幕間1・銀の竜の背を追って

「お久しぶりですね、夕陽」

「うんそうだな。んじゃあ感動の再会も済んだし離してくれるか?」

 会うなりいきなりの抱擁。引き剥がそうにも竜の力は非常に強力で振り払えない。幸が一生懸命に俺の腕を引っ張ってくれているが、まるで意味を成していなかった。

「随分とドライじゃありませんか?夕陽は私と会えて嬉しくはないのですか」

 金色竜ヴェリテは不服そうに片頬を膨らませる。あざとい仕草の最中にも腕の力は一切緩まらない。

「いや嬉しいよ。普通に嬉しい。ここが戦場じゃなかったらもっとゆっくり話も出来たろうけどな」

 依頼の討伐対象は倒したが、そうでなくともコロニーはいずれも危険の多い場所。呑気に長話してるとまた何が出て来るか分かったものじゃない。

「ふうむ、なるほど。それも確かにそうですね」

 戦事に長けた竜種の彼女にも現状の危険性は理解できたのか、一つ頷いてからぱっと両腕を離した。

「…っ!」

 途端にぐいぐいと袖を引っ張られて幸がヴェリテから俺ごと距離を置く。

「此度は敵ではありませんよ、幸」

 にっこり笑って敵意が皆無だという意思を示すが、幸の態度は変わらない。

「あらら…?」

 眉をハの字にして困惑するヴェリテだが、原因は俺にだってわかる。

 お前が抱き着いたせいだぞ。俺を取られたと思って拗ねてるじゃねぇか。

「それはともかくとして、よくまた異世界なんぞに来れたなお前も」

 このままだとまた朝みたいなギスギスした昼ドラ空気になりそうだったので、話の流れを変えに行く。

 ただ正直なところ、これは本当に気になっていたことだ。日和さんのような規格外でない限り、独力での異世界転移なんて不可能なはずだが。

 となるとだ。

「そうですね。それなのですが……夕陽、素直に白状致しますと、私は貴方への助力だけを目的にこの世界へ来たわけではないのです」

「だろうな」

 そんな気はしていた。俺がいたからこの世界へ来たのではなく、この世界への用件ついでに俺を見つけた。そんなところだろう。

「で、本来の目的とやらは?」

「あまり聞いても面白いものではありませんが…」

 前置きして、ヴェリテは順序立てて話し始める。

「まず初めに、私の世界である事件が起きました。竜種の失踪という」

金色竜おまえらのか?」

「いいえ、近いですが似て非なる竜の一族。私の友でもありました」

 あ、なんかもう予想ついたわ。

「その竜は失踪ではなく拉致、それも他世界からの侵略者の手によるものだということが判明したのです」

「なるほど。それを追ってここへ来たか」

「正しくは、いくつかの世界を移動しながら逃げていた敵の一派が行き着いた先がここだった、ということなのですが…」

 答えながら、ヴェリテはごそごそと胸元から一枚のカードを取り出した。

 見覚えがあり、かつ俺も所持している認定証だ。確かな実力を保持していることを保障するバウンティーハンターの登録も兼ねている証。

「前回の社長戦争とやらで実力を買われた一部のものには元の世界へ直接送り込まれているそうです。貴方もでしょう?」

 首から垂らした認定証を引っ張り出して肯定を示す。

 『カンパニー』からふざけた手紙と一緒に俺と日和さんの分は同封されていた。やはり他の連中にも同じものが送られていたのか。

「渡りに船、でした。私達だけでは転移の術が無かったので、これを利用して拉致された彼女の保護に向かえると」

 ヴェリテはバウンティーハンターとしての報酬や成果に興味はなく、ただの移動手段として認定証を利用していたわけだ。

「それで、その竜は見つけたのか?」

「…ええ。我らが盟友にして竜の抑止力、『銀の同胞はらから』。現在は第⑪コロニーの監獄にいるようです」

「ちょっと待ってその竜大丈夫?」

 何やったら異世界のムショに入れられるわけ?

「いや違うんですよ!本当に無垢で愛らしい仔なんです!ただ何故か今はおかしなハンターと行動を共にしていて、それに巻き込まれる形で収容されたようなんです」

 ハンター。

 行動を共に、となればその目的は明白だ。依頼を請けた上での護衛それしか無い。

 ただ、やっぱり捕まって豚箱にぶち込まれた理由が判明しないが。

「うーん…。で、どうすんの。助けに行くってんなら手を貸すくらいはするが」

 腕を組んで、まず次の動きを考える。依頼や報酬も大事だが、ヴェリテが本来の目的の為に行動するというのなら助太刀くらいは吝かでもない。

 だがヴェリテは首を左右に振るって、

「……いいえ、しばらくは様子を見ましょう。あの仔もまだ竜としては幼いですが、最上位の神威を誇る『銀』は伊達ではありません。ちょっとやそっとのことで傷つくこともないでしょうし」

「助けに来たわりには淡白だな」

「人ほどヤワではないという話ですよ。竜同士であればこれくらいが普通です」

 そんなものかと納得し切れずにいた俺の前に移動して、ヴェリテは戦槌を担ぐのとは逆の手を差し出す。

「というわけで、しばらくは貴方と一緒にいますよ、夕陽。よろしくお願いしますね?」

「はいはいよろしく―――おい幸いい加減諦めろって」

「っ…」

 握手に伸ばした手を必死に両腕で掴んで止めようとする健気な相棒を説得するまでにそこそこの時間を要した。ヴェリテは結構ショックを受けていた。もちろん自業自得なのでこっちのフォローはしなかったが。



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