5-2 初めての異世界一泊出張
「君達は異世界人じゃな」
「ボクたちは使い魔だけどね」
「いや、それは見ればわかるのう。ほっほっ」
笑われた。
どうやらここは異世界村の村長の家。連れてこられた経緯こそ荒っぽかったが、ここでは表面上は穏やかに接してきている。ソファーを薦められ、お茶も出されたからな。
まあ、両側から刃物持ったムキムキが目を光らせてはいるが。
「えへへっ。困りましたねー、ご主人様」
「おまえはー、にこにこしてる場合かよ」
「でもボク、住民って、エンカウントしたの初めてで」
「まあ、いきなり手下千人のゴブリンロードとかがポップアップして瞬殺されるよりはマシだがなあ……」
「おおうっ」
「ゴ、ゴブリンロード!」
レナと俺の他愛もない話に、部屋を埋め尽くした村人達がどよめいた。
「君はゴブリンロードを知っているのか」
えらい年配の、村長らしき人物は、責めるような目をしている。
「いや、適当に言っただけです。――ちょっと前に、ゴブリンを連れた嫌な連中と会ったんで」
またざわめきが広がる。
「君達は仲間なのか」
「まさか。嫌な連中って言ったでしょ」
「戦ったとか」
「いや……。挑発はされたけど。ねえ、あなたは村長かなにか、この村のトップでしょ」
「いかにも。わしは村長じゃ」
「俺はたしかに異世界人だが、戦いに来てるわけじゃない。だから連中とも戦わなかったし、あなたたちにも悪意はない。ただの旅人、通りすがりだ。だから見逃してもらえませんかね」
「うむ……」
村長は、なにか考え込んでいる。
「あのゴブリン入りパーティーとこの村、なにかあったんですか」
吉野さんが口をはさんできた。さすが課長、仕事のできる女。入ってくるタイミングが絶妙だ。
「ちょっと前、突然現れたのじゃ。ゴブリンとバンシーを連れた異世界人が、この村に」
「れ、連中。村の娘を人質に取って、俺達を脅したんだ」
「そうだ。鉱山のありかを吐け。さもなければ娘を殺して村を焼き尽くすと」
村長の言葉をきっかけに、村人たちが口々に叫んだ。
「おまけに連中、村の墓を冒涜したんだ。ゴブリンを使って」
なるほど。どれもこれも、あの嫌な野郎がやりそうなことだ。村人を脅してでも鉱山情報を手に入れ、急いで開発したいってことだろう。
そんなにあわてて出世したいのかね。俺にはわからない世界だが。いやだいやだ。気持ち悪い。
「それで、どうなったんですか」
穏やかな吉野さんの口調に安心したのか、みんなは進んで話してくれた。
この村は湖畔の半農半漁、近くに山岳地帯もなく、そもそも鉱山自体がない。山でなくとも窪地に露出する天然鉱がある地域もあるというが、周囲にはない。そのことを知った連中は、ついでとばかり、村の穀物庫に放火して消えたんだと。どうせお前ら、妄想の産物だとか言い放って。
「そりゃひでえ……」
「わしらだって生きている。……あんたら異世界人とは違うだろうがの」
それ以来、村ではよそ者に警戒するようになった。特に、正体不明の異世界人に対しては。
「だからあたしらを拘束したのか」
タマはしきりに頷いている。
「ならまあ、この対応は仕方のないことだ」
「なあ異世界の方。ならあんたらは、なんでここにいる。どうして異世界からわざわざ来たんじゃ」
純朴らしい村人たちはもうすっかり警戒を解いている様子だったが、村長だけは、まだ俺達を疑っているようだ。
「そりゃもちろん、サボりにさ。ここなら社長の目も届かないし」
「は?」
いかん。つい本音が出たw
「わ、私達は、この世界の地図を作っているんです。各地を歩くことで、ほら、こうして」
あわてて、吉野さんがフォローに入った。スマホ(的謎機械)に作製中の地図を出して、みんなに見せている。
「ほう」
「この村までもう描き込まれてるじゃないか」
「ほらここ、お前の家だ」
「たしかに、狭っ苦しく崖際にあるから、ひと目でわかるな」
なんやら知らんが、喜ばれたようだ。
「地図をどうするんだね」
「そうですね」
俺は口をはさんだ。吉野さんの話を止めるためだ。
あのカスは鉱山を収奪するため村を襲った。俺達の目的が鉱山や有用モンスターの調査と明かしていいか、俺は迷っていた。人のいい吉野さんは、なんの気なしに話してしまいそうだ。
「俺達の世界は、困っているわけではない。ただ新しい世界が見つかったので、全貌を知りたいという、なんていうかそう……」
「冒険心でしょ、ご主人様」
「そう。冒険心がある」
レナ、グッジョブ。俺は心の中で親指を立てた。
「だから俺達が派遣された。地図作りのために。地図が完成したらいずれ、この世界と俺達の世界で交易が始まるかもしれないし」
とりあえず曖昧にぼかしておく。
「あとこの村の人達を信じて、正直に言っておく」
俺は、村長の瞳を見つめた。正念場だ。
「俺達のミッションは地図作りだが、この世界には別の目的で入り込んでいる連中もいるようだ。詳しくは知らないが、俺の所属する組織とは別だ」
「ゴブリンを使役していた奴らじゃな」
「多分。あいつらは俺達にもちょっかいかけてきた。そのときの話からも、目的は鉱山の確保だろう。荒っぽい手口の、嫌な野郎どもだ」
「ふむ」
「俺達は毎日あっちの世界に戻る。そのとき、あの連中のことを調べるよう、部下に言っておくよ」
部下なんていないけどな。とりあえずそう言っといたほうが威厳が出る。
わかったら情報を流そうと話すと、ようやく村長も納得したようだ。
その晩、どうしても歓待したいという村長や村人の意向を無碍にできず、俺達は村に一泊することになった。
いつもは日帰りの「みなし出張」だが、初の「異世界リアル出張」ってわけさ。泊まり出張は事前に書類上げないとならないんだが、事後届け出とか、いろいろ面倒そう。まあ交渉するのは吉野さんだからいいか。すんません課長。
その晩、うまい料理をたらふく御馳走になりながら、村長が貴重な情報を明かしてくれた。この世界の全体像が知りたければ、王都に行けと。当然だが、王都には情報が集まっている。そこで貴重な知識を得ることができるだろうと。王都は、村から川沿いに上流に進んだところみたいだ。
「ただ、王都にはここのところ問題が生じていてな。王も困っておられる」
暖炉の薪火に照らされた村長の顔も、なぜか悲しげだ。
「だがあんたたち異世界人の力があれば、解決の糸口になるかもしれないのう」
「どんな問題なんでしょうか」
吉野さんは、蜂蜜酒に頬を赤く染めている。
「王女じゃ」
村長は、それだけを口にした。
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