6-2 田舎のような懐かしさって、マジすか

「うーん……。異世界転送って、思ったよりスリリングなのね」


 いつものように俺達が村近くの野原に転送されると、タマゴ亭の額田さんは、大きく伸びをした。


「ジェットコースターに乗ったみたい」

「すぐ慣れますよ」


 吉野さんがフォローに入った。


「そうかな」

「慣れてもらわないと困るというか。これから村の食堂建設の指揮を取ってもらわないとならないし。ねえ吉野さん」

「そんな脅かさないの」

「いえ、平さんの言うことももっともです」


 舌を出した。いつものタマゴ亭制服でなく、サバサバした山ガールファッションなので、なんか新鮮だ。


 建物自体は、村の職人に任せればいいが、食堂ともなれば、厨房施設だの客席、それに弁当売店の造作をしっかりしないとならない。特に今回、村人にとっては異世界となる、俺達の現実世界の飯だ。現地の連中では細かな勘所はわからないはず。


 といって、俺も吉野さんも、食うほうは得意でも料理屋の造作なんてわからない。異世界食堂プロジェクトのアドバイザリースタッフとして参画してもらったタマゴ亭さんに、そのあたりは全面協力を仰いだってことさ。


「いい風。いい匂い」


 柔らかな草原の風に髪をなぶらせて、額田さんは深呼吸している。


「なんだか田舎に帰ったときみたいに落ち着くわ。はあ」


 たしかにここは田舎のように気持ちいい。太陽に温められた土の匂いの。それは認める。暑くなく寒くなく、湿気もないし刺してくる虫とかもいないしな。


「平の旦那、こいつですか」


 迎えに来ていた職人の棟梁が、傍らの資材の山を指差した。


「そうです。食堂用地に運んでください」

「へい。――おう、野郎ども」

「おうっ」


 声を掛け合い、大勢の村人が、次々に資材を運び始めた。プロ用の調理器具やプロパンガスのボンベ、溶接用の道具やアセチレンボンベ。はては消毒薬や清掃用品、洗剤まで。


 木材や大工道具の類は現地調達する。それ以外、どうしても現実世界から持ち込む必要があるものや、持っていったほうが早いものを厳選してある。完成の目処が立ったら、今度は食材や調味料、鍋釜の類も、必要なものは持ち込むことになるだろう。


 転送装置に次々に運び込まれる雑多な資材を見て、例の嫌味な転送担当者は絶句してた。転送計算が面倒らしくて、一時間も出発が遅れた始末だ。


 計算しながらも例によって嫌味を次々口にしていたけどよ、額田さんが「ご苦労さまです」とかにっこりしたら、「いえこれも仕事ですから」とか男前ぶってた。まあそりゃ看板娘だけあって、額田さん、かわいいからなあ、どことなく気品もあるし。


 彼女がこれから頻繁に異世界に行くと知って、あいつ、なんか張り切ってたし。ありゃそのうち、ID交換がどうのとか言い出すのは見えてるな。


「……皆さんが着ているのが、この世界の服なのね」


 いつの間にか、額田さんが隣に来ていた。秒を惜しむように働く村人たちを、感慨深げに眺めている。


「ええ。思ったより現実世界に近いでしょ」

「なんだかおばあちゃんちに遊びに来たみたいな気がする」

「この世界は、妄想でできているから、日本を中心に世界中の、ちょっと懐かしくて古臭い習俗がなんとなく反映されているんだよ。ねえご主人様」


 シャツのボタンを外して、レナが俺の胸から出現した。


「かわいい使い魔。この間もそう思ったけれど」

「こんなに小さいけど、こいつ、これでもサキュバスですからね」

「あら」


 額田さんはくすくす笑っている。なにかヘンな想像されていそうだw


「いえ能力はないんで、なにもないですが。もうなーんにもない」

「ご主人様ったら、そんなに強調しなくても」


 怒ったレナに、乳首をつねられた。


「いったーっ! お前、いい加減にしろよな。もう胸に入れてやらないぞ」

「へへっ」


 悪びれない奴だ。


「平くん。タマちゃんも呼ぼうか」

「召喚をお願いします、吉野さん。そろそろこっちも村に向かいましょう」

「うん」


          ●


 村に着くと、俺達はいつもの地図作りに出かけた。モンスターの出ないところを案内してくれる村人が三人ほどで先導してくれるので、毎度おなじみ楽勝無戦闘マッピングだ。


 食堂建設のほうは、タマゴ亭さんに、職人との調整を任せてある。彼女ざっくばらんで大雑把だけど、芯はしっかりしてる感じなんで、多分、大丈夫だろう。それに建物部分の建築に関しては、村人の経験が役に立つし。


「ご主人様、ボク、嫌な予感がする」


 突然、俺の胸でレナが口にした。ずんずん地図作りを進めて、そろそろ特別ボーナス狙いの前日比一二〇%に達しようかという頃合いだ。


「なんだよ、嫌な予感って」

「なんとなくだけど、寒気がするし」

「風邪ひいたんだろ。お前、例の約束で毎晩裸で寝てるし。今晩は服着とけ」

「そうかな」

「そうそう――」

「おうっ!」


 馬鹿話していたら、前方で叫び声が上がった。案内役の村人だ。見ると、そいつの足元から砂埃が巻き起こっている。しかもどでかい。


「エンカウントだっ。タマ、行くぞっ!」

「任せろ」


 すごい勢いで、タマが駆け出していく。


「早いって」


 ようやく俺が最前列に陣取ったときには、タマはもう村人を後ろに誘導し、戦闘態勢を整えていた。


「モンスターは出ないんじゃなかったのか」

「わかりません。ここは絶対に出ないところで」


 村人が叫び返してきた。


「ご主人様、ヤバそうな奴だよ」


 レナがシャツから身を乗り出した。


 もうもうたる砂埃ではっきりわからないが、シルエットが見えてきた。なんか巨大なドラム缶というか竜巻というか、とにかくぐにゃぐにゃした円柱のようなモンスターが、地面からどんどん伸びてくる。差し渡しで三メートルくらいか。高さはもう五メートルだ。


「サンドワームだっ!」


 タマが叫んだ。


「気合を入れろ。ちょっとでも隙を見せると殺されるぞ」


 タマの声は、珍しく震えていた。

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