7-5 社長公式会議で言いたい放題するw

「遅いっすねー社長。いっつも待たせるんだからなー。あのハゲ」

「平くん」


 吉野さんに小声でたしなめられた。


 俺と吉野さんの前のソファーには、俺達の上司たる、経営企画室長が座っている。社長ハゲ発言は、聞こえなかったことにしたみたいだな。素知らぬ顔で、湯呑の茶の湯気なんか見つめてるし。


 ここは社長室脇の、役員応接室。マンション引き渡しを受けた週明け、社長に呼び出された俺と吉野さんは異世界にも行けず、例によって社長の時間が空くのを待たされてるってわけさ。


 今日はオフィシャルな会議ということで、裏会議用のワインバーじゃない。なんたって、経営企画室の室長まで呼ばれてるからな。


「お待たせしました」


 ドアが開いて、社長秘書が顔を出した。


「皆様、こちらに」


 社長室に導かれると、社長がパソコン画面を閉じたところだった。そのままソファーに座る。手で指示されたんで、俺達は向かいに腰を下ろした。


「経営企画室の居心地はどうだ」


 茶のサーブが来ると早々に、いきなり斬り込んできた。


 てか室長の前だしなー。


「実務基準ですべて判断するので、合理的。いい部署だと思います」


 さすがは吉野さん。いい答えだ。しかも嘘やおべんちゃらじゃないし。


「平くんは、どう思うんだ」

「そうっすねー……」


 社長に振られて考えた。吉野さんと同じようなこと言うのも、つまらんな。


「経企はお手本ですよ。もう社内の全部署、ここにいる室長に仕切らせたらいいんじゃないすか」

「ぶほっ」


 いつもは冷静沈着な室長が、茶を噴いた。


「それだと、次の社長にしろってことになるな」


 社長は苦笑いしてるわ。


「それでもいいんじゃないですかね。ウチは古臭いっすよ。いつまでも他人や他部署の足の引っ張り合いばっかしてるし。そんなん五十年は前の、昭和の会社っしょ」


「言いたいことは、わからなくはないが……」


 まだ唇の端を曲げたままだな。


「だが一朝一夕に変えられるもんじゃない。そうなった経緯があるし、そもそも人間は変わらないものだ」

「平シニアフェローは、いつもこんな調子ですか」


 経企の室長が、こらえきれずに口を挟んできた。社長にがんがん勝手なことを吹きまくる俺を見て、さすがに呆れたんだろう。


「こいつは、いつもこうだぞ。……いや、今日はいいほうだな。前は使い魔を連れてきて、私の首を締めさせたし」


 言葉に反して、社長は面白そうな顔つきだ。


「はあ……」


 室長にまじまじ見つめられたわ。今初めて発見した、奇妙な新種のトカゲを見るような目つきだしw


 いやあんときは、タマが勝手に締めただけだし。そもそも社長が、異世界食堂に一円も出さないとかケチ臭いこと言ったからだし。


「台風の目と、社内で噂されるだけはありますな」

「まあなあ……」


 眉を寄せたまま、社長はソファーに背をもたせた。


「そうおだてられても俺、もう出世の目はないし」

「それは仕方ない。前も話しただろ、平くん」


 社長は室長に向き直った。


「吉野くんと平くんの、経企での仕事ぶりはどうだ」

「はい」


 少し考えてから、室長は口を開いた。


「異世界で、筋の悪い新資源を探してます。だからまあ、実績はゼロですね」


 厳しいwww


「ほう」

「とはいえマッピング距離は、むしろ異動前より増えてます。そちらで我が社の業績に十二分に貢献してますから。誰にも文句を付けられる筋合いではありません」

「なるほど」


 頷いてるな。


「それに新資源が見つかれば、奇跡の大逆転ですしね」

「まさに経営企画室向けの案件ということか」

「経企のスタッフは全員、そう判断しています。もちろん私も」

「うん。いい働き方だ。吉野くんと平くんの異動は、正解だったな」


 満足そうに、社長は顔を緩めた。


「ところで社長、俺と吉野さんがいなくなった三木本Iリサーチ社は、どうなんです。業績とか」


 ちょっと気になってたからな。


「連中か……」


 瞳を閉じ天井を仰いで、社長はしばらくなにか考えている様子。どこまで話すべきか、どこまで露骨に話すべきか、検討しているのかもしれない。なにせ今日は、裏会議の部外者である経営企画室長がいるし。


「吉野くんと平くんのマッピング距離で下駄履いてるから、業績はいい。……ただ連中自体の成果は、話にならんな」


 淡々と続ける。


「なんでも、資源が眠っていそうなフィールドには全然出ず、王都から四方に伸びる街道を、ただただあっち行ったりこっち行ったりしてるらしい」

「街道なんかに資源はありませんよ」


 思わずツッコんだ。


「もちろん、そうだろう」


 街道にはモンスターなんか、ほとんどポップアップしない。連中、どこまで戦いが怖いんだよ。こんなん笑うわ。


「でも街道なら安全だし、道も整備されてます。距離自体は稼げますよね」


 吉野さんが指摘した。


「なら補助金は増える。資源なんか見つけなくても距離さえ稼げれば、補助金が増える仕組みですし。……だから問題ないんじゃないですか」

「たしかに街道は安全という話なんだが、それでも距離が伸びなくてな。……君はなにか聞いているか」


 室長に振ってきた。


「そうですね……」


 室長は考えている。なんせ相手は社長だ。変なことを言うとヤバい。


 まあ俺は、社長相手でも好き勝手言いまくるがな。全然気にしない。どうせもう出世はしないし。


 それにたとえ底辺に戻されても、関係ない。ダイヤあるし。最悪、謎スマホ取り上げられたり会社を首になっても、自由に異世界に行ける裏技まで確保してある。キラリンが使い魔になったからな。


