VS主人公ユウタ(前篇)


 はっきり言って、これまでで一番弱そうだった。

「お前がリンドの言ってた敵…代理者?とかいうのだな?そうだな?」

 枯木のような細い手足、軽く握るだけでヘシ折れてしまいそうな矮躯に被さっているコートがひどく滑稽だ。服に着られるとはこのことか。


『Ⓙ陣営の日向夕陽、♠のユウタ。双方の同意を確認しました。開始まで5』


「お気を付けて、夕陽。日向日和の言っていたことの意味は私にはわかりませんでしたが、外見以上に手強いようですので」

『雷竜殿に同意です。何らかの強い補正の掛かった相手なのは間違いありません』

 背後からヴェリテ、耳のインカムから篠がそれぞれ敵の脅威を教えてくれる。

 俺が、日和さんがを担当するということに文句も反対も無かった。

 何せ、いくらなんでもあの巨体を打倒出来る気など微塵もしなかったから。




「世界にはね、どうあっても相性の悪い者がいるんだ」

 遠目に見える他陣営の代理者らしき少年がこちらへ向かって来るのを確認しながら、日和は唐突に語った。

「ただ強いだけ、ただ凄まじいだけ。それならば倒せる。だけどね、奇妙な因果を結ぶ特殊な人間はこうはいかない。殺したと思っていても生き残り、倒したと思っても何かしら理由を付けて起き上がる」

「…えっと、日和さん?何の話を―――」

 疑問符を浮かべ日和を見た夕陽の胸に掌を置いて。

「だから言ったでしょ、適材適所ってことさ」

 そのまま押し込んだ。体が後ろによろめく。

「おっとと…」

 直後に奔る稲妻は、雷竜のものではなかった。


「頑張りなさい。主人公は主人公でしか倒せない」


 雷と共に現出した巨大な人型機体は黙して語らず、ただ抜き身の剣を振り被る。

「またルール無視か。こういう手合いも嫌いだが」

 徒手を構えた日和の横を駆け抜けて、魔女の脚撃が巨人の胴を打つ。

「…はっハァ!おいおいスーパーロボットかよマジで面白いなこの世界は!!」

「ああ嫌いだが、お互い様か。これでチャラとしておこう」

 一息で懐まで跳び込み、渾身の掌底は巨大機体を僅かに浮かせる。

 狂気の笑みに侮蔑の嘲笑。戦争規定をまるで意に介さぬ三者の攻防に置いて行かれる形でアナウンスが響く。もちろん誰も聞いてはいなかったが。

「場所を変える。跳ばせ魔女」

「リィッ、ロォード!!!」

 瞬間移動、いや増幅の異能による距離跳躍。

 刹那の内に巨人と魔女と人間はその場から掻き消えてしまった。

「強いですね、アレ。あるいは雷速わたしより上、か」

 唯一事前に出現を感じ取れた日和以外は初動に遅れが出た。雷の竜として速度に矜持を持っていたヴェリテですら。

「私もお相手してみたかったですが、取られてしまいましたね」

 ふっと微笑んで、ヴェリテは落雷の残滓から目を離し平然と歩き寄って来る少年の方へと視線を向け直した。

「では夕陽、貴方は貴方の敵を。社長戦争とやらの規定は酷く杜撰です、援護の抜け道はいくらでもあるようですので、私も出来得る限りの支援を行いましょう」




 ってな具合で、日和さんと高月あやかとかいうヤバい女は新手の対処で外してしまっている。

『4、3、2、』

 刀は置いていった。俺の方こそが心配だから使えと、そういうことなのだろう。

 左手で刀を握り、右手で腰のホルスターから札を引き抜く。大炎を内包している為か、高熱から発汗が止まらない。幸も内側で苦しんでいる。

 長くは掛けられない。もう。

『1、0。戦闘開始』

 吶喊、先手必殺。

「集水極式水天之符」

 ぐしゃりと握り潰した札が湿り、露となって腕から伝う。

「本当にやるつもり?おとなしくベルだけくれれば苦しまずに殺してあげるのに」

 ジャラジャラと鎖で繋いだベルを片手でいじりつつ、ユウタなる男は背中の直剣を引き抜く。

 刃と刃が接触した途端、ユウタの剣が大きく弾かれた。

「…っえ!?」

 よほど自らの力に自信でもあったのか、えらく驚いた様子で俺の追撃から逃れる。

 〝倍加〟による身体強化はもちろんだが、今はそれに水精の加護がある。

 刀身を絶えず循環する水流の刃。原理としてはチェーンソーに近いか。

 力押し以上にこの作用が働いていた。もう鍔迫り合いは成立しないだろう。

 加えて五行相剋の発生。水により火は力を失う。火傷と高熱の弊害はこれで消えた。

(呼吸を手放す。堪えてくれ、幸!)

