VS『M』
いくら〝憑依〟で人外化した肉体であっても、あれだけ大きな火器の餌食となっては無事では済まない。
大型故の取り回し辛さと片腕使用による雑照準によってまず当たることはないと思うが、弾切れを待つだけの時間を付き合ってやるつもりもない。もしかしたら増援が来るまでの時間稼ぎであるかもしれないし。
「ふっ!」
敵サイボーグを中心に円を描きながら逃げ続けていたところを一度立ち止まり、木刀で荒れた地面を思い切り叩く。
粉砕された地面から粉塵が巻き上がり、一時互いの姿が視界から消えた。
数秒でいい。攻撃の流れを切れれば充分。
この程度の距離ならば、人を超えた身体能力で肉迫できるから。
ただし、
「シッ!」
大上段、袈裟に振り下ろした一撃は腰から引き抜かれたマチェットナイフによって防がれた。
条件自体は向こうも同じ事。その為の外殻、その為のサイボーグ。
人を超えられぬ兵装に価値など無いのだから。
(だが、まだ俺が上だ)
こちとらこんなのとは比べ物にならない怪異や霊障と対峙してきたんだ。都市伝説の怪物や伝承の鬼の足元にも及ばない。
(幸、行くぞ)
〝!〟
深度上昇。黒髪の光沢が増し、数センチほど伸びる。幸との混合がより進んだ証。
近距離で使い物にならなくなった銃身をそのまま鈍器に転用し、ナイフと合わせて猛攻を仕掛けて来る。
が、遅い。
(腕力二百倍)
衝撃を流し切れなかった攻撃が掠り頭部が割れる。
(脚力百八十倍)
成人の三倍程度はありそうな重量を収める脚を下段で払う。姿勢制御が疎かだ、まさかアルファベットシリーズってのは試験運用のプロトタイプなのか?
(膂力三百倍!)
浮いた体に肩から背の半面までを押し当て両足の踏ん張りと同時にタックルを打ち込む。
只の、素人の真似事だ。威力は本家には遠く及ばない。
(…きっと、アンタならあんなポンコツ粉々にしてやれたんだろうけどな)
何もない真白の空間で、直接その技を受けた俺には、それが文字通り身に染みてよく分かる。
「ふー…」
残心紛いの余韻を置いて構えを解く。
足りない技術はそのままに、〝倍加〟で強引に威力へ繋げた。もう内側はミンチのはず。
それでも動くのは一体何の執念か。
(何か、はあるんだろうな。でなきゃこんな悪質なサイボーグに、望んで成り下がろうとなんてするものかよ)
あるいは人を超える為に望んだことなのだとしても。俺にとってはこれは『成り下がった』もので『落ちぶれた』末路だ。
人は、人のままで在るのが一番強いというのに。
「幸、五感の共有を解いて目を瞑っててくれ」
苦し紛れのランチャーを大きく距離を取って回避し、起き上がっていた上半身を再び地に縫い付ける。
「これは、お前には見せたくない」
〝……、…〟
静かに頷いた幸が言った通りにしてくれたのを確認して、俺はサイボーグの真ん中に木刀の切っ先を突き入れた。
装甲を砕いて沈み込んだ先端が生命の音を潰す感触に閉眼する。サイボーグは痙攣しながらもがいていた。
「痛みは残してあるのか。それとも、成し遂げられなかった何かに悔いがあるのか」
どちらにせよ、きっとこの人間は死にきれない想いを抱えたまま死んでいく。
人であることを棄てるのなら、感情まで殺しておくべきったんだ。
でも心は機械にはできないから。機械では心を持てないから。
人は人以外の何かには絶対になれないから。
「成し遂げるべきことは、人間のまま成すべきだったよ」
聞こえているのかいないのか。サイボーグはそうして最期まで両手で何かを探すように虚空を掻いて、やがて動かなくなった。
―――『M』、機能停止。
―――残り三種では止められない。止まらない。
―――他の反撃者も動いている現状、危険度は急上昇している。
―――本来のルールを侵すこととなっても、これを撃滅掃討する必要がある。
―――緊急。
―――日向夕陽、0番エリアへ到達。
「『カンパニー』は相当のクズだと思っていたが、そうか」
天を衝くように聳え立つビルを見上げ、告げる。
「お前らも同類か、異界電力」
打倒『カンパニー』の為に利用するのも手だと考えていたのだが、クズの助力でクズを滅ぼしたところで解決には至らない。
前回のような狭苦しい制限も制約も無い。強制転移で元の世界に叩き帰される心配もないだろう。何もかも都合が良い。
今日、この場で。
「両方潰す……!!」
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