敗走と捜索


 黒い衝撃が吹き荒れる。

 『破滅』を司る漆黒の竜王の手から放たれるそれをすんでのところで回避する。幸を突き飛ばし衝撃の範囲から逃がした上での行動だったので片腕は巻き込まれたが仕方ない。直撃なら死んでいただろう。

「ふ、うぁっ…!」

 衝撃に呑まれた左腕がビキビキと軋む。鋭利な刃物で斬り裂かれたかのような腕の怪我はしかし、打撲のような鈍痛も発生させている。これが竜王の持つ破壊の力か。


「これが、貴様という人間が持つ力の根源か」


 声に顔を上げれば、竜王エッツェルは興味の薄い瞳で手の内にあるそれを眺めた。

「幸!」

「…っ」

 ついさっき突き飛ばした幸の体を、エッツェルは着物の胸元を掴み上げ浮かしていた。小さな童女が圧迫に苦しみ身じろぎする。

「自分のモノが壊されるのは腹が立つことだ。それは人間も同じか?」

 一瞬で体が熱を放つ。世界で一番大切な存在を手にかけられ、理性が蒸発する一歩手前にあった。

 殺す。

 考える思考を全て刀を握る力に還元し、馬鹿正直に真正面から幸を掴む腕を斬り落とすべくして下から振るい上げる。

「遅い」

 今度は地面が爆ぜた。黒い奔流は間欠泉のように直上へ伸び、それに巻き込まれる形で俺の体が浮き上がる。

「あ、ぐ…」

「同化が無ければこの程度か。人の身にしてみれば道理ではある」

二十メートルほど浮き上がった俺を見もせず、エッツェルは掴むのも面倒なのかもう片方で貫手を作り幸へ向けていた。

 ここからでは間に合わない。

(くそ、クソ!!なんでもいい、誰でもいい!俺はくたばってもいいから、せめてあの子をどうにか…)


『―――アレを相手に助力は出来ませんが、ええ承知しました。逃がす程度であればなんとか』


 脳裏に響いた女性の声と、竜王の手が何もない空間で弾かれたのはほぼ同時だった。

「…転移。女神の、権能か」

 なんとか受け身を取って着地した時、エッツェルが微かな怒気を覗かせて呟いたのを聞き洩らさなかった。

 この世界に俺達を呼び寄せた女神リアの力は異世界においてほんの僅かに機能するとは聞いていた。今の俺の願いを聞き届け、叶えてくれたとみえる。

 その証拠に、竜王が掴んでいた幸の姿はどこにもなかった。契約者たる俺の感知でも捉えられないほどの距離を飛ばしたのか。

「この世界を我が物面で掌握している女神。いずれころさねばな」

「ふう、ふー…ッ…!」

 空いた手を下げて、竜王はこちらに向き直る。

 たった二撃で満身創痍だ。全身に刻まれた傷は破壊の属性を有す竜王の力が故か、見た目以上に深刻に内側まで食い込んでいる。

(こんなヤツの相手してる場合じゃねえのに。幸、あの子を迎えに…)

 身体を蝕む破壊の激痛に意識が散らされる。竜王が再度掌をこちらへ向けている。次が来れば、おそらく避けられない。

 どうにかして逃げる算段を考えていた時、竜王を上空から雷撃が襲った。

 一度ならず二度、三度。最後に雷の咆哮が大地を陥没させる。

『夕陽!!』

 俺を呼ぶ声は地面すれすれを滑空しながらすれ違いざまに俺の胴体を大きな口で咥えて一気に急上昇した。

「ヴェリテっ…!」

『退きますよ!この手勢わたしたちではあの男に傷ひとつ作れません!』

 竜化したヴェリテは鋭利な牙でも刺さらないような加減で器用に俺を咥えつつ、全力の飛翔で離脱する。




「『待て』」




『……!?』

 聞こえるはずが無かった。

 あれだけの雷撃を受けても軍服にほつれすらない無傷の竜王が、もはや米粒ほどの遠のいた雷竜に圧を掛ける。

「どこへ往く?我が同胞よ、我が臣下よ。戻れ」

『干渉…竜王の、威光が…!!』

 ヴェリテの翼が見えない何かに握られているように震え、制御を失い掛ける。

「共に悠久の刻を取り戻さんとする者であるならば、私は私を殺した竜とて迎え入れよう。再び反旗を翻すというのなら、仕方も慈悲もない」

『夕陽、出来るだけ遠くに投げ飛ばします!貴方は逃げてください!』

 竜王の存在感は他の生物より同種の竜にこそ強く響く。万全完全に復活した竜王ならば言葉に逆らうだけで竜種としての性能を剥ぎ取られる。

 墜落する前に、少なくとも夕陽だけは逃がし、その時間を稼ぐ。

 苦渋の決断に死を決意するが、実行するより早く夕陽はボロボロの両手を組み印を作る。

「いいやそのまま、八秒でいい飛び続けろ!〝天機隠形・擬似開帳!!〟」

 契約従者である鬼性種の少女、藤原千方の四鬼・隠形鬼たる篠の力を行使する権限を発揮する。

 たった八秒間に限るが、発動者の夕陽と触れているヴェリテの姿形は世界のどこからも行方を見失わせる。一時的にではあるが日向日和の感知すら潜り抜けてみせた隠形の術は、竜王の干渉さえ振り払ってみせた。

 負担を考えない雷竜のトップスピードであれば、八秒あれば離脱に充分であった。




     ーーーーー

「チッ」

 雷竜ヴェリテと同じくして雷鳴の丘を離れたアルは、全速力で白埜の残り香を追っていた。

 戦闘の最中、急激に遠ざかっていく白埜の気配を掴んだアルは一も二もなくヴェリテに背を向けた。正気すら侵す不治の戦闘欲は、白埜の安否においてのみ例外的に外れる。

(勝手にどっか行く子じゃねェ。連れ去られたか、……あるいは何かに巻き込まれたか)

 神代の金属と刻み込んだルーンの神秘。持たせた二重の神性による防護はおいそれと少女を害することを許さない。そこはある程度問題ない。

 問題なのは連れ去ったもの、彼女を巻き込んだ何か。

「皆殺しだ」

 瞳孔を見開き、殺意を凝縮して疾走するアルの姿は、戦闘中とはまた違う悍ましさを放っていた。

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