7-4 クラブハウス確保
「それにしても、動くの早かったわね、平くん」
受け渡し直後、がらんどうの部屋に立って、吉野さんが呟いた。今日は土曜。仕事はない。ここにいるのも、俺と吉野さん、それにレナだけだ。
「ええまあ。前々からなんとかしなきゃって思ってて、不動産サイト見まくってましたし」
「運良く同じマンションが空くなんて、ラッキーだったよね、ご主人様」
「まあなー」
ここは吉野さんが住むマンション。低層マンションで吉野さんの部屋は四階。俺が購入したこの部屋は、最上階の六階にある。
「家具がなんにもないと、ものすごく広く感じるわね」
吉野さんは、部屋を見回した。
「床面積は、吉野さんの部屋よりわずかに広いだけですけどね」
「それにちょっとだけ、ウチと間取りが違うわ。似てるんだけど違うから、なんか変な感じ」
前の持ち主に子供がいなかったとかで、すでに全面リフォーム済みだった。大きなリビングダイニングに、大きな寝室。この二部屋にほとんどの面積を使っていて、あと書斎と嫁の趣味作業用だったとかいう、ふたつの小部屋。
「すぐ慣れるよ、吉野さん」
「そうよね、レナちゃん」
「ここ、みんなで使うんでしょ」
「そうですよ」
毎度毎度、使い魔全員で押しかけて迷惑掛けてた。クラブハウス的に使える場所を確保するのは、火急の課題だったからな。だから適当なマンションを探してたんだが、ラッキーなことにここが中古で売りに出たわけよ。速攻で手付け打って契約したんだわ。間取り的にも、俺達の使い方に合ってるし。
「たしかに、そろそろ拠点は欲しかったところよね」
「でしょ。例のアスピスの大湿地帯の攻略に備えて、いろいろ検討準備もしておきたいし。人数増えたから、旧三木本Iリサーチ社オフィスじゃ対応難しいし」
「あそこ雑居ビルでセキュリティー皆無だものね。物売りの人とかも、勝手にオフィスに入ってくる。だからタマちゃんとかも、見られるリスクあるしね」
猫目はごまかせるが、ネコミミはなあ……。コスプレだと言い張ればなんとかはなるだろう。近づいてきて耳引っ張って確認する馬鹿もいないだろうし。タマが、吉野さんの手伝いでぽちぽちエクセルいじってるのを思い出したわ。格闘上等のケットシーが唸りながらパソコンいじってるの想像したら笑えるが。
「高かったでしょ、ここ」
「まあでも、ダイヤの金があったんで」
「それもそうか」
「みんなのために使うんだから、ちょうどいいよね、ご主人様」
「だよな」
なんせ金だけはある。あの五カラットのダイヤも売れたし。あんとき高く売れすぎたから、あれからは本当に小さなダイヤだけ、天猫堂に持ち込んでいる。とにかく目立ちたくない。
大きなダイヤは、年イチくらいで持ち込めばいいだろ。どうせ次の確定申告のとき、ダイヤ売らんと税金納めるのに足らないだろうし。
吉野さんの部屋の買値は六千万円くらいらしいけど、ここは八千万円ちょいだったわ。立地がいいから値上がりしてるみたいだ。このマンション選んだ吉野父、物件見る目あるな。小さいとはいえ、輸入家具商社を経営してるだけあるわ。
「一括で買ったの?」
「悪目立ちしたくないんで、ローン組みました」
「賢いわね」
ダイヤの売却益と今の年俸、これまで底辺社員として馬鹿にされながら預金してきた分を合わせれば、楽勝で買える。だが今回は、あえてそれは止めた。遺産が入ったという体にして、五千万弱を頭金に放り込んだ。四千なんぼなら、遺産としてまあ納得できなくはない額だ。
残金は二十年ローン。三木本商事のメインバンクは三猫銀行だからそこでローン組むのが通りやすいんだが、変に情報漏れると嫌だからな。だから猫井銀行を使った。あそこの本店とは、ダイヤ用の大型貸し金庫借りたときに繋がりができてたし。
勤め先は、一応売上千億円桁の商社だ。そこの事業部長同等の肩書、年収なんで、ローン審査はすぐ通ったよ。貸し金庫の担当者も口添えしてくれたしな。
まあちまちま返すのも面倒だ。がんがん繰り上げ返済して、二年くらいで完済する予定ではある。
「いつ引っ越してくるの」
「引っ越しはしません」
「えっ」
吉野さん、びっくりしてるな。
「今のアパートは残して、住民票も移しません」
「そうか……」
吉野さんは、感心したように俺を見つめた。
「同じマンションにふたりだと、いろいろ勘ぐられるもんね。平くん、頭いいわ」
