並び立つは世界の最古参


 おそらくこの世界で最初にその脅威に勘付いたのは彼女だろう。

 『廃都時空戦役』を越え、エリア内での戦後処理がようやく終わり際を見た頃、魔女は肉眼ですら朧に確認できる巨大な人型を目視した。

 戦友たる少年が渡して行った水晶型の小型通信端末よりこれまで多くの情報は耳に入れていた。だから、魔女はそれが女神の侵攻による危機の象徴であることにすぐ思い至った。

 そうして、その巨人の行く先がセントラルであることを知り着の身着のままでひとつ隣のエリアまで急遽移動して交戦を開始したのが今現在までの成り行きである。

(とはいえ、これは馬鹿息子オルロージュ以上に手を焼く相手だねえ)

 遠近あらゆる方面から攻め立てる天使達。巨人自体も極太の光線や巨岩の砲撃などを飛ばしてくるので油断ならない。

 十八番である鏡面魔術はもとより、使える術式は片っ端から展開し続けている。その甲斐あってここまでカルマータは無傷のまま敵の数のみを減らし続けている。

 だが底が見えない。どれだけ倒しても巨人内部にはまだ無尽蔵に近い魔力反応が感知できる。数百万の天使を撃滅するのは途方もない時間と手間が必要だ。

 カルマータは不死身の存在だが、本人も自覚している通り無敵ではない。ジリ貧に近づくほど魔女の中にある焦燥は膨らんでいく。

(せめて片足だけでも砕ければ…いやそれはそれでこのエリアが潰れるかい)

 あれだけの超重量。もし仮に体勢を崩せば地盤ごと山岳地帯が陥没してもおかしくない。

 出し惜しみしている場合ではない。カルマータは早々に札を切る決断を下す。

 指を立て口を開き掛けた時、上空から斜めに落ちる衝撃波が多数の天使を呑み込みながら巨人の脚部に炸裂した。

「―――、ああ、まだ生きてたんだね」

 突然の一撃の動揺らしきものが伝播する天使群を前に足を止めたカルマータが空を仰ぐ。

 そこには翠の鱗を煌めかせる翼竜の姿があった。

 翼竜は眼下に立つ小さな人影を見つけると、少女のような声色で喜色を浮かべた。

『あらっ。もしかしてカルちゃん?久しぶりねぇ』

「数百年ぶりかい、アプサラス。その呼び方はもうこそばゆいからやめてほしいがね」

 声の若さに反して老婆のような口振りで話すこの竜こそは数ある種の中でも祖竜に次いで古くを生きる老齢長寿の守護風竜。ミナレットスカイに己がテリトリーを敷いている竜種アプサラスだった。

「まあ、ここでこれだけ騒ぎが起きていればいずれ来るとは思っていたけれど、意外と早かったこと」

 同じく古くを生きるカルマータはこの世界の長命種とは大抵顔見知りである。故にアプサラスのことについてもよく知っている。この飽き性が唯一その悪癖を出さず現れるのが此処だ。

翼人カナーンの子たちや山を縄張りにしてる獣種とかを遠くに避難させてたら遅くなっちゃってね。誰かが頑張ってくれてるのは知ってたけど、まさかカルちゃんだったなんて』

 ころころと若々しい笑い方で全身を揺らすアプサラスが、翼の一振りで近づく天使を根こそぎ一掃する。

 突風に仰け反る天使達を、カルマータが放つ火球や雷が撃ち抜いて落としていく。即興にしてはよく噛み合った連携だった。

「私は私の罪をようやく自力で背負えるようになったからね。今は世界の危機に対し盟約のもとに動くただの魔女さ」

『…オルくん、やっと眠れたのかい』

 かの時空竜は人と竜の合同合作で生み上げられた人工竜種だ。その過程で、アプサラスも数度生まれたてのオルロージュと会い竜としての在り方を教授したことがあった。

『カルちゃんだけが背負うものではないよ。もう生きてる子も少ないだろうけど、おばあちゃんだってその業は無関係じゃない』

「あんただって不死じゃないだろう、いずれは死に逝く生命体だ。…だからこれでいいんだよ、悠久の中で無限の慙悔を繰り返すのが、今の私が生きる意味だ」

 地上と空中から、話す合間も猛烈な攻撃は続く。実質倍以上になった攻撃の弾幕は瞬く間に天使を撃墜していった。

 この世界を大昔から見てきた二人が、星の命運を決める戦いに参じるのはある種必然であったのかもしれない。

 それにもうひとつ、風竜には戦う理由があった。

 それをカルマータは知っていて、不敵な笑みを向ける。

「あんたこそ、それっぽい理由を付けなくったっていいだろうに。温和なあんたが対話も警告も無しに一撃を見舞ったってんだから、相当腹に据えかねてんじゃないのかい?」

『……。ふふ』

 図星を突かれてか、あるいは別の要因でか。

 アプサラスは静かに笑い、続ける。

『ここのお花畑はね、おばあちゃんがずっとずぅっと前からお手入れして綺麗に大事に育ててきたの』

 花弁は舞う。

 天使の刃が、巨人の砲撃が、地上で儚く咲いていた花々を散らし命の残り香を漂わせるように花びらを空高く飛ばしていく。

 ともすれば幻想的にも見える光景に、神話のような翼の軍勢と天を衝く巨神兵が迫る。

 笑みを絶やさぬまま、アプサラスは極大のブレスを練り上げる。


、だねぇ』

「おうとも。手を貸そう」


 世界の危機を前に、世界の最古参がその力を遺憾なく振るい撒く。





     『メモ(information)』


 ・エリア8にて『鏡の魔女カルマータ』、『神造巨人ヴァリス』と交戦中。


 ・『守護風竜アプサラス』、エリア8に現着。戦闘開始。


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