7-6 川岸が殴り込んできた

「うーん……」


 翌朝。経営企画室にある自分の個室で、俺は紙を前に唸っていた。アスピスの大湿地帯に向けて旅立つための装備一覧だの戦略だのを、ブレスト的に紙に走り書きしていたんだわ。


「湿地帯ってくらいだ。防水透湿でマッディーな足元でも滑りにくい、特殊な靴はやはり必要だったな」


 実はもう、装備は一通り揃えてある。今は漏れがないか再確認しているところだ。


 吉野さんとふたりでやりたかったんだけど、あっちはあっちで忙しい。今頃やっぱり個室で、経営企画室に上げる週次リポートをまとめて――というかでっち上げているはずだ。


 なんせ俺達別段本気でレア資源探してるわけじゃないからな。あれは方便で、実際は遊びつつ延寿の秘法を探して回ってるだけで。


 レナも隠してある。ここで使い魔見られると、いろいろ噂になるから。


「ふう……」


 デスクにどんと置いてあるリッターの安物PB茶ペットから、カップに茶を注ぐ。小型冷蔵庫くらいあれば気が利いてるんだが、経営企画室の各人が与えられてる部屋は、「個室」とは名ばかりの狭い空間だからな。コミックカフェの仮眠個室かよってくらい。俺のデスクとキャビネットがあるだけで、他はなにもない。てか置けるスペースがない。


「やっぱ、シニアフェロー個室、もらっておくべきだったか」


 俺と吉野さんはシニアフェローに昇格した。だから本来、もっと立派な個室が与えられるんだわ。ただ、経企にそんな空きスペースはない。総務からは役員フロアに確保すると言われているんだが、現場を離れたくないから断っている。


 それにだいたい旧三木本Iリサーチ社のボロ雑居ビルにいることのが多いから、なおのことだ。もっと言っちゃえば、俺も吉野さんも、業務時間の多くは異世界で過ごしてるわけで。社内スペースが、もったいないじゃん。


 総務からは「あんたは良くても個室なしだと後続のシニアフェローに悪い前例となるので移ってくれ」とか言われてるわ。この大意を思いっ切り砂糖菓子にくるんだ表現で。後続が個室を希望しづらくなるとかなんとか。


 これだからリーマン社会はなあ……。ちまちましたこと、気にしすぎだっての、みんな。業務で個室が必要なら、シニアフェローに限らず、誰でも稟議を回せばいいじゃねえか。


「馬みたいに横にらみで腹の探り合いばっかしやがってよ」


 思わず愚痴った瞬間、突然扉が開いて、誰かが勝手に入ってきた。


 見覚えのあるイタリアンクラシコw のスーツに、赤いネクタイ。川岸の野郎だ。まだタイの締め方、でたらめだがな。


「社長にチクったろ」


 いきなり、がなり立てる。


「はあ? なんの話だよ」

「お前、どこまで俺の邪魔すんだよ」

「だから、なんの件だっての」

「お前、使い魔に関して、社長通して圧力掛けたろ」

「ああ。そのことか」


 やっとわかったわ。昨日、社長や経営企画室長と会議したときの発言の件か。


 でもそんなん知らんし。あれ、社長に意見を求められた吉野さんのアイデアだ。それを勝手に社長が流したわけで、俺の知ったことじゃない。そもそも正しい助言だしな。


「俺の上の役員から、直接指示されたぞ。社長のご意見なんだから、ありがたく取り入れろってな」


 息巻いたせいで、顔が赤くなってるな。過呼吸寸前ってとこだ。


「取り入れたらどうよ。使い魔の残り二体使わんのも、もったいない話だし」


 一応相手はしてやる。


「こっちにはこっちの考えがあんだよ」


 座らせる場所もないので、川岸は立たせておく。


 誰かが来て話になれば、普通は経企のミーティングスペースに案内する。だが今ちょうど別の会議やってるし。そもそもこいつに、そこまで気を遣う必要も義理もない。アポも取らずに押しかけてきたんだし。


「考えねえ……。お前、ゴーレム以外の使い魔候補はなんなんだよ」

「ウェアラットとリッチだ」


 ほう……。


「どちらもレベルが高すぎて、俺が召喚すると危険らしい」

「はあそうすか」


 こんなん笑うわ。ウェアラットって、俺が異世界初日に倒した雑魚中の雑魚じゃないか。


 あれが高レベル扱いって、川岸の野郎、どんだけ異世界適正ないんだよ。偉そうにふんぞり返ってた割に、底辺オブ底辺じゃねえか。


 リッチはかなりヤバいモンスターだから、そっちはわからなくはないが。


「ゴーレムだって、モンスターとしてはレベル高いぞ。よく使い魔にできたな」

「それは俺の人徳だな」


 胸をそっくり返してやがる。


 ウェアラットすら喚べないんじゃ、ゴーレムなんかも本来、使えっこないはず。それでも使役できているのは、ゴーレムの知能が低すぎるからかな。この召喚主はレベルが低すぎるとか、そこに気づいてないだけだろう。気づかれたら、ゴーレムに踏み潰されるはずだ。


 リッチはアンデッドになった魔術師だ。前に戦ったときの印象だと、戦闘中は意外に敏捷だった。だが長時間の歩行に向いているとは、とても思えない。


 おまけにウェアラットは、地中を掘り進むモンスターだ。つまりどちらも歩行速度は遅い。仮にゴーレムに追加して召喚するとしても、ウェアラットもリッチも、マッピング業務の相棒としては厳しいだろう。ゴーレムよりはマシという程度で。


「リッチは難しそうだが、ウェアラットなら召喚できるんじゃないか」


 聞いちゃった以上、なんか言わんとならん。一応、常識的な線をアドバイスしてみた。


「いや無理だろ。Iデバイスの説明画面によると、仲間を次々呼んで、低レベルの使い手は集団で食い殺すってあったし」

「なるほど」


 実際、俺もポップアップしたウェアラットの「仲間呼び」攻撃で初日にえらい目に合ったしな。川岸は嫌な野郎だが、食い殺されるんじゃ、かわいそうではある。てか俺も夢見が悪いわ。


「山本のほうはどうだ。王都の門前では、なんか双子みたいなシーフを連れてたが。山本のほうなら、まだ追加できるんじゃないか、使い魔」

「あいつの使い魔候補は、シーフ/シーフ/インキュバスだった」

「ぶほっ」


 思わず茶を噴いたわwww


 インキュバスって、男の淫魔じゃん。

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