7-2 ビアドランカーの絆w
吉野マンションのリビングで、コーヒーの香りと味を楽しみながら、俺達は地下迷宮での出来事を振り返った。
冥王まで含め、とりあえず敵の姿は確認した。冥界の大穴も。大穴の脇には転送ポイントを確保した。破邪や破魔効果で、敵を遠ざけられるのもわかった。ただし、冥王ハーデスにはなんの効果もなかったが。
「どうやったら、あのハーデスを穴に落とせるんだろうな」
それさえ成功すれば、あとは天使イシスにもらった黒真珠で封じるだけで、すべて解決する。
「難しいだろうな、平ボス」
タマが即答した。
「敵は姿を消して瞬間移動できる。こっちを殺すなど、蟻を踏み潰すより簡単だ」
「平、さっきはあいつ、あたしたちを神の使いと勘違いしてた。だから話をしてくれたわけでしょ。でも次は違う。多分姿を見た途端、襲ってくるよ」
「どうでもいいがトリム。コーヒー飲め。なんでひとりだけ、なんちゃってビール飲んでんだよ。会議中だぞ」
「だあってえ、こっちのが落ち着くんだもん」
ビール(なんちゃって)ぐいーっ。
「ぷはあーっ。おいしい」
「お前は……」
こいつはほんとに……。まあいいか。今日は死にかけた。今は、少しくらい風紀を緩めてもいいだろう。
「つまり正攻法では突破できそうもないってことだね、お兄ちゃん」
「まあなー」
キラリンは殊勝に、コーヒーで我慢してる。こいつも中身はおっさんじみてるから、ビールやチューハイやってても不思議じゃないんだがな。俺が死にかけたから、多分自重してるんだろう。
「なんか別のやり方があればいいんだがな」
「ご主人様」
「なんだレナ」
死にかかったせいか、今日はレナが胸に収まったまま離れない。コーヒーにしても、俺のカップからおこぼれを飲むだけ。自分用の超小型カップには見向きもしない。あれ使うなら、テーブルに立たないとならないからな。
「ハーデスがこっちを神の使いと思い込んだの、吉野さんが構えたミネルヴァの大太刀を見たからだよね」
「ああ。そう言ってたな。それとイシスの黒真珠な。あれは天使にもらったアイテムだし」
「ねえ平くん。今思い出したけど、ハーデスって、元々ギリシャ神話の神でしょ」
「そうらしいですね、吉野さん」
「ミネルヴァはローマ神話の知恵の神。ローマ神話はギリシャ神話に大きな影響を受けているから、関係が深い」
「だから俺達を神の使いと思ったんですかね」
吉野さんは、コーヒーカップを置いた。
「ハーデスは、コレーを連れてこいって言ってたわよね。私達を、そのための使いだと思い込んでた」
「そう口走ってた。たしかに」
そうじゃないとわかったら、急に襲ってきたわけで。
「ということは、コレーというのも、ギリシャ神話絡みじゃないのかな」
「なるほど。それはありそうかも。神とか英雄かな。俺が知ってるのはゼウスとかポセイドン、ヘラクレスとかの有名どころだけだけど。……ちょっと調べてみますか」
「今調べたよ、お兄ちゃん」
キラリンが手を上げると、チェインメイルが金属音を立てた。考えたら、全員鎧姿で現実世界にいるとか、なかなか違和感凄いなw
「頭の中で検索してみた」
さすが謎スマホだけあるな、キラリン。
「コレーはね、全知全能の神ゼウスと、豊穣神デメテルの娘。やっぱりギリシャ神話だったよ」
「てことはコレー、両親ともエリートの、超絶お嬢様キャラじゃん。そんなお嬢様に、王とはいえ冥界の存在が、どんな用があるんだよ。文字通り、天と地だろ」
「ハーデスはコレーに一目惚れして略奪したんだよ。冥界に連れ去り、妻としたんだって」
「待てよ。ハーデスの嫁は、ペルセポネーとかいう奴だろ。女王として、ハーデスと共に冥界を支配してるって話だったじゃないか」
「その通りだよ。地上や天界にいるときは、コレー。冥界に落ちるとペルセポネーって呼ばれるみたいだよ。お兄ちゃん」
「同一人物ってことか」
「ちょっと整理してみようか、平くん」
「ええ吉野さん、お願いします」
家庭用の小さなプリンターからA4用紙を引っこ抜いて持ってくると、ペンでなにか書きながら、吉野さんが説明を始めた。
「ハーデスとペルセポネーは、冥界を支配していた。……でも、なんらかの事情があり、ペルセポネーは消えた」
「もともと略奪婚だし、逃げたとかですかね。だとしたら今は父ちゃん、つまりゼウスの元にいるとか」
「もしそうなら、天使イシスが知っていただろう」
タマが口を挟んだ。
「なにせこっちは、ハーデスの倒し方をイシスに訊ねたんだからな。知っていたら、そのとき教えてくれたはずだ」
「たしかに」
「ハーデスはコレーと呼んだ。つまり冥界ではなく、天か地上にペルセポネーはいる。でもタマちゃんが推理したように、天にはいない。ということは、つまり……」
「地上のどこかか」
「ならご主人様、ペルセポネーを探し出せば、ハーデスと交渉できるんじゃないかな。冥界に戻り、地下迷宮をドワーフに明け渡せって」
