依頼その壱 『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ(前)』


(うわいた…)


 所変わってここは第④コロニー・モンスターファーム。

 望まぬ二つ名が広まっていたことに対してひとしきり嘆いた後、幸を伴ってコロニーを移動。とにかくまずはと依頼達成に動いた。

 依頼内容は害獣の討伐。実に分かり易く、達し易いと思われる依頼だ。

 木々が生い茂るジャングルのような環境に四苦八苦しながらも、対象の発見自体はさほど手間ではなかった。

 何せ、喧しいドラミングで常に自らの居場所を明かしていたのだから。見つけられない方がおかしい。

 奇妙奇天烈としか言い様のない化物がそこにはいた。

 アルビノのような白い毛ながらも、瞳は青く巨躯に似合わずやたらと丸い。

 それが、引っ付いている正真正銘の怪物。

 三つ首に三対の巨腕。それらを支える太い胴と両脚。

 知れず溜息が零れる。

(ブルーアイズアルティメットゴリラ…だっけ?ふざけすぎだろ…)

 これで三ッ星相当というのだから笑えない。そもそも依頼書に記されていたレベル星十二というのはなんだったのか。星での脅威分けは五段階までのはずでは?

 謎が謎を呼ぶ謎生物に、これ以上思考を割くのはもうやめた。頭痛の種には深入りしないのが最善手なのだと、異世界案件に慣れた夕陽は悟っていた。

 基本的に相手が異形であっても人ならざるものであっても平等に接する日向夕陽であるが、だからといって全ての在り方を赦しているわけではない。

 害成すものであるのなら、人であっても人でなくとも倒す。

 手早く〝憑依〟を済ませ、草木に身を潜ませながら静かに巨躯の背後へ回り抜刀。

(一撃で首三つは落とせない。なら)

 狙うは心臓。両手で柄を握り、呼吸を落ち着けて〝倍加〟を聴力に集中させる。

 成すは戦闘実験で対峙したゴリラと同じく刺突による絶命。

「……」

 ゆっくりと腰を落とし、利き足に力を溜め込む。初手で決めねば面倒なことになる。

「―――シッ!」

 鼓動の音を拾い、幅広な胴体から正確な位置を割り出す。狙いを定め全力の一歩とそこから繰り出される突き。

 間違いなく軌道はゴリラを背中から突き殺す一閃。最高速度の刺殺を完遂したと確信する。

「グ、ァア!?」

「ん、なっ!?」

 驚愕は双方から。

 ゴリラは急襲によるもの。夕陽は渾身の一撃を腕二本を犠牲に受け止められ軌道を逸らされたことに対して。

 完全な不意打ち。野生の勘を用いても回避は不可能だったはず。

 ならば改めるべきは前提。

 不意打ちにならなかった。

(コイツ…五感能力も三倍か!?)

 夕陽の見立てが甘かった。ただのゴリラでないことを加味した上でも、さらに注意を重ねるべきだった。

 過去三度の猩々戦を経て、尚も上を往く強化。

 分厚い掌を二枚重ねて貫いた神刀ごと怪力で持ち上げられ、浮かせられる。

 痛覚を怒気に変換し、吼える大猩々の残り四つの腕が唸りを上げた。

「ッ!」

 目にも留まらぬ超撃乱打。

 人体の急所や効率などを全く度外視した獣の猛攻。

 ただ殴り、殴り、殴る。

 当たれば折れる、当たれば砕ける、当たれば壊れる。

 知っているから狙わない。どこでもいい。当てればいいだけ。

 自身の強靭さを自覚した猛獣は、殺すことに精緻も理念も求めない。

 刀と徒手で捌くにも限度があった。掠るだけで衝撃に圧される体がどんどん地から離れて行く。着地までが遠のく。乱撃が空へと押し上げる。

「……だぁ、クソ」

 苛立ちに満ちた呟きと共に片手から刀が離れる。

 武器を叩き落とされたわけではなく、手放した。

「お前らは、どこまでも、いつまでも。邪魔ばっかしやがる。しかも一番最初にだ」

 二度あることが三度あり、そしてこうして四度目を迎えた。

 我慢も堪忍袋も限界だ。

「いいぜ。こうなりゃいつも通りだ。知性の無いゴリラ風情に刃はいらん」

 強靭な肉体も。

 無敵の乱打も。

 最強の進化も。

「ハッ。所詮は獣の尺度だろが」

 空中で身を回転させ、呼吸に合わせ腰の捻りに乗せて拳を打ち出す。

 何十倍もあるゴリラの拳と真っ向から衝突し、インパクトが大気を震わせ周囲の木を薙ぎ倒す。

 皮膚が裂け肉が千切れ、骨が破砕する。

「ギギャァアガ!!?」

 壊されたのはゴリラの片腕。

 破壊された痛みは怒りを上回り、ゴリラが数歩下がったのを好機とようやく長い滞空から両足を地面に着ける。

 素人なりに両手を構え、打撃に軋む全身に気合いを巡らせ気勢を上げる。


「来い。テメェの土俵でテメェを挫く」


 これが夕陽なりののウォーミングアップ。たとえ全身がボロボロに伸されたとしても、誰がなんと言おうがこれが準備運動なのだ。

 そう考えなければこの先やっていけない。

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