迫る『完全者』解明への一手


「あー、きっつ……」

「どうして貴方はいつも自分の身を蔑ろにするのですか。いつか本当に死んでしまいますよ?」

「ほんとだよ!ユーヒそんなに無茶できるほど強くないんだからやめてね?」

「すぐ治すからじっとしててー!もう!ティカがいなかったらユーたいへんだったよ」

「……っ、!」


 ロドルフォを下した後、傷だらけで地面に座り込んでいる夕陽へ向けて周囲から女性陣が一斉に責め立てる。

「あれが最善手だったし結局誰も死ななかったんだからいいだろ。それよりティカ、悪かったな。危険な目に遭わせた」

「~~~っ、んーもーそうじゃなくって~!」

 誰よりも危険な役を担っておいて、まるで知らん顔で妖精の安否を気遣う少年に皆が呆れる。幸ですら深く息を吐いて困り顔をしていた。

「…まあ、ともあれ『完全者』とやらの捕縛は叶いました。それと……」

 すぐさま切り替えたヴェリテが片手に掴んでいるのは銃を取り上げたダークエルフの男。強靭な蔦で雁字搦めに縛られ指の一本すら動かせない有様だ。そもそもヴェリテの一撃を受けて手足の骨は折れ意識も刈り取られていたが。

 そんなヴェリテが向ける視線の先。未だざわついた様子から変わらないエルフの一団がこちらを奇異の目で見ていた。

「彼らにも、事情を聴かねばならないでしょうね。何せこの男、彼らの同胞でしょうから」

 ダークエルフとはいえその出自はエルフと同じはず。そのダークエルフが人の域を超えた力を持つようになったとあらば、その詳細を知る手がかりは彼らの側にこそあるだろう。

 そしてエルフは耳がいい。この距離からでもこの話は聞こえている。

「そういうことです。貴方達にこの男に関してを訊きたい。…貴方達を守り、助けたのは他ならぬこの人間です。そして彼が瀕死の怪我を負うに至った原因は貴方達の同胞にある。まさか無関係だと白を切るつもりはありませんね?」

 立ち上がった夕陽を手で示し、次いで手元に転がっているロドルフォを指す。淡々と告げるヴェリテの表情には妙な気迫があった。自身を傷つけられたことに対する怒りを抱いていることはもちろん夕陽はわかっていない。

 そんな並々ならぬ雷竜の怒気を感じたか、エルフの一団はさらにざわつきを広げてから、ようやくリーダーらしき青年が前に出てきた。

「……わかった。確かに我らはそちらに対し非礼を詫びる必要性と、事情を話す責任がある。ついてはこの場ではなく、我らの聖域にて子細を語りたいのだが、どうか?」

 聞けばここで起きた出来事を含めエルフの長老に話を通してからでなければということだった。

 面倒ではあるが魔獣や野生動物があちこちにいるこの森林内で済ませるよりは腰を据えて話を聞けそうだということで意見は一致し、夕陽達はエルフの聖域へ向かうことになった。

「んじゃあ行くか……ヴェリテ?」

「…いえ」

 ロマンティカの鱗粉で傷を治した夕陽が体をさすりながら幸を抱えて歩き出すが、ヴェリテとエヴレナは付いてきていない。

「夕陽。申し訳ありませんがこの男の身柄をお願いしてもよろしいですか?」

「別にいいが…どうしたんだ?」

「少し野暮用が。すぐに追いつきますので、先に」

 事の詳細を話さないヴェリテに夕陽は何も訊き返さず、ただ頷いて受け渡されたロドルフォを肩に担ぐ。

「あんま無茶すんなよ。戻ってくるの遅かったら心配するからな」

「無茶とか心配とかを貴方が言うのは釈然としませんが…わかりました。なるべく急いで片付けますよ」

「大丈夫だよ、ユーヒ!先行ってて!」

 満面の笑顔で敬礼の真似事をしてみせるエヴレナにもさしたる緊張感は見られない。ヴェリテという強大な戦力が傍らにいるという部分も大きいのだろうが。

 

