最後の審判
援護の一撃を終えてからすぐに移動を開始した。
第一コロニー。そこに対象はいる。
それを保護していた存在も。
「随分と可愛がってくれたようだな。私の劣化模造品共を」
「まるで悪役そのもの。自覚はある?オリジナル」
翼をたなびかせ剣を振るうと、眼前に飛来していた苦無が粉々に吹き飛んだ。
「お父さん!?」
「このっ…」
「やめなさい。今のは私の意地が悪かったわ」
先手で攻撃を仕掛けられたにも関わらず、三対の翼を広げた天使―――アイネは穏やかに笑い娘達を止める。
「ごめんなさい、オリジナルなどと言われるのは気分が悪いわよね。会えて光栄です、日向日和さん」
「無駄な話に時間を費やす気はない。その二人を殺す。黙って見ているつもりもないのなら、そのまま剣を構えていろ」
言葉で示した通り、日和は無駄を厭う。ここまで手間暇込めて育ててきたのなら、今更殺害を容認するような者ではない。だから問答も不要。
そして抗うのなら、庇うのなら、闘うのなら。
諸共に滅ぼすことに躊躇いは無い。
「貴女はどうしてこの子達を殺すの?」
「愚問に答える義理も無いな」
地を踏み砕いて剣帝剣・白兎を薙ぐ。軌跡はクローン体を二人纏めて殺傷圏域に収めていた。
「この子達はもう日向日和じゃない」
「そうだよ!もう」
「わたし、たちは…」
割って入ることもなく、涼し気な表情で日和の攻撃を看過したアイネに不安は無かった。
白兎の分厚い刃を、二つの剣が受け止めていた。アイネの持つそれとよく似ていて、しかし微妙に異なる虹天剣。
子供二人に止められる一撃ではない。外的要因によって想定以上の速度で力を付けてしまっている事実に日和は眼を細めた。
拮抗は数秒。息の合った挙動で二つの剣は長剣を跳ね除ける。
「茜とぉ―――」
「―――葵だもんっ」
「なるほど、虫唾が走るな」
同時に飛び掛かって来る乱舞を数歩後退して打ち払いつつ、思う。
日和は今全力を出せない。その理由としては真名を未だ全て夕陽に預けていることが第一、第二に連戦による消耗。全盛期を大きく外れ衰えた今現在の日向日和では強敵を相手にそう長くは時間を掛けられない。
一応手はいくつか残してあるものの、寿命を削る必要性のあるものがほとんどだ。ただでさえ退魔師として多くの人外を屠り続けてきた反動で老い先短くなっている状態で、これ以上命の蝋燭を縮める行為は極力避けたいのが本音だった。
「お願いがあります」
高速移動で背後に回ったアイネの斬撃を一瞥もくれずに徒手で弾き回し蹴りで蹴り飛ばす。翼の制動を掛ける頃には茜と葵もバックステップで距離を置いていた。近接戦は不利と踏んだか、それぞれ得意の術式を練り上げ発動の準備を整えている。
「退いてください。我々は互いに戦う理由がない」
「…、なるほど」
日和はアイネの言葉なぞ耳には入れていない。ただ一言、着物の三か所に刻まれた解れにのみ関心を向ける。
先程の斬撃、防いだはずが同時に三つ受けていた。攻撃の重ね技と判断するが、日和の眼をもって見切れなかったことからしてより複雑な性質をしている可能性が極めて高い。
さらに決戦礼装に付与された防護の術式を貫いて衣服に擦過程度とはいえ攻撃を通している。生物、性別、人種、血筋、あるいはそれらを含む全て―――人間という括りでの制約下でのみ働く特効を有している。
「無傷は、難しいか」
せめて神刀は持ってくるべきだった。注意すべきは我が模造品のみと考えていたが、おまけの保護者も異世界の中で程々に厄介な属性と性質を兼ねている。
「貴女は自らのクローンを処分しに来たのでしょう?四人いた内の二人は、残念なことにもう存在していません…いえ貴女にとっては好都合とするところでしょうが。しかし残り二つの命は今やその存在意義を見つけ、全く違うものに変性した。生まれ変わったんです。だから」
「私はな」
アイネの口上を遮って、煩わしそうに長剣を握り直す日和が続ける。
「私という存在の脅威を正しく認識している。力衰えた今となっても、私は人と人ならざるものの両側面において一部の抑止を果たしている。だからこそ誰よりも恐れている。そこにいる、
自分の複製体など気味が悪い。『カンパニー』に良いように利用されているのが気に食わない。
そんな、一人間として当然の憤慨ももちろんある。だがそれらを抜きにしても、この二人を見逃せない最大の理由がそれだった。
自分自身が管理できない自分自身の力ほど恐ろしいことはない。
「理由はこれで充分か?人理に反しているという真っ当な理由でもいいが、そんな小奇麗な理屈を私が口にするのもな」
「…どうあっても、逃してはもらえないのですね」
喋るのも億劫とばかりに、日和は剣の切っ先を向けることで言葉の肯定と非戦の否定を示す。
そこで、アイネもようやく意志を固める。
「わかりました。貴女が娘を殺すというなら、私は子らの為に、……いえこんな言い方こそ逃げですね」
愛しの娘を言い訳にはしない。そうしたいと願うのは、そうすべきと感じるのは他でも無く、
「私の為に。私は私の望む幸せな未来の為に、ここで貴女を殺します」
「……」
話すことはもう無い。日和は背後でちょこまかと位置取りを変える二人のクローンの存在もしっかり感知したまま、独り皮肉を心中で口にする。
(まったく本当に。まるっきり
自分のことをヒーローのように敬う日和の愛し子には、間違っても見せられない構図。それが解り切っていたからこそ単身で来たのだが。
「いくわよ茜、葵!これまでで一番キツイ相手だと思うけど!」
「うん、お父さん!」
「が、頑張るっ」
(…………。手早く済ませよう)
自分の幼き姿が健気に父と慕う女と協力して襲って来るという、目を逸らしたい悪夢のような光景をまざまざと見せつけられて、封印地区での最終戦は幕を開けた。
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