VS 黒き死神 ロドルフォ(中編)


「あっぶね!?」

 紙一重、ブレスの被害が及ばなかった森の内部へ突っ込んだ瞬間に顔を大きく仰け反らし背中から地面に倒れ込む。

「夕陽!っとと…」

 横目で俺の奇行を捉えたヴェリテも次には速度を落として疾走を停止した。すぐ隣を並んでいたエヴレナもそれに倣う。

「なるほど。狙撃手としてこの森を自陣ホームとしているのなら、この程度は仕込みますか」

 ヴェリテが森林の景色に向け人差し指を向けると、その鋭い爪がピンと細く張られた何かを断つ。

 単純明快なワイヤートラップ。シンプルであるが故に仕込みは容易であり、費用対効果も高い。〝倍加〟によって視力を強化して見れば、鋭利なワイヤーは木々のそこら中に張り巡らされていた。

(身体強度と視力に〝倍加〟を割り振る。幸、攻撃インパクトの瞬間に限定して四肢の強化を引き上げてくれ)

〝!〟

 相棒と心中で打ち合わせ、先程ギリギリで回避したワイヤーを刀で断ち斬る。

「竜の強度なら問題ないか?」

「ありませんが、あまり絡むと機動力を奪われますね。狙撃の隙を晒さずいくのなら堅実にトラップを解除しつつ進むのが良いのでしょうが」

 そんな悠長にしていてはいつまで経っても狙撃手の尻尾は掴めない。そうも言いたいのだろう。

 同意見だ。

「まあ、多少強引に押し通るのは覚悟の上か!」

「ですね。勇猛な人らしく、獰猛な竜らしく、往きましょうか!」

「ぐわあああーー!?くもっ、蜘蛛の巣が顔にぃ!?」

 …やや後ろでじたばたともがいているエヴレナの面倒は、ヴェリテに任せるとして。

 脚力五十倍。腐葉土の混じる森林内の地面を蹴り、飛ぶ。

 エリア3はその全域が深い森林地帯となっている。地面に頼らずとも、木と木を蹴って移動するだけで容易に三次元的な動きが可能になる。なるだけ細かく動き回りながら狙撃の照準から逃れ続ける。

(敵の狙撃は下位の竜種程度なら一発で蒸発させられるくらいには強力らしい。直撃は人間の俺にとっては致命的だな…!)

