7-3 ペルセポネーの略奪
「それで僕を訪ねて来られたのですか」
天使亜人キングーは、真剣な瞳で俺を見つめてきた。
「ああ。魔族の陰謀となると、どうにもキングーに情報を頼るくらいしか思いつかなくてさ。悪いな」
「なにしろキングーさんは天使と人間のハーフでしょ。天使なら、魔族のことには詳しいかと……」
「いいんですよ吉野さん。なんと言っても平さんたちは僕の恩人ですからね」
「わしらも平殿の役に立てて、なによりじゃ」
口を挟んだのは、ウェアウルフの亜人、リュコス。俺達が国境の川で溺れたとき、助けてくれたライカン村の村長だ。
今俺達は、ライカン村、リュコス村長の家で、ランチのもてなしを受けているところだ。
「それにしても、山頂のいつもの小屋にいないから困ったよ」
「ええ。以前、平さんから山を下りて人と交わったらどうだと言われていたので」
キングーは微笑んだ。
「こないだ会ったとき、山を下りる準備してたろ。だからきっと近場のライカン村に違いないって思って訪ねてきたら、案の定だ。……会えて良かった」
「それは僕もです……」
じっと見つめられた。
「それより、あんたらもっと食べなされ。川で捕れた魚じゃ」
「ありがとうございます。おいしいですね、これ」
串に刺して焼いた細い魚を、吉野さんは器用に食べている。マジこれうまいからな。鮎のような香り高さがあって。スマホ形態のキラリンを除き、トリムもレナもせっせと食べている。
――ああ、タマか? 魚とくればあいつは目が無い。もう三匹め終わって、四匹目に入ってる。
無言で食べまくるケットシーを面白がり、配膳のオネエが次々に魚を運んできてるわ。オネエってのは、文字通り。鷲のような羽が背中に生えてるからハーピーの亜人だと思うが、男なのに明らかにオネエだ。モンスターの世界にも同性愛ってあるんだな。
「平殿がこの村に網だの釣り糸、釣り針を寄付してくれたでの。魚がどんどん穫れるようになって、この村も食うや食わずから少しは改善できたのじゃ」
キングーのことを教えてくれた礼に、こないだ漁労道具をいくつか持ち込んだんだわ。
「あの道具は不思議じゃ。糸も透明だし。……あんたら、海沿いにある、遠い漁村の出身じゃろう」
そりゃ、水産国日本が世界に誇る「地球猫印」ブランドだからな。
「まあそんなもんです」
口を濁す。異世界から来たとは話してない。
「外洋側の海は危険だでのう。岸を離れて進みすぎると、モンスターに襲われるらしいし」
「そうですかね」
「ああ。魚が多いのは沖じゃから、漁師に必要なのは、技術より岸との距離を測る勘だというし。……知っとるじゃろうが」
「まあそうですね」
適当に話を合わせる。
「それでどうかな、キングー。コレー……ペルセポネー、どっちでもいいけど、とにかく彼女の居場所わからないかな。魔族がさらったとして、どこにいそうかと」
「そうですねえ……」
水を飲んで、キングーはなにか考えている。キングーは飯食う必要ないのみんな知ってるから、料理の皿は出されていない。
「たしかに天の関係者ならわかるかもしれません。とはいえ僕は天使の子といえどもヒューマンとのハーフですし。……母に訊いてみましょう」
「おお。噂の魔法映像じゃな」
リュコス村長が叫ぶと、居合わせた村民がどよめいた。
「わしも早く見たいわい」
「おお」
「アタシも見たあい」<これオネエな
「では……」
懐から、キングーがイシスの白真珠を取り出した。当然だが、肌身離さず持ち歩いてるんだな。
「今、母を呼びます」
天使が立体映像として姿を現すと、どよめきがさらに巻き起こった。誰かが報せに走ったんだろうが、ガラスもなにもない窓から大勢が中を覗いている。そのせいでちょっと暗くなったくらいだ。
「――という次第なんです、イシスさん」
「そうですか……」
俺の説明が終わると、イシスは眉を寄せた。
「ペルセポネーをさらわれたなら、ハーデスが冥界を飛び出すのもわかります。……仲いいですからね」
「嘘でしょ。元々誘拐して嫁にした悪党だし、ハーデスって」
「いえ平さん。それはそうなんですが、そこには色々な事情があって」
口を濁している。
「はあそうなんですか」
ここの天界って、唯一絶対、
「猛り狂ったハーデスが普段の冷静さを無くしていても仕方ないですね」
「冷静なんですか」
吉野さんは、興味津々といった様子だ。
「冥界に落ちた亡者を導く存在ですから。冷静で公平な男ですよ」
