5-7 社長を丸め込んで特別ボーナスを引き出した件

「なんでその異世界村とやらに、我が社が定食屋を出さなきゃならんのだ」


 話にならんとばかり、社長は資料を放り投げた。


「住人のためですよ。貧しい村なので」

「我が社となんの関係がある」

「急がば回れですよ、社長。ねえ吉野さん」

「そうです。彼らとの関係を良好にしておけば、地図作りに必要な情報はどんどん集まります。実際、王都の話をすでに聞き出しましたし。王都に出れば、地図作りも一気に――」

「懇意にするのはいい。適当に話し込むなりしろ。だがどうなんだ。向こうの連中に料理なんか教えられるのか」

「その点はお任せください」


 タマゴ亭の額田さんが口をはさんだ。


「聞けば基本的に人間で、味覚や好みも同じとのこと。ウチの秘伝の調味料と極上低コストの素材、それに現地の薬草――えーとハーブです――とかを使えば、必ずや大人気の定食屋にできるかと」

「そんなもんかね」

「ええ、こちらの平さん……と吉野さんは、異世界の住民にも好かれると思いますし。一般人から村や国を束ねる方々まで」


 意味ありげに、俺に笑いかけてきた。社長をひっかけるためだ。俺も大げさに頷いてみせる。


「じゃあそれはいい。だがなんだね、これは。定食屋開店の経費は全部我が社持ち。建築資材だの厨房機器だのまで、すべてこっちから持ち込むってのは」


 なんせ異世界子会社だって落ちこぼれ社員だけで構成したほど。社長はどケチで有名だ。そりゃ無駄金は使いたくないよな。


「いやそれが重要で。なんせ向こうは一文なしの――」

「一円だって出すものか」

「そろそろ食い殺せばいいか、こいつを」

「おわっ!」


 ネクタイを掴んで、タマが社長を吊り上げた。さすがの剛力だ。


「や、やめろっ」

「お前は異世界の事情を何も知らないだろ。ならあたしら――ボスやボスのボスの言うことを聞いておけ」

「そうだよ、社長さん。ボクたちが全部、いいように進めるからさ。大儲けしたいんでしょ。なら任せておいてよ」

「わ、わかった。わかったから下ろせ」

「タマ」

「……平ボスが言うなら」


 俺が命ずると、タマは唸りながらも社長を放した。どんと音を立てて、社長が尻もちをつく。


「大丈夫ですか。社長さん」


 タマゴ亭さんが助け起こした。


「なんだ。乱暴な連中だ」

「戦闘に役立つ使い魔ですからね。性格が荒いのはご勘弁を」

「役に立つなら、乱暴者でかまわん。我が社の利益のためならな」


 言い切ると、髪やネクタイを直し始めた。さすが強欲で鳴らす経営者だ。金のためなら肝が座ってるな。椅子に座り直すと、息を整えている。


 こういうとこは、このおっさん凄いわ。自分の見栄なんかより儲けを優先するとこは。俺ならキレてたかも。冗談抜きに感心した。というか、俺も見習うべきとこがあるな。


「それで仕出し屋を呼んだのか」

「さすがは社長。理解が早いっす」


 持ち上げてフォローしておいて、説明に入った。こちらから持ち込んだ資材で定食屋兼弁当屋を作る。タマゴ亭さんには異世界出張に同行してもらい、店舗建設の指導と調理技術の教育を頼む。開店後は基本的に現地住人によって運営させるが、定期的な訪問で味やオペレーションの確認を頼む。その了解はすでにもらってあると。


 部外者を異世界に送るには役所のネゴがどうのとか契約がこうのとか、当初、社長は渋っていた。だがこのおっさんの目的は、早い話、金だ。儲かるならなんとかしてみると、社長に認めさせることに成功した。


「まあいい。吉野くん、それに平くん。君達には期待している。なにせ我が社新規事業のトップを走るチームだからね。そのために定食屋が必要なら、それでいい。とにかく成果を上げてくれ」

「わかっています」

「吉野さんはやり手だ。お任せください」

「いえ平さ――平くんこそ、有能です。彼がいてこそのチームです」

「いいチームワークだ。儲けてくれ」


 いたずらっ子のような笑みを、社長は浮かべた。


「今の計画より達成率で超えたら、君達には特別ボーナスを支給しよう。達成率120%で、百万円。150%で二百万円出す」

「もう一声、どうっすか」

「君もがめついな、平くん。――まあいい。それくらい前向きのほうが、成績も上げられるし」


 少し考えた。


「では達成率200%だ。そこまで行けば、五百万円。加えて、昇進も約束しよう。吉野くんは部長級、平くんは課長級だ」


 この狸。できっこないの知ってて大盤振る舞いしてきたな。それにまた「級」の仮人事じゃんw


 まあいいか。受けて損はない。どうせ俺も吉野さんも、社内で浮いてる存在だしな。


 俺を飲み会にも誘わない同期連中、ざまあ。サボりを極めるついでに、俺は報奨金を頂くぜ。


 なんせここのところ、一日のうちで午前中二時間しか地図作りしておらず、残りはただ遊んでるだけだ。散歩をあと一時間増やすだけで、120パーはちょろい。要は、サボるのをサボればいい。簡単だ。


 頑張れは200パーも行けるだろうけど、そこまでやるかは後で考える。頑張りすぎてハードルを上げると、後々サボれなくなりそうだからな。


「ありがとうございます。ではその旨、一筆したためて、社長印を押してください」

「平くん、いくらなんでも――」

「いえ吉野さん、ここは重要です」

「私のことを信じないのか?」


 不機嫌そうに、社長が眉を寄せた。


「当然、信じてます。我が社の社長ですから。二言なんかあるはずはない」


 持ち上げておいてから。


「でも、社長の周囲に木っ端役人みたいなダメ役員が群れているのは、社員ならみんな知っている。そんな連中に茶々入れられないように、社長ご自身のための保険ですよ」


 もちろん、俺と吉野さんのための保険だけどな、本当は。


「言いたい放題だな、君は。役員連中をクソミソに」


 苦笑いしている。


「でも事実です。ご存知でしょ」

「わかってる、そんなこと」


 手を振った。


「さすが社内の異端児だけあるな、君は。……社長印を押すのは、私でも手続きが面倒なんだが――まあいいか」


 ほっと、社長は息を吐いた。


「明日、本社に取りに来なさい。用意させておく」


 立ち上がると、俺と吉野さんに握手を求めてきた。ウチの社長が部下に握手を求めるのは珍しい。いつもは対等の相手とだけと聞いている。


「頼むぞ吉野くん、平くん。腰巾着のクズどもとは違って、君達は本当に我が社のホープだ。期待しているからな」

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