転移


「夕陽、敵と対峙する際は?」

「常に沈着冷静」

「交戦時の理想は?」

「圧倒撃滅」

「心意気は?」

「勇猛果敢」

「オーライ、気持ちだけは負けないようにね」

「この軍人みたいなやり取り必要ありました?」


 刻限が迫り、大荷物を傍らに俺と幸は自宅の居間で最終点検を行っていた。

 今度の転移は最長の三日。向こうの世界通貨に両替しても充分な金銭と、野営道具を一式。その他数日分の衣食も持参して行く。

 あっちの世界はいまいち治安がよろしくないようで、馬鹿正直に宿で寝泊まりするくらいなら安全と見定めた地域で野営天幕を展張した方が確実だという日和さんの意見によるものだった。

「あと、はいこれお弁当ね。日持ちを優先しようと思ったんだけどそうするとコンバットレーションみたいな中身になるから普通に君と幸の好物を詰め込んだ。早めに食べて」

「普通日持ちを考えても軍用糧食みたいにはなりませんけど、ありがとうございます。向こう行ったらすぐ頂きますね」

 遠足かよとも思うが、まぁ変に気を張る必要もないのだからこれでいいんだろう。過度な緊張感は無意味にミスを誘発するものだし。

「ざっと他陣営の代理者情報に目を通しておいたけど、案の定おかしなのばかりだ。くれぐれも用心するように」

「慣れっこですよもう。喋るパンダとか超巨大殺戮兵器や異世界サイボーグを見たあとで何に驚けってんですか」

 それに今回は俺と幸だけじゃない。遠隔からとはいえ心強いナビゲーターがいる。

「日和さんと篠も、しっかりサポートお願いしますよ。事前に対戦相手の情報が分かるっていうのは正直めちゃくちゃ助かるんで」

 これまでは対峙して数撃交えるまでは相手の能力や本質を見極めることも出来なかった。それに比べればリスクは大きく減ったと言える。何も知らない内から即死級の技を叩き込まれる心配も無いし。

「お任せください。必ずや主様とお嬢様を常勝へ導いて御覧にいれます」

「うん、頼むわ。これが終わったら礼になんでもしてやるからさ」

「……なんでも、ですか」

 幸ともよくよく同じ褒賞をあげることがあるが、大抵予想より軽いことを要求される。前回のアルファベットシリーズ戦のあとには『日向夕陽土日専有券』とかいうわけのわからんものを欲しがった。ずっと前に日和さんが冗談半分で作った券を本気で信じていたらしい。

 普通に土日の丸二日片時も離れず遊んでいただけだけど。

「おう、何か欲しいものとかあったら買うぞ?これでも貯金には余裕がある方だ」

 きっと生真面目な篠なら堅実に使用頻度の高い品を要求してくるはず。暗殺用の仕込み刀とか。

「あ、の。でしたら」

 もう考えてたのか。なるほどこれはもとから欲しいものがあったと見える。

「遠慮せず申して見よ。日頃のお礼も兼ねてるから額なんぞ気にしなくていい」

「えと。…主様の専有券、は……まだ余ってますか?」

「んなもんいくらでもやるからもっと良い物ねだれや」

 この小娘は俺がそこまで貧困に苦しんでいるように見えるのだろうか。

「えっいくらでも!?」

 両手を口元に当てて目を見開く篠がどこまで本気なのか分からない。これもう小馬鹿にされてるだろおれ

「っ!…っ!」

「なんだよ幸!やるよ!お前にもやるって!」

 俺のシャツを引っ張ってぴょんこぴょんこと跳びはねる幸が涙の滲んだ瞳で見上げて来る。『ずるい』って声なき声で叫んでいるのは分かるが何もずるくない。

「んむ……沢山余ってるから好きなだけ切り取って持って行くといい」

「うわ嘘だろプリントアウトしてあるじゃねぇか!何してんすかアンタ普段そんなに暇なの!?」

 縦横十列に俺の専有券がプリントしてある巨大な紙を束にして掲げる日和さん。もはや呆れを通り越した絶望が襲い来た。仕事無い日にそんなことしてたのか。

「これが意外と需要あってね。笠地蔵や天狗も二万で買って行ったよ、玲奈や胡桃も来たね」

「売っちゃったんですか……普通に通報案件なんですけど」

 笠地蔵の爺さんはともかく、あの喧嘩大好き天狗の手に渡ったのは不味い。土日フルに使って殴り合いを強制されるじゃん。

「戻ったらすぐに没収しますからね!売ったのも本人に無許可なんで無効!幸これが終わったらすぐに回収に行くからそん時も頼むな!」

「…………」

「回収した分はお前が使っていいからそっぽ向くなよ!ってか幸はそんな券必要ないだろ」

 年がら年中一緒にいるのにどうして欲しがるのか理解に苦しむ。

「もういいや…これ以上いると本番前なのに余計疲れる羽目になりそうだ」

「あれ、余計だった?なんだか体が強張って見えたから和ませようとしたのに」

「嫌な和ませ方だな!他に方法あったでしょうに」

 結局は日和さんの思惑通りになってしまったのが無性に悔しい。確かに体がほぐれたという事実が尚のこと悔しさを倍増させてくれた。

「いつもの通りにやりなさい。『カンパニー』なんて、お使いの買い物を済ませる程度の気持ちで潰して来ればいいのさ」

「わたしは…主様とお嬢様がご無事に帰還されることが何よりと考えておりますので。しつこく何度でも、言います。ご自身を第一に、他を蔑ろにしてでも」

 玄関で登校を見送る毎朝の一時のように、日和さんは調子を崩さず。

 相変わらず大袈裟に、大勝負に挑む将へ激励を送るかの如くに篠が。

 だから俺の言葉と態度も決まっていたようなもので、

「んじゃ、行ってきます」

「っ!」

 すんなりと口から放たれた出立の挨拶と共に、俺は幸と繋いだ手とは反対の手で卓上に置かれたベルを握り込んだ。

 

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