開戦前

選択


「ゴキブリか何かですか奴らは…」

 我らが通う高校にほど近い位置にある男子寮。その一階端の一室にお邪魔して湯呑を傾けながらも、正直俺はうんざりしていた。

「……」

 椅子に腰掛けた俺の腿にちょこんと乗って顰め面らしきものを作ろうと眉を寄せている幸も心境は同じらしい。

「いやどうかね。わざわざ謀反全開で暴れ回った君に頼らねばならないほど切迫しているとも考えられるよ」

 長テーブルの対面で脚を組んで煎茶を啜る日和さんはまったくもっていつも通りの他人事である。

 もう絶対行かねぇぞオーラも全開放出してるつもりなんだがまるで意に介さない。このままだとマジでまた俺が出張る羽目になる。


 事は半日前のことであった。

 もはや恒例となりつつある時空歪曲による異次元投函によって居間の真ん中へ放り投げられた最悪の招待状。

 これまた相手も例によって忌々しい『カンパニー』から。まだ壊滅してなかったのかよ。

 内容は『次期社長を巡っての五つ巴の戦争』。

 こちらの世界から一名を選抜して寄越せとのことだった。


「いっそ俺らで一個勢力新しく創って五つの陣営潰して『カンパニー』破滅に追いやりますか?」

「楽しそうだね、それも」

 あははうふふと二人で談笑していると、この男子寮長室の主である蓮夜れんやさんがカップを二つ持ってやって来た。

「笑い事ではないと思うけど…?ていうかて。もしかして僕も入ってたりするのかい」

「もちろんお願いします。ってか皆来てくれないと困ります。俺この中で一番弱いのに」

「お待ちください主様。明らかに戦力という面で劣るのはわたしかと」

 緑茶で満たされた湯呑茶碗を握るのとは逆の手でぴしっと挙手してみせた鬼の娘、しのに続いて白い犬耳と尻尾を忙しなくぱたぱたと振るう巫女装束姿の少女もおっかなびっくり手を挙げて、

「あの、あのっ。…わたしも、戦うのはちょっと…いやかなり…力も本来の半分以下ですし…」

「知ってる知ってる。篠も紅葉くれはも戦闘補助要員だからそれは気にしなくていい。俺が最弱っていうのは、荒事メインでもいける面子の中での話だから。平気だよ、いざとなったらこの子と一緒にお前らも守るから」

 マグカップの縁ぎりぎりで茶色の水面を揺らすココアを小さな舌で少しずつ口に含んで飲んでいた幸が、任せろと言わんばかりにぐっと親指を立てて小さな拳を突き出した。危ないからマグカップ両手で持ちなさい。

「アンタ行きなさいよ。これまで二度行ってるんだから慣れたもんでしょ」

「アレ慣れたらもう普通の生活出来ないっす閃奈せんなさん」

 悪魔と妖精のハーフである蓮夜さんの双子の片割れ、閃奈さんもいつの間にやら自分のコーヒーを淹れてテーブルの角を陣取っていた。よくよく休憩や世間話をしに来る寮長室だがこれほど賑やかになるのは最近では稀だ。

 色素の薄い髪を掻き上げて、得心がいったように閃奈さんが俺を横目に見据える。

「ははあ、さてはその為に集めたわね、ここに」

「だから言ってるじゃないですか。皆で行こうって」

 この面子なら怖いものなしだ。確実に勝てる。まあ日和さんが出てくれるなら彼女一人で済む話ではあるだろうけど。

「パスよ、パスパス。あたしと蓮夜は寮の安全を守る為に極力外へは出ないってアンタも知ってるでしょ、夕陽」

「たまには息抜きで外出してもよくないですか?」

「息抜きで戦場に道連れにしようとはアンタも中々面白いこと言うようになってきたじゃない」

 しまった口が滑った。

「……日和さん、行ってきてもらえませんか?もう俺の手に負える気が…」

「別にいいけどね、確かにいい加減鬱陶しいとは思っていたところだし」

 閃奈さんの眼光に圧し負けて顔を逆の方向に向けながら懇願すると、意外な返答が来た。

「マジすか」

「まあ、現地に行ける人数が増えたらの話だけどね。……どこの陣営だか知らないが、つくづく『カンパニー』は誰かしらの地雷を踏み抜かなければ気が済まないところらしい」

 無感情にそう呟いた日和さんの視線はどこか遠くを見ているようだった。おそらくは此処ではない何処か、次元も時空も超越した千里を超える〝千里眼〟の能力による遠視だろう。

 何を見たのは知らないが、えらくご立腹なのは分かる。

「…ということは、やっぱり俺達らしいぞ幸」

「…っ」

 ココアを飲み終えた童女を後ろから回した腕で抱き寄せると、身体を反転させて首に両腕を伸ばしてぴったりくっついてきた。言の葉以上に表現豊かなこの子の肯定動作だ。子供特有の高い体温が、その熱意を示しているようだった。

「好きに選ぶといい。今回は行かないという選択も充分にアリだよ。この社長戦争とやらはリスクとリターンがまるで釣り合わない」

 なんか大将は乗り気だったりそうじゃなかったりと複雑な様子だ。そりゃ行かないに越したことはないが、日和さんの言う通り『カンパニー』にはいい加減黙ってもらいたいのも本音だ。

 さて、どうしたものか。

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