6 変動ダンジョンの真実
6-1 とりあえず経企室長をケムに巻く
「久し振りね、平くん。オフィスは」
「そうっすね、吉野さん」
俺達は、珍しく朝から本社に顔を出していた。ボロ雑居ビルにある俺達の出島じゃなく、本社ビル。経営企画室の月例会議に、澄まし顔で参加してるってことさ。
「待たせたな諸君」
会議室のガラス扉を開けて、室長が入ってきた。
「前の案件が押しててな。……ではさっそく、各人の報告から聞こうか」
「はい室長。リビアのサハラ砂漠太陽光発電権益の件ですが、ウチのオルタナティブ資源開発事業部と現地のキーマンを繋ぎました」
「暫定政府ができて二年か……」
ぺらぺらと、室長は資料をめくった。
「思ったより早く安定したな、リビアは」
「それを見越して、暫定政府ができてすぐ動きましたからね。室長の慧眼のおかげですよ」
「なに、あそこは旧宗主国のイタリアとトルコを押さえておけばなんとかなるからな。そっちの筋から探りを入れれば。今後はオルタに任せて手を引け。君には次の案件を担当してもらう」
「了解しました」
女性の担当者は、大きく息を吐いた。なんだかんだ言って治安とか政治のヤバい国だ。肩の荷が下りてほっとしたんだろう。
「では次。吉野くんに聞こうか。君と平くんの案件は、ここのところ音沙汰がなかったからな」
「順調ってことすよ、室長」
時間稼ぎの意味もあり、とりあえず口を挟んでおいた。視線だけで俺に頷くと、吉野さんが口火を切る。
「ではご報告します。踏破距離の推移からもおわかりのとおり、三木本Iリサーチ社の業務に協力する形で、異世界案件は順調に進んでおります。私どもが関係する真の目的である魔法的エネルギーの調査についてはまだ未発見ながら、各所で超常的なエネルギーを観測しており……」
資料を示す形で説明を続け、ここでペットボトルのお茶を飲んだ。
「失礼。その案件については開発部のマリリン・ガヌー・ヨシダ博士と緊密に連携を取って、事に当たっております」
「あの人か……」
苦笑いしたのは、元学者のフェローだ。大学のトップ研究者だったおっさんだが、三顧の礼で三木本にヘッドハントされてきたというな。
「彼女と話すと混乱するばかりでな。……天才の考えはわからん」
「あの人は俺や吉野さんと同じ、野犬ですよ。放し飼いがいちばんいいんです。我が社のために」
「野犬なのは君だけだろう、平くん」
呆れたように、室長が片方の眉を上げてみせた。
「吉野くんは普通に有能だ。ヨシダ博士は……その……人智を超えた存在だが」
普通にディスってて草。
「俺がアホなのは認めます。マリリン博士とはうまくやってますよ。昨日も彼女は異世界に出張してまで助けてくれたし」
「子供を異世界に連れ込んだのか……」
会議室に詰めた十人ほどのメンバーに、動揺が広がった。
「いえ本人が行きたがったので」
実際そうだもんな。
昨日、無事ダンジョン第二階層攻略を終えた俺達は、現実世界へと帰着した。礼を言って、マリリン博士とも別れた。命の危険のあるモンスター戦をこなしたというのに、マリリン博士は楽しげだったよ。なんせ俺の嫁の皮膚サンプルだのを大量に持ち帰ったからさ。また呼んでとか言われたわ。
んでも天才すぎて忘れてるけど博士、あれでも十代だからな。普通にアイドルや彼氏の話で盛り上がる年代なのに、盛り上がるのは異世界の謎という。マジ変な人だわ。俺も色々謎サンプル抜きまくられたし……って過去形にしていいのかな。前立腺液はまだ一度しか取られてないから、またぞろ肛門に指突っ込まれそうだ……。
とにかく、それなりに軽い怪我人も出たし、今日は全員、完全休養にしたわけよ。俺と吉野さんはちょうど会議もあったしな。モンスター相手に命懸けの斬った張ったじゃなく、座ってうんうん頷いてりゃいいんだから、会議なんて子供のお遊戯よ。
「マリリン・ガヌー・ヨシダ博士とは、緊密に連絡を取り合っています」
とりなすように、吉野さんが続けた。
「なにしろ博士は異世界開拓のパイオニアですし、それに平くんの前立腺も開拓して……」
その場の全員、「は?」という顔になった。吉野さん、素直すぎるわ……。
「お、俺の『前進』を助けてくれるんです。博士が」
咄嗟にフォローした。
「そうそう。こうやって指を使って」
人差し指をくにくに曲げてみせた。
「私も覚えたんですよ」
「はあ……」
室長は首を捻っている。
「よくわからんが、順調ということだね」
「そうです」
俺が引き取った。
「今、現地の魔道士とのコネクションを固めるために、地下の洞窟を調査しています」
「ダンジョンということです。モンスターも出ますよ。二メートルくらいあるムカデの大群とか」
「それはそれは……」
困ったように、誰かが首を傾げた。
「どうにもファンタジーだな。現実とは思えん」
「やはり異世界案件は特殊ですね」
「平のような大馬鹿でないとな、担当は」
「うむ」
全員、うんうん頷いてやがる。余計なお世話だっての。
「だが労災が起きてはまずい」
室長に睨まれた。
「吉野くん、安全第一で頼むぞ。大怪我でもされたら社内外で問題視される。君たちには敵が多いんだからな」
「わかっています、室長」
「馬鹿をうまく手なづけて、手綱をしっかり握るんだ。暴走しないように」
誰かがぷっと噴き出した。吉野さんは、困ったように横目で俺を見ている。俺が頷くと、口を開いた。
「もちろんです。平は少し無茶をする傾向がありますが、私がコントロールしています。今は等格の職階ですが、以前は私が上司だった経緯もありますので」
「吉野さんは今でも俺の上司です。俺は彼女の指示に厳格に従っています」
大嘘だが。「異世界では俺がリーダー」ってのはふたりで冒険を始めたときからの約束だし、そもそも現実でも異世界でも今や俺の嫁だからな、吉野さん。まだ法律上の結婚をしていないだけで。
「うむ。……では、次の案件」
室長は、次の資料を取り上げた。
「ロボティクス・プロセス・オートメーションとクラウド上のAIを組み合わせた、スタッフ半減案だな。進捗はどうだ」
「はい室長。RPAの選定は終わり、今はバックオフィス部門と移行の調整に入っています」
「スタッフ部門の人事のほうが問題だな」
「はい。スキル的に他部門での活躍が難しい人材もそれなりにいます。そのためスタッフ子会社を作り、他社の業務を請け負う方向で進んでいます」
「同業では無理だが、ベンチャー企業ではスタッフ部門の人材不足はあるあるだからな」
「そういうことです」
担当者が頷く。
「実際、打診を受けて――」
まだまだ続く会議を聞き流しながら俺は、第三階層のことを考えていた。第二階層までで、そこそこ苦労した。これからもこの調子なら進むこと自体はなんとかなるだろう。だが問題は、何階層あるかわからない点だ。確率でこちらに被害が出るのなら、戦闘が多ければいずれ誰かが致命的な怪我をすることはありうる。……トリムのように。
胸が痛んだ。ポケットに入れた「トリムの珠」をそっと握ると、俺はまた思考に戻った。
コントロールできるレベルに、なんとしても被害を留めなくてはならない。それはリーダーたる俺の責務だ。
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