VS 破岩竜ラクエス (後編)
「〝
ルーン文字で速力を強化し、破岩竜ラクエスの周囲を跳び回りながら剣撃を繰り返す。
この竜の持ち味はその竜種としても並外れた凄まじき
なればこその速度勝負。
「うぉおおおクッソはぇええ!!」
(見えてる…わけじゃねェ!この野郎戦闘勘だけで読んでやがる!)
アルと同様、長きを戦いに身を置いた者特有の感覚器とでも呼ぶべきか。対人、対群に関わらず『勝つための動き』を直観で導き出す能力。生き残る為の方程式を思考を介さず算出する性質はラクエスにも備わっていた。
考えること自体が
「チョロチョロ、すんなっ!」
業を煮やしたラクエスが片手を突き出すと、急にアルの身体が自由を失い引き寄せられた。先程と同じ作用を前にして今度こそ確信すると共に引き寄せられた状態から首を限界まで後ろに倒し、接触のタイミングで一気に前へと押し出す。
渾身のヘッドバッドに対抗するようにラクエスも頭突きを繰り出し、額同士の衝突で地面(テラストギアラ背部)に亀裂が奔る。
割れた額から流れる血が眉間を伝っていく。まさしく目と鼻の先にある敵の顔を凝視しつつ、アルは悪魔のような笑みを浮かべた。
「岩と重引力の使い手!なるほど馬鹿なりにいいモン持ってやがる!」
(…コ、イツ!
頭蓋ごと粉微塵に砕く魂胆でいたラクエスにとっては驚愕の一瞬であった。いくら異界の種族とはいえど、竜種に肉体面での押し合いで退かぬ者などそうはいない。
しかしそれでも。ラクエスには竜としての矜持があった。今一度竜の世界を取り戻さんが為、誰よりも何よりも竜は最大最強であり続けなければならない。竜が同胞以外に敗北を喫してはいけない。
自らを追い込むように想いを昂らせ、さらなる力を捻り出したラクエスの額がアルを押し飛ばす。
たたらを踏んで数歩下がったアルへと四方から飛び掛かる岩の獣。
「チィ!」
これを斬り伏せる合間、彼の足元から突き出た石柱がアルの胴を叩き空へと打ち上げる。
「これで…終わっとけ!!」
空中に浮いたアルへと重力の咆哮と岩石弾をありったけ撃ち放つ。宙で己の壊れた黒翼を展開して僅かな回避行動を取るアルの挙動にも限度がある。皮膜の破れた翼では自在に空を舞うことは出来ない。
「ッラァ!!」
握る剣を槍へと拵え直し、投擲。竜殺しの何らかの銘が与えられていた槍がラクエスの肩を穿つも、引き換えに受けたアルのダメージの方が遥かに高い。
だが堪えた。まだ勝負は決していない。そんなことはラクエスにもわかっていた。
本命はここから。
「準備はしてたがまさか使うことになるなんてな!光栄に思えこのザコ!」
微細に動く指が何かを操作している。警戒を向けたラクエス及びその周囲からは何の気配も感じられない。直後にアルは浮き上がった自らよりもさらに上を仰ぎ見た。
ラクエスが吼える。
「竜王様とはぜんぜんちげーが!これでも充分てめぇは倒せるっ」
空の彼方より、光が墜ちる。それは大気圏外より飛来する星の外からの礫。暗黒竜王の扱う
一つ一つのサイズは竜王が放つそれとは程遠く小さいが、そもそもが生物を殺すに辺り数十㎝の隕石とて過分である。
それが目視で確認できる限りで二十、三十とやって来る。
最後に指を立てたラクエスの指向性操作により、唯一竜王のアルマゲドンより秀でているとされる精密照準が完了する。無作為に落ちるはずの流星雨はたったひとつの生命体へ向けて重力にも逆らった異質な軌道でアルを狙う。
「〝
唱え文字を刻み、アルが何かの術式を練り上げ始める。だがラクエスはそれが完了するより早く流星雨が到達することを確信していた。
その見立て通り、宙より来た隕石群は二百㎝に満たない小さな標的を逃がすことなく捉え切り、轟音を引き連れて爆着する。
ルーン文字による現象は起きていない。やはり間に合わなかったかとラクエスが笑みを滲ませ。
「〝
爆炎を引き裂いて現れた褐色の男に目を見開く。
(そ、うか―――コイツ!!)
馬鹿には才ある者の考えは読めない。だから彼は基本的に知恵ある同胞の言葉には従う。
だがそんなラクエスにでも、同じ馬鹿の考えくらいは読める。だからこそこの局面で行なった蛮行の正体に正気を疑った。
「ハナっから
初めから、倒すためだけのものを。
爆散した宙の欠片を手に集わせ、爆炎で肌を褐色以上に焦がすアルがその手の内にあるものを鍛え上げる。
それは元の世界には存在しないもの。それはこの世界では届き得ないもの。
異なる世界の異なる星より来訪した、外なる宇宙から飛来する
数々の伝承異譚より厄災や悪魔の大元として語り伝えられてきた
だからこれは科学の
近代古代の雑多煮とも言うべき伝えられるはずのない迷信がここに存在しない威容を示す。
「〝
ルーン原語で補強された異伝が電子の海に揺蕩う真偽不明の杖を生む。
杖と呼ぶには短く、無骨で、いっそ太めの鉄パイプとすら形容できる面白味のない円柱体。
本来は宇宙兵器(或いは軍事衛星)と呼称されるべき概念の一撃にはやはりあるべき出力機能が無い。大規模衛星クラスの機材を用いてようやく発揮されるべき戦略兵器の射出には人間世界では信じられていない『ひとならざるもの』の神秘が装填されている。
妖魔が神を討つ為に試行錯誤してきたものの一端。〝
「〝
宙よりもずっと地に近い位置で、初速から火焔を纏った鉄円柱はまるで目視できる距離にまで転移してきた隕石かと見紛うほど。
空間を歪めるほどの速度と熱波を伴ってなお、防御姿勢を取ることに成功した破岩竜ラクエスの戦闘勘が異常であることが再度証明される。
しかしそこまで。余力を残すだの全力は控えるだのとらしくもないことを考えていた彼が吹っ切ったこの一撃は並大抵の者では…いや並を越えた者ですら抵抗は不可能である。
そんな中、妖魔アルはもうひとつ、我ながらにして頭を抱えたくなるような思考に修正を施す。
小奇麗に丁寧に出入口を探すなどくだらない。
無いのなら作ればいいだけの話だ。
「ぐっゥぅォオおおおあアアああああ!!!」
断末魔に似たラクエスの咆哮を耳に捉えたまま、アルはさらなる力を込めて巨大な竜の背中ごとラクエスの打破へと踏み切った。
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