VS ヒロイック&デッドロック (後編)


 弾かれるように夕陽とアルは互いに逆方向へと走りだす。

 アルはデッドロックを、夕陽はヒロイックを狙って。

 この二人とは一度地上で戦っている。あの時は持てる限りの精鋭戦力の総掛かりでも押され、みすみす撤退を許してしまった。

 その最大理由は魔法少女らの連携力によるものであるという結論はとうに出ていた。『束縛』の魔法使いを援護要員として後方に置いた上での『幻影』の魔法使いによる近接戦を成立させる立ち位置こそが厄介であった。無論、その陣を敷いていなかったとてもこの二名の戦闘力は揺るがぬ強固さを誇るが。

 だが今は対マギア・ドラゴン戦での消耗が著しい状態。デッドロックの炎熱もヒロイックの拘束具も残る魔力量では地上ほどの勢いも威力も無い。

 消耗はこちらも同じだが、狙うならば各個撃破がもっとも勝算が高い。そう見ての行動であった。

(さて!)

 吐き出す一息の間に五合の打ち合い。残る体力を振り絞って繰り出した逆袈裟からの返し刀。足元から直接デッドロックを照準して打ち込んだ無名の刀剣三振り。この全てが槍に熔かされ砕かれる。

(特別に馬鹿力ってわけでもねェ、特殊な力で見抜いてるわけでもなさそうだ。くそったれ、純粋ふつう技量テク!!)

 ある意味ではアルの能力にとっての天敵。弱点と呼べる属性もの、特効のある性質ものを一切持たない純然たる武芸一極の槍使い。

 だからこそアルも笑みを堪え切れない。

「は、ハハッ!!いいぜ、小細工抜きの殴り合い、そっちの方が俺好みだ!」

 とりわけ頑丈な剣を生み出し、嵐のような槍の乱舞に躊躇いなく突撃する。


「…っ」

 対し、どうにかして目の前の敵を退けデッドロックの援護に回らんと数多の鎖で攻めるヒロイックに、夕陽の鞘を用いた即席二刀流が挑みかかる。

(させるか…!)

 夕陽への攻撃に見せかけて背後を通り抜けようとした鎖二束を叩き砕く。アルへの邪魔立ては通さない。

「そこっ」

 思考を読まれたか、鎖の破壊に用いた鞘へと多方面からリボンが伸びて絡みつく。強靭に縛着された鞘は押しても引いても解ける気配がない。

(ならいらねえ)

 あっさりと鞘を手放し、神刀を両手持ちでヒロイックへと肉薄した。あちらも判断の速さが想定外だったのか、拘束する魔法の飛来が遅れている。

 身体ごと飛び込むような刺突。多少の妨害はあっても確実に刺し貫けるように全体重を乗せた切っ先は。

 右の脚に蹴落とされ、縦に半回転した腰から練り上げる左の爪先が夕陽の顎を打ち抜いた。

(っっ……誘われた、のか)

 ここまで一度たりとも使ってこなかった近接戦技。鎖を巻いた重量ある二段蹴りによって視界がぐらりと揺らぐ。

 力が抜けた片膝が地に着く。見なくとも今の夕陽には頭上で振り上げられるリボンの鞭の圧力を感じる。

 来る、

「来い」

「っ!?」

 地面を伝い励起された土行が形を成して盛り上がり、夕陽を中心に剣山のように鋭利な岩の槍を突き立てる。

「自分ごと!」

「それくらいしなきゃな」

 頭上で今まさに夕陽の脳天を叩き砕こうとしていた硬質化されたリボンが岩の槍と相殺して千切れる。

 まだ距離は離されていない。あと三歩先。空いた左手で掌印を作り、吐血に溺れながらも声を紡ぐ。

「〝天機、隠形…」

 隠し玉はこちらにもある。ここ一番で最大の虚を突ける鬼の神通力。

「擬似開帳!〟」

 唱えた途端、全ての攻撃が夕陽を透過する。厳密に言えば、夕陽が居た地点から夕陽の存在そのものが消えた。

 八秒間姿も気配も全ての感覚器から感知を遮断する隠形術。急な消失に動揺を隠せないヒロイックの背後を取るのは容易かった。

(取った)

 音も無く少女の白い首へと白刃が落とされる。かの少年らしくもない、慈悲の欠片もない斬首の一撃。

 刃が首の皮を断ち、ヒロイックが意識外からの死を予感する。

 直後に火球が見えていないはずの夕陽の胴へ着弾した。


「へ。てきとーに狙ったが、当たったか。まー…取るなら背中だもんな」

「―――どう、して」


 火焔を放ったデッドロックがしたり顔で小さく笑む。そんな彼女を、ヒロイックは見開いた瞳で見る。

 赤い魔法装束がさらに濃い赤で塗り替えられていく。デッドロックの背から貫き胸から生える剣の柄を、アルが握っていた。

「デッドロック。テメェ」

「わりーな妖魔。興醒めにしちまった」

 ずるりと引き抜かれた剣に引かれるようにしてゆらりと後退ったデッドロックが脱力して崩れ落ちる。

「…り、り……」

 黒煙を上げながら姿を世界に現した夕陽と、赤い少女の血を払って歩み寄るアル。

 勝敗は既に見えた。相棒を失った『束縛』の魔法使いに勝ち目はもうない。


 ああ。

 それで。

 

「りり、りっ…りりりりりりりり―――!!!」


 最後の瞬間まで全力を振るい尽くし、人間と妖魔は油断ならぬネガの守り手の命を砕きに掛かった。

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