 考えている間に視界の奥から赤光。幹を蹴り砕きながら得た勢いで光弾を回避する。

 さっきとは射線の角度も方角も違う。

「動き回って位置を誤魔化してるぞ。生粋の狙撃手スナイパーじゃねえか」

 一発ごとに移動し射撃位置を変えてきている。おおよその方角は分かるが細部のところまでは掴めない。

「次の射撃でカウンターのブレスを撃ち返します。当たりはしないでしょうが直線上の目安はつけられます。そこからは速度勝負ですね」

 反撃のブレスで次弾の射撃位置を割り出し一気に距離を詰める。それなりにリスクはあるが最短で迫れる方法ではあるだろう。

 首肯で返し、先程の射撃が行われた方角へ向けワイヤーに対処しつつ大雑把に進む。

 だがその作戦が実行に移される前に、さらに戦況は変化した。

 真横から飛来する何かに反射的に刀で迎撃する。空中で粉々に散ったそれは極めて原始的な作りの矢。


「貴様ら!神聖なる我らが地にて一体何をしている!」

「即刻に立ち去れ!でなくばこの場で射貫く!」

「いいや逃がすな!立ち入った時点で赦しは無い、このまま射殺せ!」


 射られた方向からは数人の男達。皆それぞれが民族衣装のようなもので統一された服装をしており、色素の薄い髪色や尖った耳といった特徴を揃えている。

長耳族エルフですね。そうか、ここは彼らの聖域なのですか」

「うわめっちゃ弓矢構えてるよ!あとまだまだいっぱい来てるぅ!」

 焦るエヴレナの言うように、現れた数人の後ろからはさらに多くの武装したエルフ達が続々とこちらへ敵意を指向してきていた。

 不味い。

「あとにしてくれ!今はそれどころじゃないんだ!」

「貴様らの処断が最優先事項だッ!!皆の者、弓構えぇ!」

 こちらの言い分は何一つ聞き入れてくれず、リーダーらしき男の号令でエルフ達が手に握る弓から矢を番える。

「邪魔が増えましたね。蹴散らしますか」

「待てヴェリテ!連中は敵じゃない、出来るだけ穏便に―――いやっ」

 引き絞られる矢。さらに横合いから瞬く赤光。

 幸との同化で得た妖精種の力を発動し、足裏に火球を生み出し爆発させた推進力で一気に飛び出す。

 突っ込む先はエルフの一団。


!!」


 鏃が風を裂く音、遥か遠方から放たれる射撃音が重なる。

 着弾の爆風が数名のエルフを後方に押し退ける。黒煙が風に流され、視界が再び明瞭になる。

「…き、さま……?」

「…………ごほっ」

 背後に庇ったエルフのリーダーが戸惑いの声を上げる。外からの侵略者が、自分達を狙った射撃に割り込んできた俺の行為に動揺の感情を向けている。

 かろうじて神刀の迎撃が間に合ったが、そもそも高出力の光線銃を相手に近接武器で対応するなど愚行が過ぎる。直撃は避けても爆着を間近で受けた俺の両手は黒く焦げていた。

 右腕と左肩、それと右太腿にはエルフの一団が放った矢が突き刺さっている。考えなしに突っ込んだせいでまだ活きていたワイヤーにも引っかかった。あわや切断までいきかけたが、どうにか左腕に食い込んだワイヤーは骨に到達する前に刀で斬り捨てた。

「何を、している。貴様!何故この地に踏み込んだ貴様らが我らを庇うなど…っ!」

「―――クソ、野郎が」

 エルフの男が何かを言っているが、それに応対しているだけの余裕は無い。何よりも卑劣非道なその行いに思考が怒りで満たされていた。

 俺の行動を読んでいたのかはわからない。この展開を望んで彼らに凶弾を向けたのかは判断がつかない。

 だが確実なのは、無関係な彼らにもあの狙撃手は容赦なく引き金を引くのだということ。神の代行者たる『完全者』にもはや人としての心は欠片も残っていない。

「…エヴレナ。この人たちを守れ。ヤツは俺とヴェリテでやる」

「えっ。…いや逆だよ!ユーヒこそここに残って治療を」

「これで合ってんだ、いいから頼む。ティカ」

「う…うん。ユー、だいじょうぶ?」

 ほぼ一方的に言い含め、ティカを呼ぶ。一応この子が入っているポケットの側には被害が及ばないよう、迎撃は逆の半身を前に出す形で行った。その甲斐あってか、ポケットからひょこりと顔を出したティカに怪我はないようだった。

「頼みがある。受けてくれるか?」

「いいよ、もちろん!すぐ治すねっ」

「いや」

 わたわたと懐から裁縫針のようなものを取り出して俺の皮膚に突き刺そうとしていたティカを止める。治すのはまだだ。今はこの状態が都合良い。

「もっと危険を伴うことだ。お前にしか出来ない。…受けてくれるか?」

 赤い光弾はあれから撃ってこない。固まっている今こそがチャンスだと思うが、それが返ってヤツの警戒心を煽る結果になっているのか。

 今一度俺が放つ是非の問いに、一拍置いたティカは今度も頷いてくれた。

「ありがとな。ヴェリテもそのまま聞いてくれ、手短に済ますぞ」

 状況が膠着しているとはいえいつまでも時間を取れない。たった今得た情報から最善の作戦を立案する。

 敵の残忍性、慎重性、この戦場の特性と地理。

 それら全てを合わせ、導き出した最適解。これが通じるかはやってみないことにはわからない。

 ただ、特に強く厳命したことは必ず守ってもらわなければ困る。それだけを幸を含む皆には徹底してもらう。


「―――以上だ。いいか。もう一度言うが、誰一人として絶対に

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