VS主人公ユウタ(後篇)


『思えば出会いは最悪だった。あんな女、絶対に仲良くなれるもんかって、あの時は確信していた』


『でも、なんだかんだで行く先行く先でいつも一緒になって、その内にコイツの良い所も沢山見えてきて』


『結構可愛いとこもあんじゃん、って。そんなこと馬鹿正直に言うと絶対怒るだろうから言わなかったけどさ』


 ―――…………れ、


『お互いに分かってたんだ、ただ口にするのが怖かっただけで。俺達はずっと想い合っていたんだ。だから』


 ―――ま…れ。


『俺がちゃんと言うまで死ぬなよ。頼むから、俺に言わせてくれよ。お前のことが、俺は』


「もう黙れよ」


 〝干渉〟によって幻術紛いの映像を掻き消し、金縛りめいた拘束から逃れる。

 いつまでこんな茶番に付き合わせる気だ。こっちはもう、本当に時間が残されていないっていうのに。

(縛り殺せ)

 樹木がメキメキと軋みながら地より解き放たれ、木天の加護がユウタを襲う。

「ノイルッ!!」

 懐から取り出した黒い拳銃から轟音が立て続けに鳴り渡る。明らかに拳銃の威力を超えた弾丸が迫る樹木に風穴を空け、それだけに留まらず俺の心臓目掛けて突き進む。

(クソ速ェ!!)

 神刀によりかろうじてこれを迎撃。四百倍の動体視力でもまだ足りない。次来れば当たる。

 もっと、もっと!

(六百倍…!)

 ブチという音を聞いた。両眼から液体が流れ出る。涙でないなら血しかない。

 人間の限界を超えかけている。〝憑依〟の強化で固めても、上限を持たない〝倍加〟の上昇に肉体は追い付かない。

 知るか。

 身体は疾風。生み出す木々を足場に跳び回り銃弾を回避する。

 躱したはずだ。なのに肩と脇腹の肉が削がれている。黒い拳銃はいくら撃ってもリロードの気配を見せない。

 追尾性能、弾数無限。

 必ず当たるなら断ち切る。

 でなければ、もう無視しろ。

「―――」

 頬肉が抉れ、こめかみの血管が吹き飛ぶ。

 必中の弾丸は当たってしまえば性能を失う。直撃をくれてやる必要はなく、肉片程度なら進撃に支障はなかった。

 進み進み、その間にも鋭利な木片は弾幕となってユウタの動きを牽制していた。

「クッ、この!」

「はぁあ!」

 ついに刀の間合いまで距離を詰め、赤く染まる視界の先に敵を捉える。

 剣と刀を交え、ユウタは片手持ちの剣を弾き上げられる。〝倍加〟込みの両手持ち、チート所有者とはいえ純粋に押し勝つ。

 ―――ゥンッッ!!

「……ッ」

 急に刀が重くなる。握っていた右腕の感覚が消え、眼前に散らばった五指と二の腕の残骸。

 適当に撃った拳銃の弾丸がありえない軌道で絶対必中の性能を発揮した。三発を肩に直撃し右の腕は胴体から離れる。

「まァだまだああああ!!」

「なんっ!?」

 握ったがユウタの顔面を突き抜ける。葉を散らし枝を折り、木行の力が千切れた断面から芽を出し根を張り腕の代わりを果たす。

 急速な成長速度、地から得られなかった養分の代わりは生命力。

 ここが幾度目かになる分水嶺。退いてたまるか。

「金剛極式金天之符!!」

 肩から首筋を這い全身へ伸びる木の根を引き千切りながら四枚目発動。

 相剋により金は木を損なう。木精の活動が著しく抑えられた。

 意識が薄らぐ。内側の幸に揺さぶられながらようやく維持する思考の中で、今尚荒れ狂う樹木の暴威をさらに貫いて幾千もの刃が穿ち起つ。

 神刀に加え、地面から突き出た柄も鍔もないただの刃を樹の腕で引き抜き叩きつける。

 割れた。次を掴む。

 折れた。次を掴む。

 砕けた。次を掴む。

 あまりにも不細工な二刀流。だがユウタには思いの外通用していた。

「ぅうっ!こんな、僕が。こんなヤツにぃ!」

 再び弾を吐き出す黒い銃口。いい加減邪魔臭いな。

 足先から伝う金属が肌を覆い即席の鎧となって着弾箇所を防護した。実際には強力過ぎる弾丸を防ぎ切ること叶わなかったが、風穴だけは回避できたのだから上等だ。

 木精の限界到達。右腕を保っていた樹は土気色に枯れ、持っていた剥き出しの刃ごと落ちる。

 隻腕。攻撃密度半減。

(…ま、だ!)

 左腕の神刀で拳銃を持つ手首を貫いた。

「ぎゃあああ!」

 情けない悲鳴を上げる。普段からチートに守られている人間には我慢ならない痛みだったらしい。

 そのまま刀を返し地面に突き立てると、貫いた手首に引っ張られる形でユウタが這いつくばる。

「ぎいぃやああぁぁああっ」

「壌土、……極式」

 刀を押さえたまま噛んだ符を離す。振るわれる剣はもう遅い。

「土天之符」

 唸り、裂け、大地が口を開く。

 樹木の塊と金属の刃が一緒くたになって土砂と共に雪崩れ込んだ。

「うわ、うわぁあ!?」

 刀を抜いて蹴り落とす。死に体の有り様でも心中はごめんだ。

 奈落の底、深々と開いた地底へと落下するユウタへのトドメ。


「ユウターっ!!」


 その間際だった。チート野郎の茶番に付き合わされて死んだはずの金髪女性が、自ら身を投げ傷だらけのユウタを抱き留めた。

「……!」

 力の行使は止められない。

 開いたものを元通りに閉じようとする土精の働きによって、地割れは残る属性を呑み込んだ上で勢いよく閉ざされた。


『ベルの破壊を確認、勝者日向夕陽』


 敵の存命に関してアナウンスは何も言わなかった。だがチートと補正を併せ持つあの男のことだ。かつての『ベイエリア』社長と同じく行き長らえているのだろう。

「っクソが、何が…主人公だ」

 立つだけの余力も無く両膝を着いた俺は、誰にでもなく吐き捨てる。

 あんなものが主人公であるものか。あってたまるものか。

 ……だけど、とも思う。

 最後の最後、我が身を顧みず飛び出した女。

 たとえユウタという存在を引き立たせる為だけの駒だったとしても。

 あの女の世界にとっては、それで良かったのかもしれない。

 それで全てのものが、少なくとも奴らの世界が満足しているのなら。


 俺が認めなかった主人公は、どこかでその役割を全うしていたんだ。


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