5-3 泥炭採取のボディーガード
「ここです、平さん」
「これが泥炭地か」
「はい」
十数人の村人を従えて、俺達パーティーは村から二十分ほどの荒れ地に立っていた。背の高い雑草が生い茂る、なんの変哲もない場所だが、枯れ草から覗く地面はたしかに炭色だ。
「なんだか湿気った香りがしますね、ご主人様」
「泥の匂いに近いけど、なんかちょっと違うわね、平くん」
「この泥炭は、燃料になるな」
顔を上げたタマは、周囲の風を嗅いでい。
「あと話どおり、それなりのモンスターがでそうな臭いだ。注意しておいたほうがいいだろう」
「わかった。タマ」
俺は村人に振り返った。
「じゃあここで見張っているから、掘り進めてくれ」
「では遠慮なく」
おそるおそるといった感じで、村人がツルハシやスコップを振るい始めた。こつこつしゃりしゃりと、炭を掘る音が響く。
「王都に向かわなくていいの、平くん」
村人の動きを見る俺の隣に、吉野さんが立った。
「その話は、もうしたじゃないですか」
「王都で鉱山情報を手に入れられれば、私達のミッションは大きく進展するのに」
「それが危険なんですって」
例の村――跳ね鯉村というらしい――に、俺達はしばらく拠点を置くことにした。情報が集まるという王都は魅力的だが、別に焦って行く必要はない。
なんせ俺の第一目的はサボること。仕事しすぎだとハードルが上がって、今後まったり過ごせなくなる。ならこの村にとどまり、しばらく周囲の地図でも作ってりゃいい。
「吉野さん、こっちのが楽ですよ」
俺の胸からレナが口を出した。
「たしかにレナちゃんが言うように、地図を作るというだけの意味なら、この村に滞在するのは利点が大きいけど」
「だから、これでいいんですって」
「そうねえ。……でもこんな楽していいのかって」
「いいんですよ。会社は俺達を捨て駒扱いだ。なら俺達だって、会社を利用するだけ利用しないと」
「うん。そうは思うんだけれど」
真面目だなあ吉野さん。
なんたって現地人は周囲をよく知っている。安全な方面を聞き出して進むので、毎日戦闘皆無の「楽々地図作り」が可能だ。ついに午前中二時間効率的に「最低限」の地図作りだけして、弁当後は半日村で遊んで定時で現実世界に帰還するという、最高の日々が実現した。これで給料出張手当危険手当付きとか、最高じゃん。
「それに俺達だってサボりまくっているわけじゃない」
「そうかなあ」
「こうしてほら、村人のために働いてもいるわけだし」
「うん。それはいいと思う」
「モンスターとも戦いたいしな。どうにも、ボスのボスに従っていると、体がなまっていかん」
うるさいなあ、タマ。また触るぞ。
さわっ。
「あっ。あにゃーっ!」
飛び上がったか。
「悪い、またまた手が滑った」
「き、貴様ぁ。よりにもよって、恋人だけに触らせる大事なしっぽを……」
瞳が血走ってる。ちょっとヤバいかも。
「今度マタタビやるから許せ」
「マ、マタタビ」
目がとろんとなったな。うーん。いずれ本当にマタタビ与えないと、約束破ったとかで俺、殺されるなw
「とにかくこれも俺達の仕事だ。村長と約束したし」
楽々地図作りの交換条件として村長が出してきたのは、ここ泥炭地でのボディーガードだ。ここの炭が使えれば、村の鍛冶屋は助かるし、炊事や暖房などで暮らしも楽になる。
ただここはモンスターが出るので、これまで利用できずにいた。なんせほら、彼らには使い魔とかいないからさ。その点、俺達は使い魔付きのパーティーで、戦闘だってそれなりにこなしてきて経験がある。
なら見張りとして使える――と、村長は考えたわけよ。俺にも断る理由はない。地図作りにモンスターポップアップがなくなった分、ここで多少戦ってもむしろ戦闘数は減るはずだから。ならこっちのが楽じゃん。
「こっちに大量の泥炭があるぞっ!」
興奮した叫びが聞こえた。
「どれどれ。おお、これは凄い」
「量だけでなく、質も高いぞ」
「これなら鍛冶屋は大喜びだろう」
勇んだ村人達が駆け寄った瞬間、表層の泥炭を突き破るようにして、モンスターがポップアップした。
「蔓草野郎だっ。村人は下がれっ」
例の毒触手を使う蔓草のモンスターが数体、あとボス然とした狼型のモンスターが立ち上がった。二足で。
「フェンリル――いや、ウェアウルフだよ、ご主人様」
俺の胸からレナが叫ぶ。
「こいつの牙には毒がある。噛まれると麻痺するよっ」
「タマ、距離を取れ。吉野さん、火炎弾を。優先は犬っころで」
リーチの長い敵に、毒の牙。近接は危険。攻撃の主体は吉野さんだ。俺とタマは吉野さんを守る位置に下がり、防御役に徹する。多少毒を受けてもとりあえず倒す。治療は後でいい。
「ガウガウガウガウ」
「おわっと。大口開けやがって」
狼野郎、結構迫力あるな。噛まれたら毒以前にヤバそう。
「今、火炎弾投げますっ。離れて!」
「おうっ」
ウェアウルフは初お目見えだが、蔓草野郎なら慣れてる。緊迫した戦いも数分経つ頃には勝敗は誰の目にも明らかとなり、最後まで手こずったウェアウルフも、最終的に俺の突きとタマの回し蹴りが同時ヒットとなって倒れた。
「ふうーっ……」
「無事か、タマ」
「平気だ」
「吉野さんは」
「大丈夫」
「よし」
幸い、誰も毒の攻撃を食らってはいない。見回すと、泥炭運搬用の荷車が村から近づいてくるのが見えた。運搬チームだ。
「今だ。泥炭を掘り返せっ」
「おうっ」
大量の泥炭が見つかった場所、それにモンスターのポップアップ跡の穴。村人が取り付いて、次々に泥炭を崩して積み始めた。うれしくて仕方ないんだろうな。これまで横目で見ながらも手を出せなかった資源だ。
「出たぞ、『おまけ』だっ」
誰かが叫んだ。案内役の村人がなにかくすんだ石っころのようなものを受け取ると、袖で拭いながら近づいてきた。
「平さん、これです」
俺の手に、ごろんと乗せてくれた。
「わあ、きれい」
レナはうっとりしている。
「これは……」
俺の手の上の石ころは、ずっしり重い。ちょっと三角っぽいサイコロのような形。ぎざぎざしているところこそ黄色く曇っているが、滑らかな部分は無色透明。陽を受けてきらきら輝いている。
「正八面体。……結晶ね。これなに。ガラス? 水晶?」
吉野さんが覗き込んできた。
「これはダイヤです」
あっさりと、村人のひとりが応える。
「ダ、ダイヤモンドってこと!?」
声が裏返った。俺の手のひらで輝くそれは、親指の先ほどもある。でかい。
「本当にダイヤなのか」
「ええ。こんなもの、欲しければいくらでも進呈しますよ」
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