余談 ~誰が為にその火は燃ゆる~


 三日目早朝。


「…夕陽。私はもう、充分だと思うけどね」

 二の腕の包帯を巻き替えながら、日和さんは諭すような口調で言った。

「数は及ばないかもしれないが、敵の脅威度だけで考えれば君の行った撃破の功績は大きい。Ⓙ陣営とやらも今の戦況はかなり優勢だろう」

 昨夜の大悪魔ネクロム戦から一夜を置いても体は万全には程遠い。また異世界産の治癒カプセルに篭れば傷は癒えるだろうが時間が足りない。

「もう君に残された手札はほぼ無い。残り四枚の『天符』も、使えば君の身体をズタズタに引き裂くようなものだ。だから正直君に渡すことすら迷った。…君は必ず、使うと確信していたから」

 火天の符によって炎化とも呼べる現象を纏った反動は大きかった。〝憑依〟を会得している俺の肉体性質を利用した『大精霊の』、人外の一部が保有している加護なる力を強引に模倣する荒業。

 火傷が治まらない。内外を徐々に焼く火精の進行は止まらない。発動から体内に残留したままの精霊種が暴れ回っているのだと日和さんは言っていた。安静にしていれば、いずれおとなしくなるらしいが。

「あとは私に全部任せなさい。残された時間全てを使って四つの陣営を叩き潰す」

 冗談のような話だ。しかしこの人なら本当に成し遂げると信じられる。

 だから任せられない。

「……、約束したんですよ。あの我儘姫と」

「っ」

 空いた方の手で持っていた一枚の紙が、掴む指の先から焦げて行く。これも火天符の影響か。

 だが内容はきっちり把握した。頭に叩き込んだ。

「あいつが、あの傍若無人で傲岸不遜なお姫様が謝ったんだ。頑張ってと応援したんだ。…この戦争で変化してるのは戦況だけじゃない」

 胸が熱くなるのだけは火精の弊害ではない。

 どういった心変わりかは知らない。

 だけど、プリンセス・フーダニットは俺達を信じている。俺達の勝利に賭けている。

 応じなければならない。発破を掛けて掛けられた一人としても、必ず。

 日の出と共に現れた紙の蝙蝠。それは二枚の紙片となって俺の手に落ちてきた。

 一枚は俺、もう一枚は幸へ宛てて。

 書いてあったのは謁見の際の暴言の謝罪。そしてこの戦争に対する意気込みを改めてと、その為に各地で闘い続ける俺達への激励の文。

 正直、最初は何かしらの罠ではないかとすら勘繰った。あのフーダニットがしたためた文書にしては謙虚が過ぎると。

 俺達は彼女の筆跡なんて知らないから結局分からず終いだが、それでも俺はこれを本人直筆のものと判断する。この局面になってこんな回りくどい罠を仕掛ける狙いも見えないし。

 極めて陳腐で、おそろしく滑稽な我が思考能力で導き出したのは、どこまでも自分にとって都合の良い結論。

 あの少女はこの戦争で何かを見て、何かを感じ、変わり始めている。

 俺は、そんな希望を強く抱いていた。

「闘いますよ、最後の最後まで」

「そうか。そうだね。君はそういう子だ」

 散々制止の言葉を掛け続けていたわりには、まるで最初から分かり切っていたと言わんばかりの様子でふっと笑った日和さんはあっさり引き下がる。

「私もようやく体が温まってきた頃だ。今この時に限り、日向日和は君を介してⒿ陣営の剣と成ろう」

「はは。足を引っ張らないように、頑張りますよ」

「でもね、結構嬉しくもあるよ。君と肩を並べ戦場に立つという機会はそうそうあるものじゃないから」

 刻限は迫っている。少しでも多く倒し、我らが陣営を勝利へ導く。

「なんか置いてけぼりだけど、俺様のことわざと視界から外してね?」

 正面に向けた視線に割り込む形で、不気味な圧力を纏う少女がひょこりと現れる。

 思わず飛び退いた。

「……いやマジでコイツなんなんですかっ!?幸見るな正気を削られるぞ!!」

 幸の両目を覆って抱きかかえる。この女明らかに普通じゃない。〝干渉〟で視えるオーラは漆黒にして異質。外面は人間だがその内にとんでもない化物がいる。

「ひでえな弟分!俺様とあんたの仲だろ」

「知らねぇよ怖ぇな!!いつ俺は化物とそんな関係になった!?」

 助けを求めて視線を彷徨わせるも、

「ヴェリテ、君達は露払いを頼む。エネミーなる雑魚連中はベル所有の代理者とは別枠らしい。これらは君達が倒しても問題ない。出来るだけ代理者との戦闘まで夕陽を消耗させたくない」

「わかりました、蹴散らしていきましょう」

 無慈悲にも完全にそっぽを向いて、二人の女性はこれからの行動指針を固めていた。

「なあなあその子って何よ、人じゃないよな。めっちゃ愛いんだけど撫で回していい?」

「それ以上近づいたら殺すから頼むから来ないでくれ」

「っ……」

 ともあれ戦力は桁違い。

 一気に姦しくなったこの状況だが、俺を除く女方三人の助力は並の実力者数十人より遥かに心強い。ってかもう軍隊来ても負けるビジョンが見えない。

 知らず士気が高揚していることに気付く。

 燃える心は未だ留まることなく、目的へ向けてひたすらに。

『主様、代理者の接近を感知しました』

「了解。誘導頼む」

 戦争終了まではあと僅か。

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