5-4 ダイヤは銘菓「白いバカナ」の空き箱に
「このダイヤ、本当に俺にくれるって言うのか」
「ええ」
こともなげに、村人は頷いた。
「貴重じゃないのか」
「貴重とかw」
一笑に付された。
「なあみんな。こんなもん、子供の遊び道具だよな」
「ああ」
「当然だ」
「誰も欲しがらん」
聞いてみると、この世界では貴金属や宝石の類は、さほど評価されていないらしい。希少性より実用性が重要だという。金はメッキに使えて鉄の錆防止になるから、まあ使えるか、くらいの感覚だった。
「そもそも、これ本当にダイヤ?」
吉野さんは、まだ疑っている。
「いや、これは本物ですね。感じるんで」
レナが口をはさんだ。
「泥炭もダイヤも、基本、炭素ですからね、吉野さん。素材は一緒ですよ」
「だってダイヤって、生成に高温高圧が必要なんでしょ。こんな泥炭地ではできないと思うんだけど。それに泥炭って、草木が炭化した化石みたいなもんでしょ。妄想ベースのこの異世界に、太古の化石が存在するのは不思議というか」
「いや妄想ベースだからこそ、なんでもありなんじゃないすか。だってそれ言ったら、モンスターとか使い魔とか、そもそも不条理な存在だし」
「それは……たしかにそうね」
例のゴブリンパーティーに「鉱山の場所を言え」と脅されたときも、こんなものが貴重と思っていなかったので、誰も思いつきさえしなかったそうだ。
「ダイヤ鉱石発見なんて大手柄じゃない、平くん」
「それねえ……。このことはしばらく会社には黙っておこうかと」
「えっどうして」
驚いてるな。
「ボクも理由を知りたいです、ご主人様」
レナも興味津々だ。あータマはもちろん、石ころなんか興味レスだ。炭を掘る村人の動きを見張って、モンスターポップアップに備えている。
「平くん、そもそも地図作りの目的は、有用な鉱山地図を――」
「それが問題なんですよ。吉野さん」
俺は説明した。これだけの巨大なダイヤを発見ということになれば、社内が大騒ぎになるのは見えてる。途端に、目の色を変えた陽キャ出世主義者が異世界子会社に殺到して、俺達と取って代わるに決まってる。今はお飾りの「数合わせ役員」連中も、なにかと首を突っ込もうとするだろうし。
俺や吉野さんはもちろん、形だけは出世させてもらえるだろうさ。でも「若手ホープ」とか祭り上げられて、またぞろ業績の厳しい悲惨な子会社送りだろ、どうせ。
「立て直し手腕に期待」とか言われて激務に放り込まれ、一年で成果が出なけりゃ査定どん底でポイ捨てされる。なんせ社内で浮いた人材だったからな、俺達は。誰も守ってなんかくれない。
「ダメ人間」の評価を受けてるくせに肩書だけ上がってて人件費高いなんて、どの部署も引き取ってくれないだろ。
「じゃあどうするのよ」
「そもそも俺達の目的は、サボれるだけサボって異世界手当をいただく、これじゃないすか」
「そうだったかなあ……。なんか違う気がするけど」
俺の目的をさりげなく「俺達の目的」に格上げしといたw
「だから当面、これはふたりだけの秘密にしときましょう。社内がなにか俺達にとてつもなく不利な状況になったとき、『ついさっき見つけた』とかなんとか言って、交渉材料として提出すればいい」
「ふたりだけの……秘密かあ」
なんか微妙にうれしそうだな。
「たしかに、そういう手はあるっすね。さすがご主人様。いい加減な生き方は天下一品すね」
それでもほめてんのか、レナ。もう添い寝してやらんぞ。
「そんなものかなあ……。はあ」
吉野さんはまだ納得していないようだ。
「こいつは俺が家で保管します。東京銘菓『白いバカナ』の空き箱に入れときますんで」
「はあ」
「これからもちょくちょく見つかると思うんで、吉野さんの家でも保管してもらいますから」
「でも業務中に得た成果は会社のものなんじゃあ」
「俺個人にくれるって、言ってましたし。異世界業務の社内規定にもあったでしょ、贈答物の項目」
「そうそう。ご主人様の言う通りだよ。そもそも『子供の遊び道具』くらいの価値だからさ、こっちでは」
「この世界をよく知るレナちゃんが言うなら、それでいいのかもしれないけど……」
吉野さんは、ほっと息を吐いた。
「まあいいか。この世界では平くんはボスだもん。私はご主人様に従うだけ」
――ご、ご主人様?
いや酔ったときのことならともかく、ついにシラフで口にしたか。レナがそう呼んでるしタマはボスとか言うから、ついつられたってとこだろうけどさ。それにしても……。
前から薄々感じていたんだけど、吉野課長、絶対に奴隷願望あるだろ。そもそも使い魔候補にゴブリンとオークが出たってとこから、それっぽいし。
どう対応すべきか判断に困ったので、とりあえず聞こえないふりをしといた。これ、今度よく考えないとな。
とまあ一件落着したわけだが、実はこの日、ダイヤなんかよりもっともっと重要な課題が発生した。それも昼飯のときにだ。それは――。
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