危機決戦・星を踏み貫く神造巨人 1
創造の天使ナタニエルの消滅から、巨人ヴァリスの前進行動は完全に停止した。
だが敵対生物への迎撃行為は自律的に行われている。絶え間なく吐き出され続ける
既に二度の衛星砲でかなりの損耗は与えているが、やはり当初の話通り破壊には至らない。それどころか自己修復機能が働き、時間を掛ければ掛けるほどヴァリス打倒は遠のく。最悪修復速度が追いつけば三射目で倒すことすら不可能になるかもしれない。
暗雲より降る死の光、飛来する無数の武器、後方より撒き散らされていた業火球。
これらの脅威がまとめて無くなっただけでも負担は随分減った。だが同時にここまででこちらの戦力もだいぶ削られている。
エヴレナの加護もリスクとデメリットは大きい。飛竜隊の数は開戦当初からもう二割程度にまで減殺されていた。
「負傷した兵と竜は下がりな!天使共はこっちで引き受ける!」
飛行型の救世獣に乗ったカルマータが的確に指示を出し戦闘困難となった兵力と救世獣を入れ替えながら後方に〝女神の鏡〟を展開する。傷の回復までは手が回らないが、あの鏡から放たれる光を浴びていれば体力は少しずつ戻っていく。
後方支援隊であるエルフの部隊にも回復魔術を行える者は多いが、それでも部隊全体の損耗を押さえ切ることは不可能だし、そもそも死んだ命は戻せない。
その死すらも否定する反魂の神秘を扱える妖精レディ・ロマンティカとて出来て一人か二人が精々だ。そんなロマンティカは今、再度ヴェリテに騎乗して巨人へと急行する夕陽の折れた腕を治していた。
「ユーどうするの!アレもうぜんぜん近づけそうにないけど!」
「なんとかするしかねぇだろ…!」
二度のダモクレス直撃を経て、司令塔を失った巨人ヴァリスも学習したのか、天使の攻勢と砲撃によって頭部に照準ビーコンを寄せ付けない。
夕陽の思考は黒く濁っていた。目の前のことに集中しなくてはいけないのに、それが出来ない。
彼の脳裏を大半占めているのは、恩師にして敬愛すべき家族。日向日和のこと。
ロマンティカの鱗粉では、彼女の失われた右腕は戻らなかった。
四肢欠損とて癒すはずの実績がある鱗粉が効かなかったのは、『崩壊』の
「事実そのものを消された。今の私は、元々右腕が無い状態で産まれた形成不全の身体障害者というわけだ」
先の戦闘で右腕を失った退魔師ではなく、『崩壊』はその領域にて五体満足の日向日和を五体不満足の肉体として正史に刻み直したのだ。
事象、万象を崩し壊す最低最悪の魔法。
どれだけ優れた医療でも回復術でも、元から不全だった機能までは取り戻せない。人間の手足を五本六本と増やすのは回復ではなく改造あるいは新生。そもそもの
日和の無くなった腕は、いや初めから無かったことにされた右腕はもう二度と元には戻らない。
情けなくて仕方なかった。
頼りに頼った挙句に、このような結果を招いた。どこかで慢心していたのだ。自分ではない他者のことを、まるで己がことのように安心し切って信頼していた。
絶対に勝てると。またいつものように勝利の余韻も感慨も湧かないような無表情で事を片付けるのだろうと。
この世界に渡ってきてからの日和は弱り続けていた。来る竜王戦への備えとして身を削り異世界の情勢を見守り、必要な場面で助力しつつ自分自身でも戦って。
真名すら使えなくなっている日和が、あれだけの脅威を前に無傷でいられるはずがなかったというのに。
現在、日和は巨人の影響外で鏡の能力で体力を戻している最中だ。絶対にもうこの戦闘には参加しないよう強く懇願してきたが、きっと彼女はまたすぐ舞い戻るだろう。日向夕陽が戦う限り、あの退魔師は進むことをやめない。
だから。
「もうあの人には戦わせない。俺達で全て片付ける」
誰にでもなく口にした言葉は、大天使戦に参加した全員の耳に届いていた。ひとつの返事もなく、されど賛意は見なくとも伝わって来た。
『…とはいえ!最後の一射を浴びせる為にはあの巨人の動きを最低でも一分は止めなくてはなりません。方法を考えなくては!』
「あれあんなナリでも一応無機物なんだろ?ガキが遊ぶロボットのオモチャみてェに電源とかコンセントとかねェのか」
「そんなんあるわけー!!」
ヴェリテの思案にアルが適当な返答を投げてロマンティカが目をぐるぐるさせながら叫ぶ。
夕陽だけはアルのぞんざいな言動に回転させ続けていた思考を一旦止めた。
「……確かに、あれは生物じゃなくて兵器だ。大天使が創った兵器。ならどうやって動いていた?」
ナタニエルが遠隔から操作していたのならば大天使を倒した今、完全停止するはず。あらかじめ入力された
あれだけの巨躯を稼働させるエネルギーの巡りは?人型をしているのなら人と同様、血管のようなパイプが張り巡らされているだろう。ならば心臓は?
核となるものがあるのなら、心臓があるのなら。
人型を動かす為の操縦席。脳もあるのではないか?
それを見つけ、破壊することが出来たのなら。
「大道寺!!!」
同じくヴェリテの背の後ろ側に乗っていた大道寺真由美を振り返る。他の者達は巨人を取り巻く下級天使達との交戦を開始していた。
叫ぶ夕陽の意図を数秒前に察知し、真由美は既にその手に握るフィールドスコープで巨人を覗いていた。
「…っある!」
「あァ?」
「違いますすみませんアルさんじゃなくて!あの、ありました!!」
血に塗れた鋭い双眸で睨まれた真由美が即時訂正し、明かされた巨人内部の構造を口にする。
「巨人内部の構造解析、胸部に操縦室を確認しました!そこへ至るまでの最短経路、今割り出してます!」
「
『「「えっ」」』
〝っ…!!?〟
あまりの手際よさに思わず舞い上がってしまった夕陽の言葉にヴェリテとロマンティカと真由美が声を上げ、夕陽の内で彼を支え続けている幸はいきなりの展開に思考を放棄していた。
「やり口は見えた、中に飛び込んで操縦室ごとブチ壊す。アル!お前の得意分野だろ好きに暴れろ!」
「ハッ!んだよやっと俺のことわかってきたじゃねェか」
「ヴェリテ!内側の回路全部焼き切るつもりで頼む!ロボットは大体電気が弱点だ!」
『それは構いませんが先程の発言について少しお話が!』
「そんな時間あるわけねーだろ行くぞ!!」
雷竜とその背に乗る一同がてんやわんやと騒ぎながらも巨人の攻撃範囲内へと突入する。
「―――んん」
そんな中、エンドフェイズ戦から退避し回収されて一行と共に雷竜に乗り込んでいた中年の男。セルゲイ・クロキンスキーは立派な髭を指で擦りながら、静かに巨人の全容を上から下まで眺め回す。
その瞳は、歴戦の登山家としての鋭さを帯びていた。
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