6-3 対サンドワーム戦

「なんでサンドワームなんかがっ! 砂漠でもないのに」


 タマが毒づいた。


「サンドワームってなんだよ、タマ」

「ご主人様、巨大な環形動物モンスターだよ。こいつはヤバいんだ。特にこいつがいると――」

「カンケー? なんだって?」

「えーと……。ミミズみたいな」

「わかった。化けミミズだな」


 砂埃が収まってきて、はっきり姿が見えた。


 細かくひび割れた、赤茶色の表皮。なんだかすえた臭いがする。先端の口を牙が丸く囲んでいる。どうにも、触るのも気味悪い感じだ。


 見たところ、目はない。ひげのようなものが口の周囲にびっしり生えているから、あれがなんかの感覚器官なのかもしれない。


「どうやって倒す」

「乾燥地帯に棲むので、水魔法に弱いよ」

「俺達にメイジはいない。火炎弾は?」

「効果あるかも」

「よし」


 なにせぶよぶよしている。タマの肉弾攻撃や俺の棒術のような物理攻撃は効きにくい気がする。となると間接攻撃しかない。とにかくやってみるまでだ。


「タマ、一気に攻撃を集中するぞ」

「わかった」


 牽制しながら、俺とタマは、吉野さんから火炎弾を多数受け取った。


「うわっ!」


 俺達の背後で、突然地面が割れたと思ったら、巨大な鞭のようなものが襲ってきた。奴の尻尾――はないか、とにかく頭と反対側のほうだ。


 かろうじてかわしたところに、今度は頭が俺を狙って食いついてきた。


「くそっ」


 棒で横殴りにして、なんとか脇に逃れた。


「平くんっ」


 吉野さんが投げた火炎弾が、奴の頭に命中した。炎が広がると、頭は俺から離れた。


「助かった」

「見てっ!」


 広がった炎が、もう鎮火している。


「多分、あの粘液のせいだよ」


 レナが叫んだ。奴は、ぬめぬめとした粘液を体表に放出し始めている。多分だが、戦闘だか過度乾燥だかのときに使う機能だろう。敵の攻撃がうまく滑るとか、繭を作って夏眠するとか、その手の。


「危ないっ」


 今度は奴のケツが俺を狙ってきた。走り込んできたタマが、突き飛ばすようにして俺を攻撃線から抱え出した。


 そこに、また頭が来た。なんとかかわす。


「埒が明かねえ」

「ご主人様、頭に集中攻撃だよ。それしかない」

「わかってる」


 サンドワームは、吠え声を上げた。しけった、嫌な臭いがしやがる。


「タマ、吉野さん、分散して攻撃をかわすんだ。そうして戦いを長引かせておいて、動きのパターンを読む。わかったところで、三人でありったけの火炎弾を一気に放り込むんだ。今はまだ無駄遣いするな」

「うん」

「わかった」


 俺達は、攻撃をかわし続けた。攻撃しようとするから、防御から意識が離れ、危なくなる。攻撃さえしなければ、隙をつかれる可能性が減る。幸い、こいつは図体がでかいだけに敏捷性はイマイチだ。様子を見る戦いはやりやすい。


「平くん、動きにパターンがあるわ」

「ボスの言う通りだ」

「わかってる」


 そのうち、俺にもパターンが読めるようになってきた。


「次のタイミング。一瞬頭が止まる、あのときに、一気に放り込むぞ」

「了解」

「いいか。もう少しだ。そう。三、二、一。放り込めっ」

「喰らえっ!」


 三人で、同時に投げつけた。頭に命中し、炎が広がる。


「どんどん行けっ」

「わかってる」


 手持ちの火炎弾を、次々に投げつけた。


「ぐおおおおおーっ」


 苦しげに、頭を振っている。粘液での鎮火が間に合わず、そうやって消そうとしているんだろう。


「これでどうだっ」


 一気に三本、投げてやった。そのうちひとつが、うまいこと奴の口の中で破裂した。


「ギオオオオオーッ」


 どんっ。


 大地を揺るがす振動と共に、奴が地面に頭を突っ込んだ。すごい勢いで体が吸い込まれていく。これまで隠れていた部分が地上に現れ、そのまままた地底に沈んでいく。


「やった!」

「逃げていくぞ」


 俺達の後ろで、村人が歓声を上げた。


「こいつは……」


 俺は絶句した。とにかく長い。まだ体が見えてくる。ようやく尻尾の端が地上に出て、穴に吸い込まれた。なんだこれ、多分五十メートルくらいありそうだ。


「やったね。ご主人様。ボクたち勝ったよ」

「ああ」


 頷いたものの、俺は奴が逃げてくれたことに安堵していた。なにせ倒せたわけではない。追い払っただけだ。それに手持ちの火炎弾はほぼ使い果たした。あれで逃げてくれなかったら、俺達は全員殺されたかもしれない。


「今日はもう中止だ。すぐ村に帰る」


 俺は命令した。反対の声が出るはずもない。かろうじて命拾いしたのは、誰の目にも明白だったから。


 早足で撤退しながら、俺は村人達を呼び寄せた。


「モンスターは出ないはずじゃないのか」

「はい。こんなところにいるはずがないんで」

「しかもサンドワームとか。あんな危険な奴、あっし、生まれて初めて見やした」

「どうしてポップアップした」


 全員、首を捻っていた。


「そう言えば、以前村長が、酔ったときに口にしてました。この村と湖には秘密があると。もしかしたら、それと関係しているのかも」

「秘密? どんな」

「いえ、誰も知らないんで」

「村長も、それから絶対話してくれやせんし」

「ふん」


 俺は考えた。ただの酔っ払いのたわごとかもしれない。しかし聞いておく価値はある。なんせ俺達は今日、死にかけたんだ。それに――。


「なあレナ」

「なあに、ご主人様」

「お前さっき、サンドワームはヤバいって言ってたろ」

「うん」

「特にこいつがいると――って、言いかけた」

「そうだね」

「なんて言おうとしたんだ」

「忘れて。あれは。多分そんなことないし。うん。あり得ない」


 首を振っている。


「いいから言ってみろ」

「……わかった」


 俺の目を見て、レナはしばらく黙っていた。それから口を開いた。


「サンドワームはよく、ドラゴンの巣の近くにいるんだよ。ドラゴンの糞混じりの砂が大好物だから」


 ドラゴン……。俺達、まだレベル二とか三程度だぞ。どうすんだ、これ。

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