余裕と無駄を削がれた末は


「黒髪の和服?いんや知らないねぇ」

「うーん。アンタの言ってること、よくわからんよ。和服ってなんだい?」

「いやあの爺さんは只者じゃないね。俺にはわかるよ。纏う気配がまるで普通の老いぼれとは違ったもんだ」

「そんなことより聞いとくれよ。旦那が空を飛ぶ巨大な舟を見たって言うんだ。そんなモンあるわけないのにねぇ!」


 駄目だ。まったく進展がない。

 ヴェリテと別れ、足はまっすぐに南へ向かった。全力で走り着いた先は穏やかな青い海と盛んな港。よくよく目を凝らせば水平線にはいくつかの小島も見える。

 第一エリア・アクエリアスだと判別するのは簡単だった。どうやら土地勘に疎いせいで向かった通りに真南に来てしまったらしい。

 幸の気配は実際のところもう少しズレた位置に感じている。ここではない。

 とはいえせっかく着いた場所。何か得るものはないかと聞き込みをしてみても大した収穫は無し。やれ爺が海賊と接戦を繰り広げていただの、空を大きな戦艦が通過していっただの、わけのわからん情報ばかりが手元に集まっていく。そんなもの今は必要ないというのに。

(チッ、無駄足だったな。さっさと幸の気配を追うか)

 こっちの方向に幸がいるのは間違いなかったが、おそらくはもう少し西。焦るあまりに足を運び過ぎたのが原因だろうか。

 自然と片手に握る黒鞘に力が入る。早く、早くあの子をこの手に抱き留めねば気が狂いそうだ。

 普段好意を隠しもせずに擦り寄ってくれる少女だったが、その実甘えていたのは自分の方だった。そう再認識できる程度には、今の俺には余裕が無かった。

 〝憑依〟だの戦力的価値だの、そんな意味ではあの子を見れない。

 普段から同化の影響で互いの感情や意識は共有されていたが、俺達は間違いなく相思相愛だったのだと感じる。でなければここまであの小さな童女の姿に焦がれるものか。

 頼むから、無事でいてくれ。

 考えるだけ無駄だ。この地にはこれ以上留まる理由はないと判断し、踵を返す。目指すはここより西方。地方にしてエリア8、ミナレットスカイ。

 三歩目を踏みしめた時、砂浜を強風が吹き荒れた。

 ジェットを展開し、ふわりと降りてきた巨体は折り畳まれた脚部を速やかに展開し、ズシンと重量感のある着地音を響かせて平穏そのものだった海岸に騒動の種として出現する。

 阿鼻叫喚の嵐。バカンスでこの地を楽しんでいた人々は、急に空から現れた巨大ロボットに身の危険を感じ直ちに逃げ去っていく。

 明らかにこの世界の産物ではなく、明らかにその関心は俺という個人に向けられていた。

 異世界に来訪した者同士、なにやら感じ入るものがあったのかもしれない。この機械にそんなものがあるのかは知らないが。

 キュイ、キュイィ。

 頭部の眼に当たる部分から細かな音が鳴り、こちらの姿を明確に捉えたのを悟る。

 そして駆動する内から武装が矛先を向ける。晴れて敵性対象として判別されたらしい。

 ―――忙しい時に限って、これか。


「…………あ゛ァ?」


 思わず零れた声は、自分でも驚くほど低く殺意に満ちていた。

 

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