加速する惨状
おかしい、と。
そう気付いたのは三名いた。
ひとりは彼女と同じ世界で同じ魔法使いでもある叶遥加。ひとりは共にこの世界で強敵を前に共闘したアル。
そして、以前何度か異世界でその姿と力を見てきた夕陽。此度の彼女は泥を扱ったり巨大な眼球を背に負っていたり巨人を出したりはしていないが、彼女が『高月あやか』であることは疑う余地も無い。ただ、向こうがこちらに対しまったくのリアクションを返さない辺り、おそらくはアッシュワールドや社長戦争で遭遇したあの『高月あやか』とは別物なのだろう。
ともあれ、三者が共通してその化物じみた魔法とその使い手をよく理解していた。
だからこそ彼女の拳から痛烈な打撃音が響かないのを疑問に感じた。
限られた時間で最大まで練り上げた『増幅』の拳打。もしあれが直撃していたのなら、間違いなく時空竜は息の根を止められている。
しかしこちらから見えるのはオルロージュの背中のみ。その高身長に隠れる形で、拳を放ったはずのあやかの姿は確認できない。
けれどすぐさま理解した。
『増幅』のインパクトは通っていない。
遥加が矢を射り、その後を追う形でアルと夕陽が同時に前へ出た。
「おい高月どかせ!!」
刀でオルロージュに斬りかかりつつも拳を振り抜いた格好のまま身動きを停めたあやかを蹴り飛ばし、アルが夕陽に手早く指示する。
すぐさま人形のように固まったあやかを抱えて後退すると、すぐそばに駆け寄ったカルマータが苦い表情であやかの状態を看破した。
「メビウスの輪……あいつ、よくもこれを平然と…!」
その単語を聞いてようやく事態の深刻さを理解した。魔法によって脳内に直接入力された時空竜の情報。『メビウスの輪』とは、対象の時を永続的に停止させてしまう時空竜の大技。かつて時空竜自身もその技を反射されることで封印に至った経緯を持つ能力だった。
「解除は!?」
「できるが、ここでは無理さね!」
当然だ、と夕陽も納得する。生半可な術式では解呪も出来ないだろう能力の精巧さ。六名でも手に余る時空竜を前にさらに大魔女の戦力までもが解呪に掛かり切りで外れてしまうのは致命的過ぎる。
(くそ!あと一撃、それも確実に殺し切れる一撃でなければ振り出しだ!だってのに…!)
アルと鐵之助と遥加が牽制で時空竜を押さえ込んでいるが、誰しもが露骨に攻撃を避けていた。刀剣で斬り付けることも、射杭砲で撃ち抜くことも、魔法の矢で射貫くことも可能ではあるだろう。だがそれでは倒せない。
誰か一名が十全に威力を溜める、その時間が確保できない。時空竜はその能力上の厄介さを抜いても純粋に竜としての強さと頑強さがある。
常道に沿った攻略法において手詰まりに行き着いた夕陽とは対照的に、アルと鐵之助は血を吐きながらもとある覚悟を決めていた。
「おいクソハゲ!」
「んだよ」
共に本気ではない。回避に専念し、余力を次に残している。
もはや一撃で仕留められるなどと考えてはいなかった。
「もう一周だ」
「ああ?ならもうド突いていいんだな!?」
この周回を諦め、次の分針一回りまでに決着をつける。
ただしそれにはひとつ、超えねばならないものがある。
凄惨な笑みを浮かべ、パイルバンカーを時空竜の眉間で撃発する。さらにアルが両足を斬り付け同時に赤熱する剣から火炎を振り撒いた。
「一回り、などと悠長に構えている余裕があるのか?」
分針の能力発動。炎の中で無感情に告げるオルロージュの負傷が一瞬で消失する。
そして時針もまた、分針と重なり12を指した。
「こいつを持って下がれカルマータッ!そこの弓使いもだ!!」
停止したあやかを魔女に押し付け、夕陽が時空竜と対峙する二名の背を目掛けて走る。
「ティカ俺の背中に張り付いて針を刺せ!こっから無茶するぞ!」
「いっつもしてるじゃんまた無茶するのー!?」
呆れたように声を上げるロマンティカが夕陽の頭から降りて背中へと回るのを確認し、夕陽は二人より前に出た。
「おい夕陽!」
「どけ小僧!」
戦闘狂の言葉には耳も貸さず、オルロージュの口腔から破滅的な咆哮が放たれる間際に神刀を正面に掲げ内に秘す莫大な神気の一部を引き摺り出す。
右肩の刻印が一際明るく光を放つ。刻まれた結界術の紋様から前面に半透明の錘状結界が構築される。
イメージとしては受け流すように、削り取るように、圧倒的な破壊力を少しでも低減させ、防ぐ。
そんな思考が纏まりきる前に、視界を覆い尽くす銅色が圧力を伴って衝撃を叩きつけた。