〝……!〟

 目、鼻、口、毛穴からも体液ではない水が溢れ出る。大気中の水分を急速に吸収・展開させるのに肉体そのものを利用している為、息が出来なかった。

「へえ、やるじゃん!」

 ユウタは尚も余裕ぶった表情で、剣を振り回す。まるっきり出鱈目な太刀筋だが、どういうわけか当たる。そして斬れる。

 四方八方から迫る水流水刃を悉く打ち払い、さらに俺の斬撃まで止めて見せた。

『主様!やはり詳細は不明ですがありえない身体性能、判断能力、反射神経…通常であれば考えられない能力が山と積んであるようです!こんなのおかしい、まるで異能に身体の方が振り回されてるような…』

(…チートか!)

「無駄だよ、僕には勝てない。君も僕を馬鹿にした連中と同じ目に遭わせてあげるよ…!」

 水が地を濡らし、少しずつ掌握領域を広げていく。あと少し、あともう少し。

「水の使い手らしいね。その力も知ってるよ、進研セミナーでやったから」

 地面へ振り落とした剣身が水を吹き飛ばし、拘束する為の手段を奪う。

 一瞬でも動きを止められれば即座にベルを斬り裂けるのに。

 空中に飛沫く水を針のように尖らせて首から下がるベル目掛けて飛ばしてみても、絶対に弾く、防ぐ。

 見えているわけでもなかろうに。まさか本当に俺の力を理解しているとでも言うのだろうか。

「ッ……がぼっ!」

 身体が酸素を求めている。指先が震える。思考に靄のかかるのが分かる。

 これはもう、ベルだのなんだと拘っている場合では、ない。

 剣術に限れば日和さんから教えてもらっていた俺に分がある。剣の動きを誘導させ、刀で叩き落とす。

「あっ」

 切っ先を落とした剣を足で踏みつけ封じてから、ユウタの胸倉を掴んだ。

 吹き飛ばされてから雨のように降り続けていた水が動きを止め、先程と同じように針と化して矛先を同一に定める。

 今度は数千数万。掴んだ胸倉は離さない。

 躱せるものならやってみろ。

「く、お前えっ!」

 耳を劈く水の圧力。乱射された水の針が着弾し瞬く間に四周へ霧散する。




 どう見ても回避不可、防御不能。

 飛来する無数の針。直前で殴り飛ばした敵に目もくれずユウタは強くエクスカリバーの柄を握る。

「ふざけるな…ふざけるな…!」

 窮地がどうした、こんなものピンチの内にも入らない。

 自分は凄いのだ。最強なのだ。誰よりも強い力を持っているのだ。

 この程度がなんだ。

 全て受け切ればいいのだろう?

「はぁあああああああああああああ!!!」

 立て続けに響く金属音。刃が水針を薙ぎ払う。その速度、かの神速抜刀術者・鷹矢京司のそれを抜き身で超えていた。

 原理など知ったことではない。

 

「僕を怒らせるなよ…モブキャラ風情が!!」

 ついに全ての攻撃を凌いだユウタはその先にいた敵を睨みつける。その身には何本もの水針が突き刺さっていた。道連れ覚悟で挑んだのだろう。微動だにしないその身体は呼吸を止めていた。あるいはもう、呼吸を必要としていないのかもしれないが。

 だがユウタは容赦しない。五体バラバラにして地に転がして心臓を穿つまでは。

「せぇあああっ!!」

 両断。

 ユウタの意志次第で斬れぬ物質など存在しない名剣による一閃は敵を袈裟に斬り、肩から斜めにずるりと分割された。

「あははは!これが僕の力だ!どうだ思い知ったか!!」

 バチャリ。

「……はぇ?」

 身体が斜めに裂け、崩れ落ちた体が完全に倒れ伏す前に、液状化した。

 地面に広がる水溜りに人の名残りは既に無い。


(―――こんな。戦法を、まさかこの…短時間で、二度も使う羽目になる…とはな)


