5-6 会議で弁当屋案件をぶち上げて、社長をキレさせてやったぜw
「さて、では地図事業に関する会議を始める」
社長が切り出した。いつもの本社社長室ではなく、異世界子会社のボロい会議室兼応接室でだ。
「それにしても、なんで部外者がいるんだ。三人も。あるいは、ひとりと二匹なのかもしれないが」
「現状報告のため、使い魔二名に出席を頼みました」
吉野さんがてきぱきと答えた。本社でなくここでの会議に持ち込んだのは、部外者を出席させるための、俺と吉野さんの戦略だ。あっちは規則とセキュリティーでガチガチだからな。
「報告なら君らで充分だろう」
「いえ。彼らは現地情報に詳しいので。……今日は少し複雑な案件のご相談がありますから」
「なにおじさん。ボクと一緒じゃ嫌なわけ?」
「ボス、こいつを食い殺せばいいのか?」
タマが唸り声を発した。吉野さんの話では、タマは普段、こっちの世界では姿を現さないらしい。今回、会議のためだけに出てきてもらうことにしたのだ。
「いや、今はやめとけ」
「今は? 物騒だな、平くん。……まあ案件絡みならこのふたりはいいとして。で、こっちのお嬢さんはなんだね」
「初めまして。タマゴ亭の額田と申します。御社にはいつもお世話になっております」
ぺっこり。いい笑顔だ。物怖じしないなあ、この娘。
「あー君は仕出し屋さんだね。その屋号、役員会議の弁当で、箸袋に書いてあった」
「一膳五千円の特別弁当ですね。ウチが総力を上げた逸品です」
くそっ、役員連中。そんないいもん食ってやがんのか。うらやま。
「それで、仕出し屋さんがなんで出席してるのかな」
「それも案件絡みです」
「……なんだかわからんが」
苦笑してるな。当然だが。タマゴ亭さんには事前に相談して、案件について了解を取ってある。
異世界に来てくれと話しても、額田さんは全然驚かなかった。こっちが拍子抜けるほどだ。我が社が異世界事業を営んでいるのは有名だし、この間の薬草弁当の件がある。俺と吉野さんが担当者として異世界に出入りしているんだろうと思っていたとのことだった。
「こんな会議は初めてだ。社内会議に部外者が多数とは」
「ここ本社じゃないんで。賃貸料ケチったセキュリティー皆無の安雑居ビルなんで、出入り自由なわけでして」
「……なんか文句でもあるのか、平くん」
「いえとんでも。固定費削減はビジネスの基本。さすがは社長。感服です」
さすがに嫌味くらいわかるみたいだなw それにしても、社内の同世代で、こんなに頻繁に社長と会議持てるの、俺と吉野さんくらいかも。俺を見るときの同期連中の見下し面が、ちらっと浮かんだ。あいつら社長と口きいたこともないだろ。
「しかし弁当屋に極秘事項を話すってのも。いや失礼だが」
「社長さん。私どもタマゴ亭は、出入り業者として認定を受けた際、守秘義務契約を結んでますのでご安心ください」
額田さんが微笑みかけた。なんかどえらく上品な笑みで、海千山千の社長すら、なんとなく気圧されてるし。タマゴ亭さん、いつもはがさつでおきゃんな下町娘みたいな感じなのに、ときどき雰囲気出すよな。
「そりゃ会話とか聞こえてくるしな。会議中に弁当配ったりもするし。……わかったわかった。もういい」
手を振って話を終わらせた。
会議室兼応接室は四人テーブル。上座に社長。下座に吉野さんとタマゴ亭さん。俺とタマはデスクの椅子を持ってきて脇に座ってる。レナはテーブルの上に立ったままだ、小さいから。
「次の会議があって私も忙しい。ちゃっちゃと済まそう。まずは地図の進展からだ」
地図を広げて、進んだ距離の確認が始まった。村の地図を示し、異世界の住人とコンタクトしたと告げると、社長は唸った。
「住民はいないという話だったが」
「それが大間違い。政府の事前調査がどんだけいい加減かってことっすよ、社長。しょせんお役所仕事っすから」
「ふむ。住人がいたとすると、今後の調査に大きなポイントになるな」
「おっしゃるとおりです。幸い、現地住民は好意的ですので。ねえ平くん」
「はい。もう吉野課長の言うとおりです。特に現地の娘の俺を見る目が――痛っ!」
テーブルの下で、吉野さんにつねられた。余計なことは言わないほうがいいってか。それもそうだ。
「見る目が、なんだね?」
「いえ、娘の話だと、あっちには人間の王がいるとか」
「ほう」
適当にごまかして先に進む。異世界の住人について、当たり障りのない情報を社長には伝えておく。
「住人とのコンタクト以外にも、今回、もっと大きな接触がありまして」
「なんだね。強いモンスターとかかね」
「それはもう毎日死ぬような戦闘をしてますけど(と盛っておく)、それじゃなくて、もっとでっかい問題というか」
「早く言いたまえ。時間がもったいない」
「俺達以外の人間がいたんすよ」
「村人だろ。今君が言ったじゃないか」
「じゃなくて、こっちの世界の男です」
「……ほう」
「社長もご存知のとおり、異世界への通路は、我が社が押さえている場所だけでなく、最近、日本の別のところにも発生しています」
「それは聞いている。政府から」
「どうやらそこを使っている連中ですね。ねえ吉野さん」
「うん、平くん。社長、あれはライバル業者です、多分」
「そうか……」
斜め上を見て、社長はなにか考えている。心当たりでもあるんだろう。
「ただ、連中の目的は俺達とは違うようです」
「そうそう。私達は地図作りですが、連中はそれをせずに、直接鉱山やモンスター資源を探しているとか」
「それは問題だな。我が社が受注したのは地図作りだが、そもそも何のために地図を作るかというと、各種資源を探して利用する、そのための基礎づくりだ。向こうのほうが直截な分、政府の予算があっちに傾く危険性がある」
「たしかにそのとおりっす。でも俺は、そのリスクは少ないと踏んでます」
「なぜだね」
「あの男、ものすごく嫌な野郎でした」
「それが?」
「あんな態度では、現地住民からの協力は得られっこない」
実際、泥炭鉱のこと、教えてもらえなかったからな、連中。まあ泥炭なんて鼻であしらうだけだろうけど、村人をバカにしていたからダイヤのことだって知り損なっている。どこでもあの調子なら、うまく行くはずはない。
「それに、そいつが連れていた使い魔も、ゴブリンという低知能のモンスターが中心だ。戦闘以外に役立つとは思えない」
「つまり鉱山など簡単には見つけられないってことか」
「そうです」
「なるほど。平くん。君は生意気だが、少しは頭が切れるな」
ひとこと余計だっての。まあサボることにかけては全力出すけどなー。社長にはそうは言わないが。
「とにかく社長にお願いしたい。連中がこっちの補助金の邪魔にならないよう、お役人をうまく丸め込んどいてほしいんで」
「そうだな。たしかにそれは私の仕事だ」
頷いている。
「あと、その別チームについては、探っておく。だいたい想像はつくんで、牽制も入れておこう」
「よろしく頼みます」
「では次の案件に移ります」
吉野さんが資料を配った。ネタがネタなんで、わざと最初は配っていなかったんだ。
「跳ね鯉村振興策――なんだねこれは」
「接触した村ですよ、社長」
「名前はさっき聞いた。振興策ってなんだ」
社長は資料をぺらぺらめくり始めた。
「なんだ? 定食屋を作って街道で弁当も売り出す? なんの冗談だね」
予想どおり、社長はキレた。さて、俺の腕の見せどころだな。
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