「なるほど」
「魔族はなぜ彼女をさらったのかな」
俺の胸から、レナが発言した。
「それはわかりません。……なにか魔族なりの大きな理由があるはずです。冥王を敵に回すのは、魔族にとっても危険な行為ですからね」
「ハーデスを脅して冥界を支配するためとかじゃないの」
魚を食べ終わったトリムは、デザートとして出されたどっさりの赤い花を、次々口で吸って蜜を味わっている。俺も食べたけどこれうまいわ。ちゅっと芯を吸うと、苦味混じりの甘い蜜が出てきて。
「それかうまくおびき出してドワーフを襲わせるためとか。知らないけど」
どうにも、ドワーフが絡むと判断力が鈍るな、トリム。
ブブッと音がして、テーブルに置いた謎スマホが震えた。通知だろう。見るとキラリンからのメッセージが来ていた。
「そもそも誰がさらったんでしょうか。魔族といってもいっぱいいますよね」
キラリンの質問を、読み上げる。
「わかりません」
イシスは首を傾げている。
「もしかしたら、魔族の内紛と関係があるかもしれません」
「新サタンが追い出されたとかいう奴ですか」
「ええ」
劣勢とかいう新サタン派がペルセポネーを誘拐して、ハーデスを操り反サタン派を攻撃する狙いとかかな。
「それより問題は、ペルセポネーはどこにいるかだ」
タマが鋭く斬り込んだ! ……ってお前、今さっきまで無言で会話にも参加せず魚がっつき食いしてたくせに、かっこつけるな。腹一杯になったんだな、きっと。
「先程、話を聞きながら、それは探ってみました」
おうっ。さすが天使。頼りになるわ。
「魔族の力を感じる場所は、地上でもそれなりにあるんですよ。この大陸にもいくつか。特にここ百年ばかり急激に活動が強まったのは……アスピスの大湿地帯」
「そこが怪しいんですか」
「ドワーフ王が倒れたのも、その頃だよ。ご主人様」
「なるほど」
時期的に合うってわけか。しかも魔族の活動が強まったのなら、なおのこと怪しい。
「アスピスの大湿地帯なら知っている。厳しい土地だ」
タマが唸った。
「とてつもなく広い。魔法で封じられた、毒の瘴気を発する場所だ。もちろん生物は生きられない。……魔族でもなければ、近づくことすら無理だろう。しかもここからは遠い」
「キングーをお連れなさい」
あっさりと、イシスが告げた。
「はい?」
「キングーの周囲にいさえすれば、瘴気の毒が中和されます。それに、キングーが進む道の周辺だけは、魔族の封印を解けますからね。天使の血を引いているので。……それしかありません」
キングーに向き直る。
「他にも、キングーを連れていれば、なにかと役立つことがあるでしょう。……いいですね、キングー」
「はい」
キングーは、改めて俺を見つめた。
「大恩があります。僕が平さんの役に立つなら……」
俺の手を取った。
「ぜひにでも」
「あ、ありがと」
でもいいのだろうか。魔族に殺されるかもってのに。そう言うと、イシスは笑った。
「いいのですよ。それに私も母として、我が子キングーの幸せは願っていますからね」
「母……上」
キングーは赤くなった。俺の手をさっと離す。
「それにしても、問題山積だな」
タマはまだ唸っている。
「まず遠い。近づくだけで時間が掛かる。湿地帯に入ってからも厳しい。なにせ足場が悪いから、モンスターがポップアップしたときが心配だ。今のあたしらの力なら、雑魚は楽勝だ。だが湿地帯では動きが制限されるから、雑魚と言えども一戦一戦、気を抜けない。侮れないぞ」
珍しく溜息などついている。
「それなら大丈夫だ。キングーの周囲にはポップアップ型のモンスターは出現しない。そうでしたよね、イシスさん」
「そのとおりです」
「実際僕は、独りで世界を回ってきましたし」
「そう言えばそうか」
だが、タマの表情は固いままだ。
「となると問題は、目的地だな。連中の本拠地のひとつなのだから、中心部には高レベルのモンスターが多数いるはず。ポップアップ型でなく、定着して暮らすタイプだ。あたしらは十人もいない。ただでさえ敵が強い上に、手数でも負ける」
「どうする、平くん」
「行けるところまで進みましょう、吉野さん。……それにひとつ、考えもあるんで」
「わかった」
吉野さんは微笑んでくれた。
「平くんが決めたことだもんね。私も頑張るわよ」
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