天使 VS 退魔師
三対一、実力者揃い、疲弊、包囲、相性。
条件と状況だけ列挙してみれば中々に苦しい戦いに思えるが、実際のところ日和の見立てでは戦力は未だこちらが勝る。
クローン体は驚異的な速度で成長したはいえ未だ成熟には遠い。土行と水行にのみ特化させてはいるが、それでも出力は今の日和の半分程度。さらに五行全てを扱える日和には相剋により常に優位性を保てる。
見覚えのある武術を扱っているのは僅かに疑問が残るが、あの『竜牙』の戦法は既に見切っている。遠近において負けは無い。
六枚の翼を羽搏かせるアイネなる存在の異常性には一目で気付いた。混血ではない、下地に神性をおいた上で人の精神を宿す不可思議な在り方をしている。
やはり戦闘の主体はアイネ、それを補う形で左右後方からクローン二体が阿吽の呼吸で日和の死角を狙っていた。
一度の攻撃で四度発生する斬撃は常人であれば防御も回避も不可能。だが日和は不可視のそれらを一つも打ち漏らすことなく五分に渡り合っていた。その上でクローンを押さえ三対一が成立している。
(なに?四倍の速度で動いているの?でもそれだけでどこに当たるかわからない斬撃を防げるわけが…!)
(ぜんぜん当たんない!眼で見てなくても何かで感知してる!)
(〝模倣〟、それとも別口の術式?わかってたけど手札が多過ぎて見抜けないよぉ…)
同一の『眼』を持っている茜と葵への対策か、複数の術との掛け合わせで迎撃と回避を両立させている日和の手の内は読めない。
「…〝
((
ここにきて単一の術式起動。即座に正体を看破した二人の行動はアイネより数瞬速い。
ルーン文字はそれそのものに力を宿す神秘の結晶。故に言葉を紡ぐだけで現象を引き起こすことも可能ではあるが、その本来の遣い方は付与にこそある。
長剣に灯る光を見逃さず、葵の発動する水術リヴァイアサンが日和の周囲を渦巻き長剣のリーチを殺す。当然土行による相剋で破壊は容易だろうが、ほんの少しの間を稼げればそれで充分だった。
茜が小さな両手を思い切り振り落とす。
「てぇい!」
日和本体には目もくれず、狙うは虹天剣と砂神剣の重ね当てによる武器破壊。信じ難い強度の剣帝剣が軋み、追加で散華の斬撃が二剣の加圧を後押しする。
ガギリと歪んだ長剣白兎がついに半ばから折れる。
「…、っ!?」
壊した当人である茜が真ん丸の瞳を思い切り見開く。
おかしい。脆すぎる。
さらなる追撃でやっとこさ壊せるかどうかと考えていた茜の体勢が大きく揺らぎ、そして悟る。
誘われた。
「お姉ちゃ」
「〝踊れ〟」
葵の援護も間に合わず、砕けた剣は日和の一言によって浮き上がり茜の身体へ殺到する。
「くうっ!」
粉砕しようが折れようが、それが刀剣の一部であるのなら魔剣となって獲得した性能は活きる。そういう風に術式を調整した。
刃の破片が弾丸のように詰め寄るのを急造の紅砂辰で凌ぐ。満足に魔力を練り上げられなかったせいで茜お得意の大技はその真価を発揮し切れず踊り狂う剣の嵐に押し切られた。
均衡は崩れる。
第一優先としているクローン。怯んだ茜を真っ先に殺しに掛かる日和の猛攻を横合いからアイネが遮る。滞空しつつも刃を回転させる大小様々な白兎の残骸の動きが不規則で掴めない上、新たに金行によって鉄棍棒を取り出した日和から振り回される長物が厄介だった。
(退魔のエキスパートとは聞いていたけど、剣術や棒術の達人とは聞いてないっ)
「お父さん!」
弾かれた茜と入れ替わりに葵が虹天剣を手に小柄を活かした下段攻めでアイネとの連携を図るも、砕けた剣帝剣の欠片が飛び交いタイミングを絶妙に逸らされる。
「斬撃は触れなければ多重発生はしない。逆に一度触れてしまえば対象の何処であっても必中。厄介なものだ」
言葉とは裏腹に、日和の表情は涼しいものだった。
鉄根は巧みにアイネの動きを翻弄していた。側頭部を狙い振るわれたかと思えば瞬時に引いて眉間への刺突。躱せばそのまま落として肩への打撃。
虹天剣とは絶対に打ち合わない。能力の正体は不明なれど条件さえ知ってしまえば攻略は容易かった。
翼を駆動させた高速戦闘。アイネと葵には地に足を着けずとも飛翔で戦う術がある。低空を這うように飛び衝撃を伴うほどの速度で挟み込むも、これを見もせずに回避。アイネの複数同時斬撃を直撃させる為に織り交ぜた水術と剣戟も丁寧に見分けられた上で迎撃されていた。
「水牢!」
「〝壌土壱式・庇甲壁〟」
取り囲う水の牢獄が、地面から競り出した土の塊に破壊される。やはり相剋によって五行では歯が立たない。
霧散する水と土塊の先、剣を腰溜めに構えた茜が朱色の魔力を放出していた。
「砂、神、剣っ!」
大振りの斬撃が五度、紅い砂嵐と共に襲い来る。
二度目で亀裂、三度目の打ち払いで金剛の棍が砕ける。四度目を踊り狂う白兎で、最後の一撃は仕方なしに素手で弾き落とした。
が、まだ終わらない。他の二人が退避していた意味を、残留した斬撃の線で知る。
「からの散華!」
大気ごと切り裂く五条の斬撃線が逃げ場なく日和を覆い、とどめとばかりに切り裂いたラインが爆撃と化す。
封印地区の一帯がしばらく黒煙と白煙で埋め尽くされる中、空から降りた二人が茜の傍に着地する。
「ナイスよ茜。今のタイミングはよかったわ」
「えへへ!ばっちしだったでしょ!」
「お姉ちゃん、すごい!」
きゃっきゃとはしゃぐ子供達に微笑みを向けながらも、もちろんまだ終わったとは考えていない。
あれで手負いにはしたはず。日向日和も最強だが不死身じゃない。屍の神でもない限り、傷はすぐには癒えないし体力は減っていく。
このまま続ければ、三人掛かりなら勝機はある。
「…派手に巻き上げるな。汚れを落とすのが面倒だろうに」
煙の先から、そんな場違いな愚痴を漏らす退魔師の姿を目の当たりにするまでは、そう確信していた。
「無傷…!?」
「いやうそだよ!?絶対当たってたもん!」
「結界…ちがう、術式防護?」
攻撃判定に含まれなかった砂塵の汚れだけを着物から払い、じゃりついた髪の毛も緩く頭を振るって砂を落とす。
(名が使えんといちいち防御に意識を回す手間が増えるな。いや吹き飛ばす方が手早かったか…)
思案に暮れながら歩き寄る日和を警戒する三人に対し、まず視線は茜に向いた。
「悪くない術だ。そして発案が貴様ならその大元にあるのは私という下地。…この意味が解るか?」
「え…?」
真意を探る。いずれ同じ域に達するとされるクローン体の二人は、いずれ日向日和の全てを体得するだろう。
だからこそ察した。日向日和は一度見たものを即座に解析する眼がある。
そして理解したのならば、原理を明かしたのなら。
(まずっ…!)
「返すぞ」
日和が指を振る一挙動の内に葵とアイネを突き飛ばして引き離せたのは我ながら上出来だったと、茜はそれだけで満足する。
直後、腹部付近に現れた紅い線が起爆して茜を呑み込んだ。
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