5 跳ね鯉村のボディーガード

5-1 いきなり殺されるって、マジかよ!?

 毎日湖のほとりを時計回りに進んだ。湖を一周して、全体地図を作るから。――というのはほぼ建前で、もちろん俺が毎日水着姿を堪能するためだ。


 タマなんか実際、本当に終日水着で過ごしてるからな。「こっちのが戦闘に有利だ」とかいう、こないだの説を実践してるわけよ。


 吉野さんは無理。さすがに恥ずかしいだろうし、そもそも戦闘時に危ないから。いくら後衛とはいえ。


 ただ俺のエロ妄想視線に慣れたのか、水着になっても、あんまり隠さないで全部見せてくれるようにはなった。もう俺がすぐそばにいても、それほど嫌がらない。恥ずかしそうに瞳を細めたりはするが、俺が間近で胸なんかガン見していても、手で隠さず、じっとしていてくれる。


 だから俺、もう吉野さんの体、3Dで完璧に脳内再現できるぞ。あと脳内3D出力プリンターさえあれば、吉野フィギュア量産いつでもOKってくらいで。


 そんな穏やかな日々を過ごしていたが、ある日、転機が訪れた。いや、行く手に人の住む村が出現したのよ。


「あそこになにかある」


 最初に気づいたのは、例によってタマだ。なんだか「人の住む気配」があるって言い出した。


「タマの言うとおり人為的なものだとして、モンスターの巣ってことか」

「多分だが違う。それならもっと汚い。あれはきちんと調和が取れている」


 俺は思い出した。以前雑談に出たレナの話だと、たしかこの世界にも住人がいるとかなんとか。


「レナ、あれが住人って奴か」

「ボクにはまだ見えないけど、タマちゃんが言うなら、そうなのかも」

「平くん、もう少し近寄ってみましょう」

「はい」


 念のためいつでも戦闘できるよう心構えしながら、俺達は注意深く足を進めた。やがて、ぽつぽつ建造物が、俺にも見えるようになってきた。


「たしかに誰か住んでそうだな」

「村って感じがするわよね、平くん」

「そうですね、吉野さん」


 近づいてみると、たしかにそれはもう「村」としか表現しようがない感じ。湖に流れ込む小川には水車小屋が設けられ、中からなにかをく音が聞こえてくる。現実世界の水車同様、穀物でも撞いて殻をはがしているのだろう。


 小川に沿って上流に向かい、一軒家がぽつぽつ見えてきた。家同士の間隔も空いているし、マジ「のどか」としか言いようのない感じ。家自体は木造で遠目にボロく見えるから、それほど豊かではなさそうだ。


「うーん。異世界に住民か」


 ちょうど木陰に倒木があったので、俺達は休憩方々会議に入った。前面の雑木で隠れ、村からは見えないはずだ。


「レナ、住人ってのは人間なのか」

「そうだよご主人様」

「ここは異世界でしょ。モンスターのように妄想から自然発生したのかな」

「ちょっと違うんだけど……」

「最初はそうだったんだ。妄想から発生したとされている」


 どう説明しようか迷ったのか、言葉を濁したレナの会話を、タマが引き取った。


「この世界には、二種類の存在がいる。まずポップアップモンスター。そして住人だ。住人には人間だけじゃなく、いわゆるモンスターも含まれる。住人は普通に生きている。ポップアップモンスターとは違って家庭を持ち、子を産んで育て始めた」

「ご主人様。妄想から出発しながら、リアルな肉体を持つ存在なんだよ」

「使い魔と同じってことか」

「ポップアップモンスターってのは、妄想の仮初かりそめの姿なんだよ、ご主人様。その点、住人は生きて代を重ねる分だけ、リアルの生き物に近い」

「でも死ぬと妄想に戻るんだろ。ぱっと虹になって」

「ううん。普通に亡くなって、お墓もあるよ」

「あたしやレナだって、元々、そうした村の住民だったんだ。平ボスや吉野ボスの召喚候補になったときに、この世界の神様に選ばれたんだ」

「そうそう。タマの言うとおり」


 レナは、俺の水筒のお茶を、蓋でおいしそうに飲み干した。


「あと特殊な存在として、ネームドと呼ばれる、特別なモンスターがいるよ。とってもレアで、めちゃくちゃ強いんだ」

「中ボスみたいなもんか、ゲームの」

「ゲームはボクよく知らないけれど、とにかく強くて、たいてい孤独に暮らしてる。もちろんポップアップモンスターじゃなくて、住人同様、生きて日々、生活しているんだよ」

「へえ……」

「知らなかったわね。平くん」


「んじゃあまあいいや。ともかく相手は人間として、危険なのか」

「うーん……。特に攻撃的じゃないと思うよ。武装することもあるけど、それは村や街を荒らすモンスター討伐のときだけだし」

「俺達は人間だ。見知らぬ人間を見たらどうする」

「ご主人様や吉野さんが異世界人ってことは、ひと目でわかるはず。『成り立ち』が違うから空気でわかるというか」

「マジかよレナ」

「うん。だから普通に歓待してくれるんじゃないかな。この世界の人間は、都会を除けば、孤立した小さなコミュニティーに分かれて暮らしてる。だから、他の村からの客人は大歓迎なんだ。友好的だよ」

「血が濃くなると問題も起こるんだ、ボスのボス」


 タマが俺を見た。なんだか面白がっている風に。


「他の村から来た男は、すごくモテる。子種が貴重だから。お前なんか、他の村どころか異世界人だからな」


 含み笑いしてやがる。


「こ、子種……」


 吉野さんが絶句した。まあ現実世界でも、そうした文化を持つところもあるみたいだから、不思議ではない。まあやたらと子種を求められても、俺は困るが。


 それからも会議が続いた。異世界住人の文化、社会、慣習。現実の日本と繋がった、妄想ベースの異世界だから、日本語が通じるのは助かった。謎の異世界語とか、現実ベースでも英語とか言われたら、俺はお手上げだ。まあ吉野さんは英語うまいらしいけどな。


「なら行くか」


 どうやら大丈夫そうだと判断できたので、立ち上がった。


「村で様子を聞いてみよう。まあ子種は求められないように、注意しておくとして」


 軽口を叩いて振り返った俺の目の前に、槍が突き出された。


「動くな」

「おうふっ!」

「ひっ」


 どう見ても人間。多分村の連中だろうが、刀や斧、鍬などてんでばらばらの武器で武装した二十人ほどが、俺達を睨んでいる。木陰からいつの間にか近接されていたようだ。


「むっ」

「あわてるなタマっ!」


 軽く身を屈め、いつでも飛び出せる戦闘態勢に入ったタマを、俺はあわてて止めた。こっちを殺す気なら、もうやられている。ということは、今戦うのは悪手。ここで暴れれば、俺達は全滅の危険性がある。吉野さんの首筋にはナイフが当てられているし。


「変な気を起こせば殺す。命が惜しかったら、黙ってついてきてもらおうか」


 リーダーと思しき中年のおっさんが、俺の胸を槍の柄で押した。


「わかった。――ちょっと待て」


 俺はレナを振り返った。


「レナ。胸に入れ」

「……うん」


 いつものように入れてやった。ここなら多少は安全だからな。


「レナ」


 小声で呼びかける。


「これが友好的な住民なのかよ」

「えへっ。どこで間違えたんだろう」

「笑ってる場合かよお前」


 漫才を始めた俺達を、異世界人の野郎どもが、表情ひとつ変えずに見ていたよ。油断なく武器を構えたまま。


 なに、俺のサボり左遷人生、ここでジ・エンドってわけか? まさかな――。

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