VS 黒き死神 ロドルフォ(前編)


 三重ブレスによって焦土と化した森に降り立ち、周囲をぐるりと見回す。

 空中からも注意深く眺めていたが、どうにも敵の気配は掴めなかった。

「もしアレが直撃してたら肉片も残ってないよなぁ…」

 ぞっとしながら呟く。一種でも充分過ぎる威力のドラゴンブレスを三発。骨肉が蒸発していてもおかしくはない。冗談ではなく。

「そう…ですね。確かにそうですが……ふうむ、しかし」

 焼け焦げた大地を踏んで虚空から取り出した戦槌を担ぐヴェリテの表情はやけに険しい。警戒度合いも誰より高かった。

 何か気掛かりがあるらしい。

「何かあるなら聞かせてくれよ、ヴェリテ」

「…ああ、いえ。たいしたことではないのですが。件の狙撃手、森の中に一瞬だけその存在を掴み掛けました。ブレスの直前にですね。けれどあれは、人の気配では…なかったような」

 歯切れ悪く話すヴェリテ自身、自分の言っていることをうまく表現し切れずもどかしそうだ。

 …人ではない?

「じゃあなんだ、獣か何かが狙撃なんて行動を取ってたってのか」

「そうではなく。確かに人ではありましたが、その内には何か、別の。……より高次な存在を感じました」

 その言葉を受け、今度こそ俺は思い当たる。

 神の勢力。神の恩寵を受け、神の加護を纏い、神の意思を代行する者達。

 日和さんの懸念していたもの。

 最悪なビンゴだ。だとすればこの程度で終わるはずがない。

 即座に幸との〝憑依〟を済ませ、叫ぶ。

「『完全者』だヴェリテ!!まだ生きてるぞッ!」

「エヴレナ!」

 俺の叫びを受ける前からヴェリテは動いていた。呑気に黒焦げの地面を爪先でつついていたエヴレナへ向けて伸びる赤い光弾を速射ブレスで相殺させる。

「えっ、まだいたの!?」

「気を抜かない!竜はいつ何時も警戒を怠ることは有り得ませんよ」

 驚きに肩を跳ねさせたエヴレナの前に滑り込み戦槌を構える。その動きに合わせる形で俺も合流し、光弾の飛んできた方角へ刀を向ける。

「残った森の奥か!」

「森ごと焼き払ってもいいですが、出来るだけ生け捕りにしたいですね。神の尖兵、『完全者』とやらの情報が欲しいところです」

 その単語自体は日和さんから受けたものでしかない。それが具体的に何をどうする者達なのか。何を目的として動いているのか。竜王とは別口の脅威に対する情報はいくらあっても足りないことはない。

 生け捕りには俺も賛成だ。だとするならば竜化形態はむしろ的を大きくするだけ。そう判断したヴェリテもエヴレナも人化形態のまま腰を落とした。


「森に入れば視界は自然と制限される。常に互いを見失わない位置取りで動くぞ。あの狙撃手、信じられないくらい腕が良い」

「そのようですね。ピンポイントで急所を狙ってきています。エヴレナ、私の背後を離れず付いてくるように」

「むうー!さっきのは油断してただけだし!わたしだってちゃんと戦えるもん!」

「いよぉーし!ティカの鱗粉でやっつけちゃうんだから。見ててねユー!」

「お前はポケットに入っておとなしくしてろ!」


 合図も無く、一斉に三者飛び出す(ティカは上着のポケットに押し込んだ)。

 タっさんはその巨体故に森へ入るのは愚策と判断したのだろう、こちらからの指示もないままに再び上空へ舞い上がった。あわよくば狙撃の囮を買って出るつもりか。

 こうして意図せずシュヴァルトヴァルトの黒き森を舞台に山狩りならぬ森狩りを始めることになった俺達だが、いくつかの盲点があった。

 ひとつはこの森が人に敵対的なエルフ達の住処であったこと。

 ひとつはこの狙撃手が想像以上に狡猾で慎重極まりない敵であったこと。


 後々になって考えてみればすぐに分かる。

 これは追い詰めたのではなく誘い込まれたのだと。

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