「俺達、超高速出世しましたからね。揚げ足取ろうと手ぐすね引いてる奴ら、いっぱいいるでしょ」
「そうよね」
「家具も向こうのアパートのはそのまま。ここには適当な奴を新しく買いますよ」
寝室に超キングサイズのベッドをふたつ並べないとならんしな。リビングダイニングには、全員で飯食える大テーブル。会議もできるしな。
あと大型冷蔵庫を二、三台。トリム用のなんちゃってビールを大量にキープしときたいし。コンビニでいちいち買うの面倒だから。ああそれに、あいつの好きなスイーツ、「ドナツー」とか「エレクア」も。
考えたら、トリム以外もそう。ウチのチームは俺以外みんな女子だから、スイーツ需要は高いんだわ。定期的に補充しとかないとな。……この際「オフィスグリネコ」のお菓子でも入れるかw
「平くんはこっちに住むんでしょ」
「ええ、だいたいは。ダイヤのほとんどは貸し金庫に収めたとは言うものの、いろいろ隠しときたいアイテムが、今後も手に入るでしょうしね」
「そうね。向こうの世界に置いておきたいものはニルヴァーナに預けてあるとはいうものの、頼りっきりというのも悪いしね」
「ええ」
シタルダ王国に貢献したということで、マハーラー王からは、王宮に一室、自由に使っていい部屋をあてがわれている。これまで入手した貴重なアーティファクトなんかで自動で出現しないものについては、多くをそこに収めてある。
転送ポイントにもしてあって、勝手に出入り自由の許諾を得ている。だから王に挨拶することすらなく、異世界業務開始時と定時で現実に帰る際、だいたいそこに寄って装備を出し入れする。部活のロッカールームのようなもんさ。
王宮に行くのでもその部屋を使えばいいから、これまでのように王都の近くから歩く必要もない。王宮警備上どうかとは思うが、王も王女も、近衛兵の隊長やらミフネまでもが認めてくれている。
「このマンションなら入り口にセキュリティーがあるから、安心だよね、ご主人様」
「そういうこと。向こうにはたまに泊まるくらいになります。状況確認と、カモフラージュで」
「わあ……」
吉野さんが微笑んだ。
「うれしい。なら基本、毎日平くんと会えるわね」
俺の手を取ってきた。
「そうですね」
「平くん……」
「吉野さん……」
「……」
「……」
「……」
「もう。いつまで見つめ合ってるの、ご主人様」
レナが呆れたような声を出した。
「今日、さっそく家具と家電買いに行くんでしょ。早く行こうよ。猫塚家具とネコリ。あとネコダ電機」
「おお悪い。そうだったな。次の週末には届けてもらわんとな」
「家具が届いたら、みんなの服やなんやかやも買っておきたいわね」
「そうですね。食器やタオル、それこそ石鹸やら洗面グッズ、食料品にお茶とか。……いくらでも出てきますね」
「そっちは私が考えて注文しておくわ。猫印良品とか猫越百貨店で。マネジャーの小山さんに、名刺もらってるし」
猫越百貨店外商部マネジャーの小山さんか。俺がスーツ作ったときに仕切ってくれた人だ。そういやあのスーツ、そろそろ仕立てが上がる頃だよな……。
いずれにしろ小山さんならもう、家具やら生活用品やらのカタログ山ほど抱えて、秒速で飛んできてくれるに違いない。
「頼みます吉野さん。ここの鍵、吉野さんの分もありますからね」
「うわ、楽しみ」
吉野さんが抱き着いてきた。
「……なんか、新婚さんみたい」
「吉野さん……」
「平くん……」
吉野さんの顔が近づいてきた――が、レナが間に割って入った。
「もうっ。これじゃ全然出掛けられないじゃん」
「悪い悪い」
名残惜しいが、吉野さんをそっと離した。
「今行こう。買い物多くて疲れるから、晩飯は外食な」
「レナちゃんいても大丈夫?」
「平気です吉野さん。暗いバーを選ぶんで」
「ならいいか」
吉野さんは微笑んだ。
「あと、近所のスーパー視察しないとね、ご主人様」
「なんで。そんなの後でいいでしょ。レナちゃん」
「だって吉野さん、お弁当が半額になる時間帯とか弁当争奪ライバルとか、チェックしとかないと。大事だよねー、ご主人様」
「あら……」
吉野さんに笑われたわ。レナの奴、余計なこと言うなっての(怒)
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