 夕陽は知っていた。ヴェリテが何も言わずに独断行動を取りたがる時は決まって同じ案件が関わっていることを。

 真銀の使命。その代行。竜が竜を打ち倒すその身内争いに、夕陽達を巻き込みたくないという想いを彼は汲んだ。

 深い緑で歩きづらい中を、片腕で幸を抱いてもう片腕で狙撃手を担いで、夕陽は一足先にエルフ達と共に聖域へ向かう。




「さて。来ますよエヴレナ」

「よっし!どっからでも来ぉーい!」

 言うが早いか、森の奥からは無数の蔓や蔦がまるで触手のように自在な動きで襲い掛かって来た。

(様子見、ですか)

 共に爪や戦槌で迎撃する。この程度の攻撃で高位の竜二体を倒せるとは流石に思っていないだろう。全て薙ぎ払い、ヴェリテが追撃に備える。

 と、

「うわわ、なにこれどーいうことー!?」

「……な」

 蔦に全身を絡め取られたエヴレナが、何やら大声で叫びながら蔦や蔓が伸びてきた森の奥へと攫われていく。

「なにをしてるのですか貴女は!」

 確かに攻撃の密度は何故かエヴレナの方に濃く向いていた。幼き竜では攻撃への対処はできても捕縛への対応は難しかったか。

 追いかけようとしたヴェリテの眼前の地面が隆起し、突如として巨大な樹木がいくつも壁のように真横一列に伸び上がる。

(っ…分断。厭らしい真似を)

「あらあら。わたしの子供たちをいじめる悪い子って、あなただったの?ヴェリテ」

 すぐさまブレスで突破口を開こうとしたヴェリテの背後から、穏やかな声が届く。

 振り返り、即座に気付く。

「……フィオーレ」

 その姿、かつてこの故郷を離れ異なる世界で知り合った森竜によく酷似している。だがこれが植物を用いて生み出した分身体であることは明白。これを倒しても意味はない。

 それにそもそも、この竜からは(分身体とはいえども)まるで敵意を感じなかった。

 植物の分身体は、器用に口に当たる部分を笑みの形に引いて、声ばかりは本物とまったく同じに喋った。

「ふふ。ごめんなさいね。少しだけ、ふたりっきりでお話させてほしいの。竜種の抑止力、当代の真銀竜ちゃんと」




     ーーーーー


 所変わってここはエリア7の一角、マッドシティ。

「…悪ぃ、よくわからねェんだが」

 風刃竜に乗って迅速に目的のエリアへ到着した妖魔アルは、目の前で展開されている状況に疑問符を浮かべたまま頭を掻いた。


 そこではいくつもの建築物を破壊・炎上させたと思しき激しい戦闘の跡と。

「はぁ、はあっ……ぜぇ、はあ…っ」

「お姉ちゃん…」

 息荒く流血する修道女と、彼女が背に庇う紺髪に光粒を絡ませる少女。

 そして、


『…………』

「オイ、テメェに訊いてんだよ式神の竜ひなたひより


 無言で彼女らに殺意の牙を剥く東洋型の竜に対し横合いからアルの言葉が荒々しく叩きつけられる。


「返答次第じゃ面白くねェことになりそうだ。なァ、こりゃどういう状況だ?」






     『メモ(Information)』


 ・『日向夕陽』及び『座敷童子・幸』、『妖精ロマンティカ』、気絶した『ロドルフォ』を抱えエルフの一団と共に『シュヴァルトヴァルト エリア3-1 : エルフの聖域』へ前進。


 ・『真銀竜エヴレナ』、『シュヴァルトヴァルト エリア3-2 : 濃緑地獄』の最奥部へ拉致。


 ・『雷竜ヴェリテ』、『緑花竜フィオーレ』の分身体と接触。


 ・『妖魔アル』、『幻獣白埜』、『風刃竜シュライティア』、『不滅のメガロポリス エリア7-1 : マッドシティ』に現着。


 ・『陸式識勢ろくしきしせい和御魂にぎみたま竜殻天将りょうかくてんしょう《ヨ号》』、『シスター・エレミア』と交戦中(?)。

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