 水針の殺到によって発生した霧。遠目に見ていたヴェリテは、その視界を封じ意識を囮に誘導された哀れな敵を竜の目で見通して自分のことのようにふっと笑っていた。

 水を用いた分身。色も無い形だけのそれだが、濃霧の中で案山子程度の役目は果たした。純粋にユウタの頭に血が上っていたというのも理由としてはあるが。

 背後を取った。あと出来ることは少ない。

 酸欠間際の朦朧とする頭で、手に持つ刀を最短で突く。

「…ユウタっ!」

 見知らぬ少女の声が、聞こえた。




「がはっ!」

 濃霧を吹き飛ばして漆黒の気が荒れ狂う。突然のそれに対応できず、飛ばされるままに地を転げ回った挙句に盛大に咳き込む。限界に到達して水天乃符は解除されていた。無様に両手足を着いてひゅーひゅーと酸素を求める。

(な、にが)

「おい、おいっ!しっかりしろ、死ぬな…」

 よろりと起き上がりまだ定まらない視界で相手の姿を探せば、ユウタは元いた位置から変わらずそこにいた。膝立ちで、見覚えのない女性を抱いている。

「なんで僕を…。おい!!」

「…………えへ。ごめんね?…ちゃんと、庇い切れ、なくて」

 極東寄りの特徴が濃いユウタとはまるで違う西洋風な金髪の女が、口と胸から血を流して蒼白な顔に笑みを浮かべている。

 …胸の刺傷は、おそらく俺の刀によるもの。

 時空のおっさんと同じく、召喚によって出現した使い魔のような類か。

「こう、いうとこ…ほんと、ドジで。…治らないなぁ、へへ」

「やめろ喋るな、傷…傷が、血が止まらない。どうしたら」

「―――ううん、もういいよ。大丈夫だから。だから」

「……!?」

「負けないで、ね……おう、え、ん……して。る、から……」

 かくりと、薄い笑みのままで、女はユウタの腕の中で事切れた。

「か、ぁ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 天を仰ぎ絶叫するユウタからまたも黒いオーラのようなものが立ち昇る。何かは分からないが、危険な臭いがする。

「許さないぞ、お前はッッ」

「……そうかい」

 

 都合がよかったのは、その茶番劇を見せられている間に呼吸を落ち着けられたこと。まだいくらかふらつくが、仕方ない。

「絶対に許さない。絶対に殺してやる。お前はもう、骨肉の一片も残さないからな。僕はもう…完全に怒った」

「いいから、掛かって来い。薄っぺらいんだよお前」

 二枚目の天符。体が悲鳴を上げている。水精の過剰作用で体内の水分が正常に機能していない。

 残り三枚で確実に仕留める。

 インカム越しに聞こえる篠の制止の声には従えない。

 やるしかないんだ。

 なんだか段々と腹が立ってきた。

 これが主人公だと?

 違うだろうが。

 俺の思う主人公ってのは。

 もっともっと格好良くて、いつでも飄々としてて、それでいてたまに変に笑ってしまうくらいに人間臭くて。

 それで、


『頑張りなさい。主人公は主人公でしか倒せない』


 俺の中では、いつだって貴女が理想の主人公ヒーローだったんだ。

「木彬、極式、木天乃符」

 だから負けない。認めない。

 お前なんか、主人公じゃない。




     -----


「あい、たた」

 どこぞの王城を破壊して生まれた瓦礫の中からむくりと上半身を起こした日和が、体についた埃を手で払う。

「なるほど、なるほど。これはまた」

「なあ!?俺様の手足どこいったか知らん姐御!どっか吹き飛んだんだけど!」

「知らんよ。探すより生やした方が早いだろう貴様は」

「まあねー。リロード、スペア!」

 右手右足を付け根まで欠損させたあやかが、けろっとした顔で肉体を修復させる隣を黙って通り過ぎる。

「喜べよ魔女。コレは、格落ちしていない本物だ」

 見上げる巨躯は守護神。どこかの世界の神格機。

「へぇーコイツがね。……喰えんの?」

「さてな。やってみればいい」

 人にして人を超えた者。

 人にして神へ至り掛けた者。

 この二人掛かりでも、世界を分かつ異界の神は悠然とそこに佇んでいた。

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