「そうだな。コレーだかペルセポネーだかを連れて行けば、少なくとも話も聞かずに殺されるってことは、ないだろうし。ハーデスのさっきの態度からして、地下迷宮から撤収してくれる可能性は、それなりにありそうだ」
「でも平くん。ペルセポネーさんがハーデスの元から逃げたんだとしたら、戻ってはくれないと思うの」
「ですよねー。無理やり嫁にされたわけで。それにゼウスの元から問答無用で誘拐したくらいだし、ハーデスの野郎は荒っぽい。もしかしてDVとかされてたかもだし」
「まずはペルセポネーを探し出し、事情を聞くことからだろうな」
タマがまとめてくれた。たしかにそうだわ。
「ねえご主人様。ハーデスは、ボクたちを神の使いでも、魔族の交渉人でもないって言ってた」
「そうだったか? レナ」
「うん。ボク覚えてるもん。『魔族』の『交渉人』だよ。ってことは――」
「そうか。交渉相手なんだから、ペルセポネー失踪には魔族が絡んでるってことか」
「どうもそのあたりが臭そうね、平くん」
「でも、逃げ出すのに魔族の力なんか借りるかな」
トリムは首を捻っている。
「冥界の仲間ならわかるけど。魔族とか、あんまり人助けはしないと思うんだ」
「もしかして、魔族に誘拐されたんじゃないかな、お兄ちゃん」
「うーん……」
なんてこった。コレーって娘は、冥王に誘拐され無理矢理嫁にされた挙げ句、今度は魔族に誘拐されたってことか。全知全能の神の娘にしては、どえらく不幸の星を背負ってるな。かわいそうに。
「たしかに、その線はいちばん可能性がありそうだ。……これで今後の方向性は見えたかもな」
「まずコレーことペルセポネーを捜すんだよね、ご主人様」
「そうだ、レナ。魔族に誘拐されてたなら、取り戻す。彼女の希望を聞いて、ゼウスかハーデスの許に送り届ける」
「ドワーフの地下迷宮に陣取るハーデスには、その段階でどう交渉するか考える必要があるな」
「タマの言うとおりだ。とはいえゼウスの許にコレーを返したパターンでは、地下迷宮には行けないだろう」
「嫁はお父さんに返しました、なんて話せないわよね、平くん」
「ええ吉野さん。今度こそハーデスに瞬殺される。多分怒りの矛先にされるから、杖一閃どころじゃなくて、細切れにされそうw そんときゃ、ドワーフには諦めてもらうしかない」
口に出して改めて感じたが、これ全部解決するとか、どえらく厳しいミッションでないかい。俺、トム・クルーズじゃないぞwww
「でも平くん、具体的にはどう動くの?」
「お兄ちゃん。片っ端から魔族と戦って、脅して情報を聞き出すとか、どう」
「キラリン。お前、意外に過激だな」
「そうかな」
ああ。普段は女子学生みたいな制服姿だからな。
「ご主人様、使い魔候補のグレーターデーモンかサタンを召喚して訊いたら? 魔族だよ」
「サタンだと、聞く前にこっちが殺されるか、怪しい契約させられるだろ、レナ。グレーターデーモンならワンチャンあるが、キラリン情報だと使役が難しいみたいだからなあ……」
できれば、他の手法を探りたい。
「まあ、道筋は整理できた。ここで異世界に戻ろう。予定通り向こうで説明し、正規ルートで現実に戻る。今日は厳しかったし、仕事はもう忘れてぐっすり眠る。今後のことは、明日、異世界には行かずに時間を掛けて検討しよう」
「えーっ……。もうみんなで話せないの、お兄ちゃん」
「キラリン、へそ曲げるな。仕事は毎日ある」
「でもあたし、向こうだと基本、スマホ姿だし」
すねてやがる。まあ、気持ちはわからなくもない。ただただじっとしているだけのスマホ姿より、自由に動いて発言もできる人型のほうが、絶対楽しいだろうしな。
「あたしもなんちゃってビール飲みたい」
「トリム、お前はどうせ俺んちに湧いて出るだろ」
「みんなで飲みたいもんっ」
「お兄ちゃん、あたしもビール」
しょうがねえなあ。
「……お前ら、吉野さんの迷惑も考えろ。俺んちだと無理だから、またここだろ」
「あら、私ならいいわよ。にぎやかなほうが楽しいし。最近、みんないない夜は寂しくて。……でも平くんが困るか。着替えとかなんとか。うちにもっと服置いておく?」
「まあ平気です。……みんなまだ話し足りないみたいだし、じゃあ悪いけど、今晩はお泊まり会にしましょうか」
「やったあ」
キラリンとトリムがハイタッチした。ビールドランカーの絆だなw
実際、最近はお泊まり会増えてて、吉野さんに迷惑かけ通しになってる。いつまでも甘えず、なんとかしなきゃならない。これについては考えていることがあるんで、すぐにでも対応するつもりだ。
「そうと決まれば、そろそろ戻るぞ。カップ洗いは、キラリンとトリムがやれ。お前らの希望で今晩飲み会になったんだからな」
「了解だよ、平」
「さすがお兄ちゃん。嫁思いのご主人様だけあるねっ」
トリムとキラリンが、もう一度ハイタッチした。なんか仲いいじゃないかwww
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます