悪あるところに正義あり


「私なりの慈悲だ」


ボロボロになった葵の首を鷲掴みにしたまま、日和はうつ伏せに倒れるアイネへ声を掛ける。

「クローンと共に死ぬか。そのまま生き延びるか。これ以上手を出さないなら私も貴様を殺すことはない」

 茜が倒れたことで、三対一の均衡が崩れた。その瞬間から勝負は決していたに等しい。

 アイネと葵だけでは押さえることすらままならず、火力と技量に押し潰される形で状況は詰みに差し掛かった。

「くう……あ、おい。茜…」

 日和によって片手で首を掴まれ持ち上げられた葵の反応は薄い。意識を失っているのかもしれない。

 爆発の直撃を受けた茜もあれから目を覚まさない。なんとか日和の追撃だけは阻止したので五体満足ではあるが、どこまでダメージが通っているのか、確認しないことにはなんとも言えない。

 アイネ自身も日和の猛攻によって身動き一つ取るのも不自由するほどの手傷を負っていた。翼も二枚削がれている。

 しかしそれでも今なお存命していること。それが自分の実力によるものだとは思えない。おそらくは日和によるなけなしの恩情によるものか。

「…聞くまでもなかったな。クローン共々逝くといい」

 愛しの娘達へ届かない手を伸ばすアイネを見下ろし、深い溜息。日和にとっても長く続けていたくはない状況だった。早々に終わらせる為、まずは目の前のクローンから始末する。

 剣帝剣の欠片が集い、一つの細剣となって中空から葵の眉間を狙い放たれる。

「葵…ッ!!」

 娘の死に様が脳裏を過り、そして心臓が大きく脈動する。

 死なせない。殺させない。

 なんとしてでも助ける。

 その為ならばこの身が裂けても構わない。心を失おうとも躊躇わない。

 最後の扉を開錠する。その先、至った領域にアイネという人格の維持が不可能な負荷が待ち構えていようとも。

 たいせつなものをまもる、そのためならば。

(私は!!)

 強烈な衝撃と共に粉塵が四周を覆う。

「…………時を、使い過ぎたね」

 二度目の嘆息。日和は防がれた細剣を再び剣の欠片群として手元に引き寄せる。

 手の内にあったクローン体は消えていた。強引に引き剥がされたのだろう。

「正直、予想はしていたんだよ」

 空になった手元を軽く振って、小さく自嘲気味の笑みを浮かべる。

 これは日向日和にとって最悪のシナリオだ。

 巻き上がる粉塵は意思あるように一か所へ集う。

「そう。君はそういう性質を持つ、そういう属性の人間だ。だから私がこう出た時点で、この展開は予期していた」

 刮目したアイネがに至ろうとした間際の刹那。それは割り入った。

 粉塵と思われていたものは、よくよく目を凝らして見れば灰燼。

「はぁ、はあっ…。―――俺も、あなたがいなくなった時点で、こんなことだろうとは、思っていましたとも!」

 灰の使い手は荒い息を繰り返しながら、小脇に抱えた少女葵をそっとアイネの傍へ降ろした。

「君、は」

 見上げたその面影に覚えは無いが、アイネは即座に正体を見抜いた。

 日向日和というオリジナル体の情報を書物の中から探し出している内に見つけた、唯一無二ともいえる彼女の弱点があった。それはただ一人、最強の退魔師が愛を注ぐ少年の存在。

 翻る左腕に巻かれた長羽織。棚引く右腕の朱いスカーフ。


「君の見る世界で、きっと私は悪役なのだろう?だから君は来てしまう、間に合ってしまう。…君の主人公ありかたを応援する立ち位置だったはずが、中々人生とは難儀なものだよ」

「自覚があるなら退いてくださいよ!来てしまった以上、間に合ってしまった以上!…俺はこれ以上を見過ごせない…!」


 立ちはだかるは最後の砦。

 躊躇に緩む手を握り直し、神刀を構える日向夕陽が第一コロニーに到着した。


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