6 ドラゴンの盟約
6-1 資材部に殴り込んでみた
「じゃあ行きましょうか。吉野さん」
「なに、平くん。いきなり」
社長会議が終わってタマゴ亭さんを帰したところだ。吉野さん、目を白黒してるな。
「資材部ですよ。社長の気が変わらないうちに発注しないと」
「そ、そう?」
「発注済ませればもう既成事実になりますから。こっちの勝ちです」
「そんなもんかな」
「ええ」
なにせ、村では泥炭採取のボディーガードも頼まれている。さらに食堂建設ともなれば、毎日どちらかの作業はすることになるだろう。なるだけサボりたい以上、食堂のほうも早めに手を着けておいたほうが、なにかと楽だ。
そう説明すると、吉野さんも納得したようだった。
「レナもそう思うだろ」
「さすがご主人様。戦略がすごいです」
「あの社長とかいう男の気が変わらないうちにという、ボスの言葉にも一理あるしな」
タマも頷いている。
「タマちゃんもレナちゃんもそう思うなら、さっそく行ってみる?」
吉野さんも同意してくれた。
「資材部はたしか……本社ビルの十二階だったっけ」
「そうですね、吉野さん」
●
「こんちわーっす」
ドアを開けて入っていくと、資材部全員が、こっちを見た。
誰もなにも言わない。
ここ本社十二階は、資材や法務、人事などの後方支援部隊が入っている。なので営業とか企画の連中がいる、斬った張ったで血を流すフロアとは、カルチャーが違う。とにかく静か。事なかれ主義で、目立つ奴は嫌われる世界だ。
特にウチの資材部はルーティン発注が中心の地味な業務なんで、それに向いた奴が配属されてるしな。
――シーン。
「あ、あの……」
無言の圧力に、吉野さんも気圧されてるな。
「異世界マッピングプロジェクトチームの平です。資材発注したいんですけど」
「ちょっとお」
お局さんみたいな中年の女が、額にシワ寄せて駆け寄ってきた。
「そういうのは書類で回してください。こんなとこで大声で叫ばないで」
小声だ。
「書類じゃだめなんで。ウチ、そんな年度予算枠ないから」
「予算外支出なら、
「稟議とか面倒だし」
「はあ? ルート通してくれないと、こっちは動けませんよ」
そりゃそうだ。
とはいえ、このままじゃ埒が明かない。タマとレナ、消えてもらわずに、連れてくりゃよかったか。タマに唸ってもらったら、交渉も楽そうだ。
まあいいか。俺は、切り札を切ることにした。
「いいんですよ。社長直命だから」
「ち、直命!?」
部屋にざわめきが広がった。
「ええ。なので、そのあたりの面倒な作業は社長室がやるんで」
「そんな無茶な」
「はい、これリスト」
ばさー。
分厚い発注書を、どさりとカウンターに置いた。さっき、吉野さんやタマゴ亭さんと検討した奴だ。
「あっ。あの――」
「なんだね、君は」
社長直命と聞きつけたからか、奥の席から部長が飛んできた。
「異世界マッピングプロジェクトチームの平ひとしです。戸籍上は平均の均で
「もういい。チーム名は聞いた。君達はあれか、例のあれか」
「例のあれです」
何言ってるかわからなかったので、適当に合わせた。
「こっちの秩序を乱されては困る。君達はそもそも子会社だろう」
「だからなんすか。親会社のほうが偉いって言いたいんですか」
「そういうわけじゃないが、君は子会社のヒラでこっちは本社の部長だし」
この野郎、上下関係でしか物を判断できないのかよ。よくいるヒラメ野郎だな、こいつ。
そもそも、俺は平社員じゃないっての。命懸けの業務命令をこなしてる、係長級もとい、もう係長だ。まあ、まだ発令されてないけどw
「これが社長の直命です。吉野さん、例のあれを」
「うん」
吉野さんが、クリアファイルから書類を取り出した。概要、「異世界マッピングプロジェクトは最優先業務である。同プロジェクトチームの資材調達に全力で協力せよ」というのを、やたら回りくどく書いてある奴。
「うーん……」
黙って読んでいた部長が、脂汗を流した。
「たしかに、そう書いてはあるな」
書類から目を上げると、俺と吉野さんの顔をまじまじと見つめた。まるで今初めて見たかのように。
「台風の目か。噂の……」
どんな噂だよw 気になるじゃんか。
「まあいい。社長のご命令には、
いきなり時代劇みたいなタンカ切ってるし。
「部長の度量の広いお心遣いで助かったと、今度社長にお伝えしておきます」
「そ、そうか」
言ってほしいであろうことを言ってあげたせいか、喜んでるな。
「よし。みんな集まれ」
全員、カカシのようにぎこちなく立ち上がった。
「この資材全部、最優先で発注だ」
部長が分厚い書類の束をひらひらさせた。
「納品も急がせろ。書いてある納品希望日より早く入れさせるんだ。資材部の全力を見せてやれっ!」
「はいっ!」
部長の檄に、全員、口を揃えた。現場の連中にはちょっと悪いけど、頼むよ。資材部のみんなが頑張ってくれたって、マジで社長にフォローしとくからさ。
おっ。俺の同期がいたな。あいつ、真っ先に俺のことを無視し始めたうちのひとりだ。事なかれ主義の資材配属だけある、嫌な奴。部長にぺこぺこしてやんの。俺、またぞろ同期の間で陰口叩かれるな、こりゃ。
まあいいか。サボれるだけサボりまくって、居づらくなったら辞めればいいし。
そうだよ。よく考えたらダイヤあるもんな、忘れてたけど。いくらで売れるか、そもそもどう売ればいいかわからないけど。食うに困ったら、あれ、なんとかする手はあるもんな。俺と吉野さん、それにレナやタマくらい、幸せにできるだろ、多分。
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