ続けるのか……」

 強制的に外へ出されて項垂れる俺の頭を優しく撫でる小さな手。

「っ。……」

「ああ、幸。お前だけだよ、俺の辛さを分かってくれるのは」

 これまで苦楽も感情も共有してきた唯一無二の相棒を抱き締めると、幸はよしよしと後頭部と背中をさすってくれた。サンキューおかん…。

「とりあえずそんなことは後で嘆こう」

「アンタって人は……ッ」

 人の傷心をそんなことで片付け、勢いよく立ち上がった俺の眼前に一枚の紙を突き出した。

「出る前に一つ、依頼を見繕って来た。ひとまずこれで肩慣らしといこうじゃないか。大丈夫、君ならきっとこなせるはずだ」

 にこりといつもの笑みを浮かべて、日和さんが俺に依頼書を手渡す。

「……あなたって人は、ほんとに」

 いつもこうだ。なんやかんやと振り回しておきながら、やることをきっちりこなす人。だからいつも疑えない、信じてしまう。

 不思議なカリスマを宿した恩師に空気を変えられてしまい、ふうと溜息を吐く。

「わかりましたよ。やりましょう、いつも通りに」

 諦めて、俺も笑い返した。

 そもそもこれが本命だ。いつまでもふざけていないで、俺も本来の仕事を全うすることにしよう。

「そう、その意気だよ。いつも通りに」

 渡された依頼に目を通す。内容は…、


 『依頼「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ」』。

「手始めにこれだろう?」





「〝憑依〟だ幸っ、絶対逃がさん捕まえてふん縛って森までぶん投げてやらぁ!!!」

「ふはは君では無理だそれでは頑張ってきたまえ私は他の情報を集めて来る」


 わかってはいたが全力で追い掛けても日和さんは捕まえられなかった。おのれ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る