5-5 異世界特製「薬草弁当」の価値

 泥炭坑の脇の広場で昼飯を広げた。俺達四人に加え、村人の分も、今日は俺が持参してきている。


 もちろんいつものタマゴ亭さんだ。しかも今日はすごいぞ。ここ異世界の薬草を持ち込んで具材にしてもらった「特製弁当」だ。いつぞやのタマの提案を受けて相談して、特別に作ってもらってるってことさ。


 特注になるんで別途費用を払うって申し出たんだけどさ、あの娘――額田さんって言ったっけ――、異世界子会社の会議室に積まれた薬草をじっと見て、「じゃあサービスでやっときます」って言ってくれたんだ。


「うほっ。うまい」


 薬草入りのかき揚げをつまんだ村人が、大喜びしている。


「マジだ。こりゃいける」

「ウチのカーチャンの本気飯より、ずっとうまいぞ」

「なんだこの、挽肉料理は。うまい肉汁が染み出てくるぞ」

「それよりこの野菜の揚げ物のすごさよ。なんだか疲れが一気に取れるというか」


 まあそうだろう。


 今日の弁当のおかずは、野菜と桜えびのかき揚げ(異世界薬草入り)、チーズハンバーグのビーフシチューかけ、野菜のオイスターソース炒め、それに高野豆腐の含め煮だ。


 タマゴ亭にしては味濃いめのメンツが並んでいるが、それを淡白な雑穀米が迎え撃つ。お供はもちろん漬物二種。薬草のパワーアップ効果を生かした、なかなか戦略的な構築と言えよう。(すっかり弁当評論家になりつつあるな、俺)


「たしかに今日はとびきりおいしいわね、平くん」

「そうですね、吉野さん」

「薬草の効果バツグンですね、ご主人様」


 いつもの楊枝を振るって、レナもおいしそうに食べている。


「ウマ……ウマ……」


 珍しくタマも夢中になってるし。


「平殿、わしにも兵糧食をもらえますかな」

「へっ?」


 いつの間にか、横に村長が立っていた。


「ひょーりょーしょく?」

「平くん、お弁当のことよ」

「そう。その弁当ですじゃ」


 どうやら、あまりのうまさに誰かが村に走り、「異世界の奇跡の食事」について大げさに言い募ったらしい。


「まだ余ってますから、どうぞ」

「ありがたい」


 脇に積まれた弁当に、村長が秒速で飛びつく。あの歳でこの敏捷性アジリティー。ゲームならジョブは忍者で決定だな。


「多めに持ってきてよかったですね、ご主人様」

「ああ。レナの助言のおかげだよ」

「えへっ」


 喜んでいる。実は、泥炭採掘の鉱夫は十人くらいと踏んでいたんだ。俺は。でも発注は三十人前にしといた。きっと興味本位でたくさんついてくるから多めに弁当を用意したほうがいいと、レナが言ってくれたからだ。


「私もいいですか」

「私も」

「あたしも」


 なんだ掘りもしない村娘まで集まってるじゃんか。薬草で精力がついたのかしらんが、弁当の間中、なんか俺にアツい視線を飛ばしてくるし。


「ご主人様、モテますね」


 レナが囁いた。妙にうれしそうだ。


 そういや、他から来た男はすごくモテるって、タマが言ってたな。子種が貴重だから。俺達パーティーが安全とわかってから、なにかにつけ村娘の視線を感じていたが、そういうことか。


「はい。平くん、あーん」

「よ、吉野さん」


 ハンバーグを箸でつまんで、吉野さんが「あーん」してきた。近すぎます。あの晩のバーくらいに近い。胸、当たってるし。


「あーん」

「あ、あーん」(ぱくり)

「おいしい?」

「ええまあ……」

「く、苦しいです」


 吉野さんの胸に潰されて、レナがもがいてる。


「あらごめんなさい」


 ようやく離れてくれた。


「なんすか、急に」

「いえ、おいしいから。食べさせてあげようかなあって」

「はあ」

「ご主人様、あれ、見せつけてるつもりですよ。あの娘たちに」


 耳元によじ登ってきたレナが、こしょこしょつぶやいた。


 そんなもんか。まあ俺はどうでもいいが。ヤキモチなんて、吉野さん、かわいいところもあるんだな。


「ときに平殿」

「なんですか村長」

「あんたを男と見込んで頼みがある」

「はい」

「この弁当とかいう兵糧食の作り方、わしらにも教えてくれんか」

「へっ?」

「幸いこの村は街道筋。道筋で売れば、悪路で疲れた旅人に大受けは必然。これは絶対名物になる。そうすれば、わしらの暮らしはかなり楽になるはずじゃ」

「なるほど。でもどうなんだろ……」


 俺は考えた。米や鰹節、昆布のような乾物は、現実世界からこっちに持ってくることはできなくはない。肉や魚、野菜や薬草はここで現地調達すればいい。食べる対象は、死んでも虹にならないっていうし。素材的には、なんとかなりそうだ。


 ただ問題は技量だ。誰かが村人を仕込まないとならない。現代日本ならではの広いレシピと調理技術を。俺には無理。吉野さんならなんとかなるかもだが、本人の言では鍋料理ばっか作ってるっていうから、料理の腕は未知数だし。


「頼む」


 俺が黙っていたんで、ここぞとばかり村長は声を張り上げた。


「教えてくれたら、あんたらが欲しがっているというダイヤ、村にある分全部を与えよう」

「全部?」

「ああ。子供がおはじきに使ってたりするんで数は多い。そう、百はあるでな」

「あのおっきなダイヤを百個も!」


 思わず、吉野さんが叫んだ。


「ああ。百以上じゃ」


 村長は頷いた。

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