依頼その匙 『滅びた世界の残り灰(急)』
都市伝説『時空のおっさん』には、自身の特性を利用して同じ場所の違う世界を展開する『隔絶結界』なる能力があった。
それは囲った範囲の過去・未来、あるいは異なる選択を歩んだ別の世界。
今回彼が展開したのは、『「カンパニー」に蹂躙されなかった星の未来』。
異世界からの介入も無く、アッシュワールドと呼ばれた灰の星が元々の緑豊かな土地として栄えた、在り得たかもしれない世界の先。
だから彼が指を打ち鳴らした瞬間に一帯から荒廃した死の土地は消え、代わりに深緑に満ちた豊穣の大地が現れた。
つまり今この局面に限り、酸素が存在する。
夕陽が酸素マスクを剥がした理由がこれだった。
「ふうー…」
ゆっくりと息を吐く。襲い来る灰の怪物達にも動揺させることないその様子に、逆に内で力を貸し与える二人の少女の方が焦りを覚えた。
だが問題無い。
「せ、ぇ、のぉ!」
気合い一閃。羽毛のように軽く感じる神刀を片手で振り、あまりにも動きの遅い灰を片端から消し飛ばす。
何せ〝倍加〟による身体強化はこの段階で八百倍。本来であれば肉体が耐えられない領域でも、出鱈目なほどの霊力が強引なカバーとフォローを施していた。
あの娘。ラストアッシュの苗床とされている少女の魂魄が、強大な悪霊から力を引き千切っていた。
これまでの闘いでの無茶もそうだ。
ルーチェ・メリナ、ガーデン・ライラック。どちらも本来の日向夕陽のスペックを大きく超える無理を通した。それを突き通し得たものこそが地縛霊の少女による恩恵。
予想でしかないが、もし正しければ。
この少女はたった一人で、肉体を失って。それでも持ち前の強靭な精神で悪霊に抗って。
独りでこの怪物の蛮行を抑え続けていたのではないか?摩耗して、疲弊して、消耗して、その果てに自らの記憶すらすり減らしてまで。
だと、するならば。
(報われなきゃ、嘘だよな)
ここからは引き継ぐ。その願いを果たす。
「まだだ、上げてくぞ二人共」
〝っ!〟
〝りょー、かい!〟
剣を折り、爪を砕く。最早銃弾すらもが見て躱せる。空の竜よりも直近の危険度の高さを優先したか、真上を向いていた重火器のいくつかが夕陽を標的に定め直す。
掠るだけでも人肉を抉り飛ばす凶悪な砲弾が船ごと大破させ地を粉砕する。直上へ巻き上がった噴煙を抜けて夕陽はラストアッシュ本体へ脇目も振らず一直線。
「…ヴェリテ」
再び装填された銃砲弾が放たれんとした時、荒ぶる猛威が雷の嵐となって灰の防壁を貫いた。船団の一割弱が爆発と共に周囲を巻き込んで沈む。
『お任せを。貴方の邪魔はさせません』
敵意を一身に集めんと吠える雷竜に再度アッシュの半数は牙を剥く。
そもそもの話、相性は最悪。悪霊は刀の神気に当てられ、それだけで霧散していく。
一撃。灰の分厚い障壁を両断する。
一撃。より一層固めた守りを発見し、これを撃砕。
一撃。その先に。
ついに見えた。朽ちかけたセーラー服を纏う、瞳を閉じた少女の姿。
死なないように生かされた、半死半生の肉体。頬はこけて死相が浮かんでいるが、その顔立ちは間違いなくポジティブ思考全力全開の地縛霊少女と同じもの。
〝あれが、わたしの…〟
茫然とした声色。死にかけた自分の姿を見ることなど、中々あるものではない。その心中は察するに余りある。
「ッ…」
またしても痛恨の見当違いに歯軋りをしてしまう。
あの少女の正体が生霊であるならば、戻せると思っていた。事実、夕陽には〝引離〟の異能によって自在に幽体離脱を行う能力者の知り合いがいる。それと同じように、生きている身体へ魂を戻せれば蘇生も可能と踏んでいた。
だが駄目だ。あれほど衰弱している身体では魂を受け止め切れない。戻した瞬間に待ち構えていたかのような死に攫われるだけだ。
しかしそれでも、放置は出来ない。
膝を抱えた状態で固定された少女を、繭のように球状の牢獄で捕らえた灰を斬り開き片手で矮躯を抱えて飛び退く。
体温なんてあるんだかないんだか。それほどまでに弱っている。衰弱どころか、これはもう瀕死。
身体自体も酷いものだが、それ以上に悍ましきはその内。
本来の魂魄が離れた影響か、その空いた孔に数えきれないほどの悪霊が殺到しているのが解る。
物理的な傷病なんて可愛いものだった。今や少女の内的部分は喰い千切られ擦り切れ壊され崩され、原型も残らず蹂躙されていた。
夕陽の瞳が揺れる。
―――これは、もう。
ゾワリと。
両手で抱いた少女の肉体が動く。何か耐え難いものが胎動している。目、耳、鼻、口。あらゆる箇所から仄暗い邪気と灰が現出する。
小さな娘を手放すという選択は初めから無く。極めて近い目と鼻の距離で残る全ての灰に取り憑かれる。
第①コロニーでやったのと同じだ。新たな宿主を求めて乗っ取ろうとしている。
ただし今度はあれの比ではない。
数千、数万、数百万。
膨大な数の悪意、憎悪、敵意、憤怒、殺意。
その総てに責められ、詰られ、糾弾され。繋がった精神から数百万の地獄をフラッシュバックする。
「……ぁ、ああ」
ああまったく。夕陽は黒く染まる思考の片隅でやれやれと嘆息した。
腹は括っていた。こうなるのではないかと。
そうして備えておかなかったら、きっと小僧一人の意識なぞ秒も掛からず押し潰されていただろうから。
「ぐあ、あああ…………アアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!??」
根競べだ。
『カンパニー』の暴虐に摘み取られた命が受けた痛みと真っ向から対峙し、これを跳ね除ける。
そうしなければ少女の身体は本当の意味で取り戻せない。
約束した。したんだ。
だから全うする。
現実の時間にして、瞬き三度。
日向夕陽は焦熱の地獄を数百万度巡る。
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