別行動
「黒竜王エッツェル。倒したはずでしたが…」
「俺もそう思っていたよ。でもあれは…」
全速の離脱にて、俺達はどうにか最初に降り立った中央エリア・セントラルに行き着いた。
この異世界においても比較的安全な地帯で、俺とヴェリテは身体に治療を施していた。ラフテ・コングを討った報酬のおかげで、この世界の金はある程度手に入っているのが幸いだ。
「ええ。間違いなく正真正銘本物の竜王、破壊の権化。しかも、以前とは違い覚醒した状態とはいえど、その力はさらに増している。本当にどういうことですか?元々の規格外に磨きが掛かっています」
「俺に聞かれたってわからんよ。とりあえず言えるのは、俺とお前だけでは到底勝ち目のない敵ってことだけだ」
ただでさえ前回―――未覚醒竜化状態のエッツェルですら、俺達は奇跡的に集った対竜特効と強者の連合でかろうじて討ち果たした。あれよりさらに強く、そして完全に目覚めた竜王となれば、それこそ一個体を相手に世界を束ねた総戦力で挑むくらいでなくば話にならない。
もし相手にしなければならないのなら、準備は周到にせねばならないだろう。
「どうあれエヴレナの優先度が増しましたね。一刻も早く合流せねば」
「……ヴェリテ。そのことなんだが」
この世界由来のやけに効能の高い薬液を用いて包帯を巻きながら、俺は意気込むヴェリテに申し訳なさを覚えながらも口を挟む。
ヴェリテは強く頷いて、俺の心情を汲む。
「ええ。もちろん分かっていますとも。まずは遠方へ飛ばされた幸を保護すること。貴方の為にも、これが最優先です」
女神の力で竜王の脅威から逃がしてもらった幸だが、その所在は知れない。俺はあの子との契約関係で大まかな方向と、安否の次第くらいはなんとかわかる。
だがそれもいつまで続くかわからない。この世界であの子を独りぼっちにしておくのあまりにも危険すぎる。
ヴェリテは俺のそんな焦りと懸念を考慮してくれている。加えて、幸がいない状態の俺はあまりにも戦力として乏しい。〝憑依〟によって人外クラスの強度を獲得していない俺の扱う〝倍加〟と〝干渉〟は、人間としての耐久力を加味して最大五十倍までしか扱えない。それ以上は反動で肉体の損傷を伴う。
だから俺はまず、あの子と合流しなければいけない。
「俺は幸を探す。ヴェリテ、悪いがそれまでお前は一人でエヴレナを探してほしい」
「…別行動を、取るというのですか」
幸捜索にヴェリテは当たり前のように協力するつもりでいてくれていたようだが、それでは時間が足りない。幸を探す道中でエヴレナの行方も追いつつ、それぞれ別方向から各エリアを回っていく方が効率的だ。
「遭遇は完全な偶然だったとはいえ、やること増やしちまったのはこっちの落ち度だ。幸と合流し、その後にエヴレナを見つける」
「わかりました。では夕陽、これを」
ここで引かないことを知っているからか、ヴェリテもこれ以上食い下がることはなかった。代わりとばかりに懐から取り出した物を俺に手渡す。
「……笛?」
手の内に収まる程度の、白色の石を加工したもの。形状だけみれば親指大のリコーダーのようにも見える。
「私達の世界にある、竜笛と呼ばれるものです。それは私用に作った専用のもの。吹けば私にだけ伝わる音がどこにいても届きます。何かあった際にはそれを」
「わかった。ありがとう」
竜笛をポケットにしまい、二人同時に立ち上がる。怪我はさすがにすぐ完治とはいかないが、異世界の
「俺は南へ。そこに幸はいる」
「では私は北へ。エッツェルは同胞の竜種を強引に軍門に下らせながらこの世界を再び我が物にしようと目論んでいることでしょう。竜王との接触を最大限警戒して回避すると共に、他の竜との遭遇もなるべく避けてください。既に竜王の支配下にある可能性も否めませんから」
頷き合い、掲げた手と手を打ち合わせる。パンと小気味良い音を立てて、俺達は背を向けてセントラルの街から外へと足を向けた。
(…幸)
すぐだ。
すぐ行くから、それまで無事でいてくれ。
ーーーーー
「―――ぇ、ねーえ?生きてるでしょ?おーきーてーよー」
「……?」
体を左右に揺さぶられて、和装の少女は目を覚ます。どこかで聞いたような声が、揺する勢いに合わせて耳に響いた。
どこでだったか。この女の子の声は。
「あ、良かった起きた起きた。どうしてあなた、ひとりなの?あの彼は一緒じゃないの?」
寝起きで思考がまだ霞む。最後の記憶は、あの恐ろしい黒竜に締め上げられた光景。
助かったようだが、どうしてなのかはわからない。常に傍に感じ続けていた、あの命より大切で何よりも大事な少年の温もりも気配も近くにはなく、それだけでどうしようもないほどに寂しくなった。涙の膜が丸い両目に張り付く。
「わわ、泣かないでよー。うーん、どうしよ。どうしよっかなぁ」
さても困り果てた様子で、少女は神妙に腕を組んだ。しばし唸り、やがて妙案とばかりに手を差し出す。
「うん。じゃあ一緒にいこっか。彼に会えるまで、わたしがあなたを守ってあげる!」
そう言って、少女は束ねた銀髪を煌めかせながら、にこりと微笑んだ。
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