【大森林解放戦線】編

黒き森よりの刺客


「へー。じゃあユーたちはいっかいその『りゅーおー』とかいうのをやっつけてるんだー」

「倒せてなかったんだけどな、結局」


 蒼天の空を悠々と飛ぶヴェリテの背に乗って移動する最中、俺達はロマンティカにねだられてかつての一戦について話していた。

 思えば黒竜王エッツェルについてこの面子の中で知らないのはロマンティカだけだった。ずっと疎外感を覚えていたのかもしれない。

 前の異世界案件、灰の世界にて空を覆う漆黒の巨躯を舞台に総戦力で挑んだ戦い。後に『天地竜王決戦』とかいう名でカンパニー史に刻まれたらしいが、それは知ったことではない。

「でも、それならきっとらくしょうーね!だって一度勝ってるんだもん」

「前回とは何もかもが違う。保有戦力も、相手の実力も。何もかもがな」

 能天気に笑うロマンティカに脱力する。そう簡単に考えられれば心労もいくらか和らぐのだろうが。

 実際、前とはまるで違う。

 前回のエッツェルは未覚醒状態だった上、その力は一部のみを残してエッツェルに心酔する侍女が代行で行使しているのみであった。

 対するはここにいるヴェリテ、エヴレナに加え対人白兵戦のプロフェッショナルたる格闘術の使い手、死神、屍の神。日和さんだっていたし、俺自身にしてもあの時はこれまでで最大の強化を得て戦っていた。

 それだけの戦力で総攻撃を仕掛け、ようやくの辛勝。

 竜王としての実力を、あの一戦では二割も使っていたかどうかというところだろう。

 それが今回は完全覚醒、概念体の強化。さらに無数の竜骸を用いて一大勢力を築いている。

 勝てるビジョンは、中々視えない。

 『黒抗兵軍』も所詮は人の集まり。俺とて有象無象の一人に過ぎない。

 思うに、此度の竜王決戦は兵力の差はさして問題ではない。いくら人間が集おうと、竜一体をしてどれだけの兵をぶつければ勝てるのかの算段も立たない。

 だからやるのなら、大半の兵軍を陽動としてぶつけた上での、少数精鋭での吶喊。これがベストに思えてならない。

(とはいうが俺とて軍事は門外漢。前の対竜王戦を経験した程度で何を言える立場でもないな…)

 それこそ餅は餅屋。米津さん達という頼りになる軍人さん一行がいる以上、一介の高校生があれやこれやと口を挟むものではないだろう。

「…この先も多くの怪我人が出るだろう。俺も含めてな。その点ではお前も本当に頼りにしてるぞ、ロマンティカ」

 嫌な思考を振り払い、気を取り直して再度小さな妖精に助力を求む。

「うーん…」

 するとどうか、ホテルでは快諾してくれたロマンティカは幸の袖の中で小さく唸った。

 え?まさか今の話聞いて降りる気になっちゃった?マジで?

「…ユーさ。なんでそんな呼び方するの?」

「は?」

「海ではティカのことティカって呼んでくれてたのに!あれからずっと『ロマンティカ』って!た、…あれだよ、たに。たにんぎょーざ!じゃない!」

 どんな餃子だよそれは。

 たぶんロマンティカは他人行儀と言いたいのだろうが、それこそなんの話だ。

 確かに海で瀕死のアルを見てからは焦るあまりロマンティカの名前を略して呼んだりもしたが。

「本名なんだからなんの問題もないだろ」

「あーるーのー!ティカだってあなたのことユーって呼ぶじゃない!」

 それはお前が俺の名前を正しく覚えられなかったからだろ。と返すのは簡単だが余計に話が拗れそうなのでやめておく。

「いやいいけど。じゃあティカ、この先もよろしくな」

「ふっふん!わかればよろしい。いやーティカってば大人だからねーゆるしちゃうんだよね~」

 大人な妖精はどこまでもチョロかった。

『…これで神代級の秘奥を扱える妖精なのですから、世の中わかりませんね』

 ぼそりとヴェリテが呟く。万能の治癒と死者蘇生まで行えてしまう妖精は、確かに俺の世界からしても神々の域に届く御業であると言えよう。異世界怖すぎ。

『さて。それはそれとして、そろそろ目的の地に着きますよ』

 その声に視線を眼下に向けてみれば、確かにそこには多くの大樹が連なり巨大な森となっている地帯が向こう一面に見えた。

 エリア3、シュヴァルトヴァルトだ。

『ねー、どうするー?手前で降りて歩いて森にはいろっかー?』

 隣と飛ぶ竜態のエヴレナの言葉に少し考える。

「そう…だな。狙撃の件もあるし、念の為この辺りで」

 言葉途中で、俺は急に傾いだ雷竜の背に反射的に胡坐の内にいた幸ごと這いつくばるようにしてしがみついた。

「っ!」

「わわっ、なになにー!?」

 幸と袖の内にいたティカの動揺が抱き寄せる胸板から伝わる。

「ヴェリテ!」

『赤い光弾!話に受けた件の狙撃です!掴まっていてください!』

『うそぉ!?いくらなんでもこの距離からだなんて!』

 揺れる背中から幸とティカを抱きながら引き剥がされないよう手足に〝倍加〟を巡らせる。目まぐるしく空中で縦横に飛び回るヴェリテに振り回されながらも、確かに視界の端には数発の赤い光が真横を通過していくのが見えた。

「長距離狙撃!不味いな、ヴェリテ一旦下がっ―――」

『いいえ必要ありません。エヴレナ!』

『おっけー!ドラゴンの本気、見せちゃうんだから!』

 後退の懇願を跳ね除け、ヴェリテは何発目かになる光弾を回避した後にピタリと宙で制止する。見れば隣にも同じようにエヴレナが、そしてずっと無言で付いてきていた式神タっさんもいた。

 横並びの三体は同時に息を吸い肺に溜め込むと、

『せぇ』

『のっ!!』

 一斉に咆哮ブレスとして吐き出した。

 雷と白霧と五大属性全てを織り込んだ色とりどりのブレスが螺旋を織りながら合し、大規模な爆破となって狙撃が放たれていた森の一角を灰塵に帰した。

 ……これ、死んだか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る