「私には直接業務のつながりがないので、あくまで噂ですが……」


 お茶を飲んでタイミングを外してから、室長が続けた。


「使い魔がトロ臭いから距離が伸びないとかなんとか。川岸課長は、そんなように説明しているようです。噂では」

「まあ所轄役員が多いからな。今のあそこは」


 社長は、なんか面白がってるような顔つきだ。


「そりゃ誰かが漏らす。噂も広がるだろうさ」

「そんなん社長、川岸の野郎の判断ミスですよ」


 俺があいつを「野郎扱い」したのに驚いたのか、室長の眉がわずかに動いた。


「だってあいつ、ゴーレムなんか使い魔に選んでましたからね。ゴーレムは防御力と怪力に全振りしたモンスター。いいモンスターではありますが、足はのろいし知恵も足りない。マッピング事業の従業員としては、相性最悪です。あんなの選ぶとか、頭おかしいとしか思えませんね」

「相変わらずだな。君の毒舌は」


 苦笑してるわ。


「私はファンタジーとかモンスターは知らんし苦手だ。……だが異世界で業績を上げている平くんの言う事なら、正しいんだろう。吉野くん、君はどう思う」

「使い魔候補は三体あるはず。他の候補を追加すれば、少しは改善されると考えます。ゴーレムは探索時には使わず、戦闘時に召喚するとかして運用すればいいし」

「なるほど。さすがは吉野くん。いい意見だ」


 社長は茶を飲んだ。続ける。


「ちょっと嫌だが、そんなような助言をしておくか、役員連中に」


 嫌だという発言に、室長がまた眉を動かした。


 普通、社長のような神輿の上の人間は、部下の好き嫌いは決して口にしない。言葉が独り歩きして大騒ぎになるからな。口にするのは、よほど信頼できる人間に対してだけだろう。


 つまり俺や吉野さんと社長の関係、室長も少しは理解したことになる。加えて、自分がその信頼の輪に入ったことも。


「いずれにしろ社長」


 室長が口を開いた。


「私の見るところ、吉野シニアフェローと平シニアフェローは、充分、その地位にふさわしい活躍をしています。……ただ異例中の異例の速度で出世したため、社内に反発が大きいのも事実」

「うむ」


 わかってるという表情で、社長が認めた。


「だからどうした」

「……」


 室長は黙っていた。どう切り出すか、考えているのかもしれない。


「遠慮せず、続けたまえ」

「優れた才能は、我が社の未来の宝です。それは護るべきかと」

「……ふむ。まあ……言わんとすることはわかる」


 値踏みするかのように、社長が室長をじっと見つめた。室長、はっきりとは言わなかったからな。どうすべきか。


「君はそつがないな。平くんが社長にしろと言うわけだ」


 また湯呑を口に運んだ。


「平くんなんか、とても社長になんか置けん。我が社が滅びる」


 つるっと言い放つ。おいおい社長www まあ俺もそうは思うが。


「……でも君が仕切る三木本というのは、面白いかもしれん」

「いえ。そのような大役、私には務まりません」


 室長は、首を振ってみせた。


「そう言うな。たしかに経企は出世コースとはいえ、商社花形の営業部門じゃないしな。経企は上から社内に仕組みを作っていく部署だから、現場の反感も買いやすい。社長レースライバルの営業役員は、それをうまく利用して社内を扇動する。……つまり社内抵抗は、とてつもなく大きくなるはずだ」


 そこまで言うと、社長はひと息置いた。続ける。


「だがまあ安心しろ。君がその入り口に立つ頃には、我が社は平くんがさんざっぱら引っ掻き回し、大掃除した後だろうからな」

「社長、俺のこと、なんだと思ってるんすか」


 思わずツッコむ。


「なにもくそも、三木本商事史上最大の、社内問題児。天下無双の無責任男だ。社内を大掃除した後に、どうせ辞めるだろう、君は」

「身も蓋もないわwww」

「君の器は、窮屈なサラリーマン社会には収まらないってことだ」

「それでフォローしたつもりっすか」


 マジ、なんだよ社長。


「君からどう見えるかは知らんが、私は吉野くんと平くんのコンビ、かなり気に入っているんだぞ。たとえ辞めても、その後もいろいろ面倒は見てやるから安心しろ」

「安心できるかっwww」


 俺の事は別にどうでもいいんだが、吉野さんをいじめるクズどもを退治せんとならんしな。当面は会社に居場所がほしいんだわ。


 自分を社長候補にという社長の爆弾発言を聞いても、室長は、なにも言わない。俺と社長の漫才を、ただ黙って見つめていた。

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