まるで砂嵐の中にいるかのように、視界が薄暗くなり、正面から吹き荒れ続けるブレスの勢いに全身の組織が崩壊していく。
背中に刺した針から絶えず流入するロマンティカの薬効成分に加え、生身に刻み付けた紋様のいくつかが光を瞬かせる。再生力強化、耐竜硬化の刻印術が励起していた。
だがそれでも時空竜のブレスの方が全てにおいて勝っている。あと何秒かの拮抗が過ぎれば日向夕陽の肉体は完全に崩れ去るだろう。
それでも退くわけにはいかない。せめて背後の二人を守り切れればまだ勝機はある。
やがて銅色の闇が晴れると、夕陽が両膝を折って崩れ落ちる。ほぼ同時、かろうじて身体が死滅する寸前でブレスを凌ぎ切ったのだと判断する。
『…。この腐乱し汚れ切った世界の為に、そこまで身を粉にする意味が、わからない』
「チッ…ここに来て、それかよ」
瀬戸際の綱渡りを遂行した夕陽をアルが倒れる前に片腕で支える。全身から煙を上げ一部炭化も引き起こしている。早々に手当しなければ命に関わるだろう。
そんな満身創痍の人間を見下ろす、鈍色の体躯。ブレスの猛威が去った後、そこには全長百メートルに達するほどの巨大な竜の姿があった。
完全竜化したオルロージュの周りから、先程の数十倍ほどに増えた歯車と矢が次々と出現する。
『道理が立たない。合理的でない。そのような考えでは人の世は永遠に先へ進めない。停滞し緩やかな滅亡を待つだけだ。それが何故、わからない』
「……だま、れ」
息も絶え絶えに、夕陽が顔を伏せたままで応じる。
「人の、世界を……語るの、なら。理屈を並べるな。…合理を説くな。それは、人じゃない。機械の視点で、人を…人間を、知った気になってんじゃねえよ…!!」
ボロボロになった人間の言葉を受けて、竜の面立ちが僅かに歪む。それが怒りか、それとも哀れみから来るものか、判別することは叶わなかった。
「しゃべんな夕陽、死ぬぞ」
「ユー!もう動かないで!鱗粉もつかいきっちゃったから…っ」
無理に声を吐き出したせいで咳き込む夕陽を担ぎ上げ、アルが刀を握り直す。
「鐵之助、つったな。死ぬかもしれんが
「ハッ!死ぬのはいいが退くのは気に入らんな。俺は残るぞ」
「無駄死にだボケ、見てみろ」
アルが顎で空高くを示す。巨大な姿に変化した直立型の時空竜は、高速回転する歯車を用いて、周囲を飛ぶ機械の鳥を順繰りに破壊していた。
仲間割れではない。そもそもが『救世獣』は時空竜が生み出した自我無き従属の獣だ。オルロージュに逆らうという思考自体が存在しない。
ならば何をしているのか。
答えは、その胸にある時計盤の針が示していた。
ガコンガコンと、ありえない速度で時針が進み始めている。
「
「…なるほど。確かに死に場所としては面白味に欠けるなこれは!」
これ以上悠長に会話している暇はない。声高らかに納得して、誇りある戦死を求める鐵之助は射杭砲を持ち上げ、夕陽を担ぐアルの前に立った。
「行けよ魔の物。互いに生きてたらまた会おうぜ」
「―――あー、悪ィ。やっぱさっきの無しで」
「あァん!!?」
凶悪に笑う鐵之助に対し、半笑いでアルが先刻の発言を訂正する。
『アル殿!!』
「……いた、あそこ」
「急いでくださいリア様パワーも限界が近いですよいえ別にリア様に問題があるわけではなく私の力不足なだけであってリア様であればこの程度なんてことはないはずなのですけれども!!」
「お姉ちゃん、いいから次あっち!いっぱい集まってきてるよ!」
強風吹き荒ぶ天空を、垂直に高速で飛翔する緑色の竜が風のようにこちらへ飛んできていた。
このエリアに来てすぐ、アルとあやかを降ろしてから空中での遊撃を担当していたシュライティア(と乗ったままビームを乱射するエレミアと白埜とウィッシュ)だった。
塔の方角からはこの距離からでも帯雷して獣を蹴散らす竜も確認できた。
こちらの手勢は言葉を交わすまでもなく引き際を悟ったらしい。
夕陽を担いだまま風刃竜に跳び乗るタイミングを見計らいつつ、アルはポケットから小さな水晶型の通信端末を取り出す。視線を受けたカルマータも無言で頷いた。
「時空竜討伐失敗!とっとと全軍退かせろ!!やり方変えねェと勝ち目が無い!もっかい言うぞ、全軍撤退だ聞こえた指揮官連中は動け動け!!」
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