集え、時の竜を降す者達(中編)
セントラル中央行政区。
日増しに数が桁を変えていく書類の山の中で、白髪の少女が淡々とそれら書類束を処理していく。
その片手間、言葉だけが視線の先にある文書ではなく机を挟んだ先にいる男へと向けられる。
「西が騒がしいな。報告によれば『完全者』に『時空竜』とのことだが、対策は出来ているのか?」
「いや、それは。……できていませんね」
冷や汗を垂らして言い淀むかの男は少女のひとつ上、十八歳の異世界転生者。
日本の学生服に酷似した紺色のブレザーに、同色のチェック柄ズボンの出で立ち。太もものホルスターには二丁の大型拳銃が収められているが、そのいかつい武装に反して彼自身の威勢はあまりにも弱かった。
「だろうね。押し付けられたとはいえ貴公は一軍の将。それも総指揮を担っている。権限と義務が発生している以上、仕事は全うしてもらわねば困るよ。シンイチロウ・ミブ殿」
「返す言葉もございません…」
恭しく頭を下げるこの男こそ、光竜ポラリスの神話劇場に囚われていた者にして、雷竜ヴェリテに『黒抗兵軍』の総指揮を(半ば強制的に)任された哀れな青年である。
此度は白髪紫眼の少女に呼び出しを受けてこのような状況に晒されていた。
「とはいえ君にこの責任を押し付けるのもあまりに酷だ。何せ戦況が悪すぎる。竜王に備えて戦力を蓄えていた頃合いで悪竜王の活発化に時空竜の復活だとは悪い冗談にもほどがある。他神の介入まで加わればもはや乱痴気騒ぎ同然だ」
「現在は西のメガロポリスに派遣させる人員と戦力の見積もりを立てています」
書類の山をひとつ片し、少女はようやく顔を上げる。病的に白い肌は見てて心配になるほどだが、その鋭い眼光はまったく不調を示してはいない。
『セントラル
委員最年少のモンセー・ライプニッツが指を打ち鳴らす。
途端、執務室の左右の壁にプロジェクターで映したようなモニターが投影される。兵軍の技術担当を引っこ抜いて突貫工事で執務室に設置させた魔術式の通信設備であった。
「いいだろこれ。話題のリモートワークってやつだ」
「これの設置に使ったうちの人間、完徹五日で泣くだけの水分も無くなって仮眠室でミイラになってましたけどね……」
異世界人であるが故にそれほど心配はしていないが、これなら戦場に駆り出された方がマシまである過労っぷりではあった。
そんな経緯をもって運用されている通信モニターの右壁側には青髪の強面が、そして左壁側のモニターは黒一色だった。
「ふむ。やはり彼らは通信に応じずか」
「そもそもが彼ら自体が別個の軍のようなものですからね。常時こちらと連絡を繋げておくのも厳しいのかと」
「だとしても預かってる第二中隊の運用担当だろうに。まあいい、もとより数には入れていないしな」
空を舞う戦艦の軍。今現在は『黒抗兵軍第二中隊「清白」』を掌握下に置いているFFXXとは連絡不通により救援要請は絶望的だ。
「すまないね、待たせた」
『いいえ、お気になさらず』
左のモニターを消し、右のモニターに映る青年と視線を合わせる。
『それよりこちらの方こそ謝罪を。元帥閣下は現在当ホテルを離れておりまして。私がその間の代行を担当しております』
「冷泉殿、会談の時以来だな。元帥殿からは軍人としても人間としても優秀だと聞いている、そこに不安は無いよ」
『恐縮です』
繋げている先はエリア1のホテル内。本来そこには『黒抗兵軍第一中隊「菖蒲」』を管轄する元帥閣下・米津玄公斎がいるはずだった。どうやら彼も今は離れているらしい。どうにもタイミングが悪い。
「話は伝わっているとは思うが、西を攻略する為に可及的速やかに戦力が必要になった。総指揮官殿、現状メガロポリスに向けられる戦力は?」
「中央から兵軍の何割かは捻出可能ですが、主力は第一と第二であったので、その片翼が機能しない今は割ける人員にも限りがあります。即席でよければシュヴァルトヴァルトから志願してきたエルフの民で二個中隊程度の編成は可能ですが、彼らの本質は魔術と弓術による後衛なので前線がガラ空きになります。それ以外となると…」
「各個に動く者達、か」
『…日向夕陽一行がメガロポリスに向かっている報告は受けました。彼らもまた一騎当千の将であるのは間違いありません。こちらからも騎士団を派遣することは可能ですが、それも多勢というわけでは。必要とあらば私も出ます』
拠点を預かる者の発言とは思えぬ言葉に一瞬耳を疑う。
「いいのかね?そちらは元帥代行としてホテルを維持しているのだろう」
『その元帥閣下からのご指示です。不在の間、事態が悪化した際には出軍も辞さないと』
「相変わらず大胆な
そんな状況ではないというのに笑みを浮かべるモンセーにシンイチロウは静かに震えた。この少女の胆力たるも中々のものだと。
「ではそれでお願いしようか。やれやれまったく、軍事の常は不足にあり、か。いやはやいつの世も戦争とは不毛なものだよ」
浮遊する車椅子の背もたれに体を預け、数秒だけ目を閉じる。次に開いた時、その眼には何かの覚悟が見えた。
「冷泉殿。悪いが出軍の際には一度セントラルに寄ってくれないか。ああいやほんの数人回してくれればいい」
『…?それは構いませんが、何かの御用で使うので?』
自由の利かない足の代わりに、上半身をめいっぱいに伸ばす。パキパキと小気味良く首や肩を鳴らした。やはり長時間の事務仕事は身体によくない。
たまには外に出るのも一興か。
「なに、車椅子を押してくれる者が欲しいだけだよ。それと、前線がガラ空きだと言ったな?総指揮官殿。その問題は、ひとまず気にしなくていい」
「な……まさか、総長!?」
『セントラル
「ただまあ、あまり期待はしないでおくれよ。見ての通り、私は身体が弱いのでね」
軍事を司る公人が、一人の魔術師として戦線に身を投ずる。
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