7-7 川岸の野郎を、犬のように引きずり回す

「山本のほうはどうだ。王都の門前では、なんか双子みたいなシーフを連れてたが。山本のほうなら、まだ追加できるんじゃないか、使い魔」

「あいつの使い魔候補は、シーフ/シーフ/インキュバスだった」

「ぶほっ」


 思わず茶を噴いたわwww


 レナはサキュバス、つまり女の淫魔。それだけに俺にエロ絡みでなにかと迫ってくる。実際、夢の世界でも現実でも、すでに俺と関係を持ってるからな。


 インキュバスって、男の淫魔だろ。サキュバスと対になるモンスター。そんなん召喚したら、山本の奴、遅かれ早かれオカマ掘られるじゃん。てか下手したら、川岸も並んで掘られるなこれ。生っ白い尻晒して四つん這いでふたり並んでるとか想像したら、大笑いだわ。


「インキュバスかよ」


 大声で笑う俺を、川岸は突っ立ったまま、ぼーっと見てたわ。


「まあ、そういうことだ。山本は、二体のシーフを召喚した。事実上、もう召喚できる使い魔は使い切ってるわけさ」

「そりゃそうだ」


 笑いすぎて、思わず素で返しちゃったわ。


「とにかく、俺も山本も、もう使い魔は召喚できん。勝手に余計なこと社長に吹き込むなっての」

「そりゃあな。レベルが低すぎて召喚できません、オカマ掘られるんで召喚できませんとか、素直に報告書に書けないもんな」

「てめえっ」


 睨まれたが知るか。全然怖くないし。俺この間、冥王ハーデスと対峙して胸を杖で貫かれそうになったんだぞ。あんときなんか、金玉握ってどうにか恐怖をこらえたくらいでさ。今さら川岸風情、なんとも思わん。


「それより川岸お前、なんでも王都を起点に、『街道ぶらり旅』を楽しんでるらしいじゃないか。バラエティー番組でも撮影してるのか?」

「か、街道を辿れば、商都だの辺境だのの重要拠点に、簡単に行けるからな」

「整備された街道だろ。モンスターもほとんどポップアップしないから、人間の脚なら一時間で六キロは堅い。ゴーレムなんか連れ歩くから、その一割も進んでないんだろ」

「だ、だからどうした」

「解決策は簡単に思いつくだろ。ゴーレムは喚ばなきゃいい。人間+山本のシーフだけのパーティーで進めば、はるかに距離を稼げる」

「そうは行かん」


 ぶんぶん首を振ってやがる。


「万一にでも、モンスターが出たら困る。シーフでは心細い。俺の身にわずかでも危険が及べば、我が社の大きな損失だ」


 臆病風を、いいように言い繕うもんだわ。


「それに山賊だの現地人の底辺を威嚇するのにも、強面のモンスターが、どうしても必要だ」


 虎の威を借る……ってところか。まあ川岸は悪だくみだけ得意な小物――雑魚――だからな。


「川岸。お前がそう思うなら、仕方ない。のろのろ遊んでろや。俺と吉野さんの最近の踏破速度、知ってるだろ。どんどん差がつくぞ」

「それがどうした」

「お前の神輿に大勢乗っかってるとかいう間抜けな役員共だって、いずれ気がつく。川岸という三下は、口ばっかりの、とんだ食わせ者だとな」

「……」

「お前の社内評価は地に落ちる。……左遷だな。ナイジェリアあたりの子会社で、腐敗政治家に賄賂渡しながら権益確保に明け暮れることになるだろうさ。まあ頑張れ」

「お、お前の使い魔をよこせ」

「は?」


 いきなり、なに言ってんだ、こいつ。


「平お前、使い魔多いらしいじゃないか。ひとりくらい回してくれたっていいだろ。なんせお前のマッピング業績は、俺の部署のもの。言ってみれば俺はお前の上司みたいなもんだからな」

「はあ?」


 マジ、なに言ってるんだこいつ(リフレイン)


「そうだな。門前で会ったとき、弓使いのエルフ連れてたろ、平。女で頼りなさそうだが、あれで我慢してやる。弓使いなら離れたところから攻撃できるから、戦闘中、俺には危険が及ばないからな」


 はあ、どこまでも臆病な奴だな。おまけに勝手に話、進めてるし。


「いいか、こうやるんだ。毎朝俺と同じ場所にまず転送され、エルフを召喚して一日、俺に従えと命令しろ。それで解決だ」

「無茶言うな」


 話にもならんわ。


「使い魔は全員、俺のことを慕っている。ひとり外すなんてかわいそうなこと、俺にはできん」

「そこをなんとか」

「それに川岸。お前と俺や吉野さんは没交渉と決めただろ。なんでまたしても俺に頼る」

「頼ってるんじゃない」


 痛いところを突かれたせいか、逆ギレ気味に俺を睨みつけてきた。


「いいか平、勘違いするなよ。頼ってるんじゃない。事実上の上司として、お前に命令してるんだ」


 ふんぞり返って腕を組んで。精一杯の上司面って奴だ。


「今日は川岸、また違うネクタイだな」

「えっ?」


 急に話が変わって、川岸の奴、戸惑ってるな。まあ前のタイは役員会議の前に俺が握り潰してよれよれになったから、もう締められんだろうが。


「それがどうした。欲しいなら、交換条件だ。俺がショップに口を利いてやってもいいぞ。これはなにしろイタリア製の――」

「あほらし」


 もういいわ。


 ご自慢のタイを引っ掴むと、俺は川岸を引きずり回した。


「くっ苦しい」


 前かがみになったまま、手を首に当ててなんとか緩めようとしてるな。いつもながらイタリア製のタイは、よく首が締まる。さすが高級ブランドなだけあるわ。


 そのまま個室を出て、ミーティングスペースに居合わせた経営企画室の面々が目を丸くする中、経営企画室入り口まで引き回す。間抜けな犬の散歩みたいなもんだ。タイで引きずられるから、四足着きそうなくらい前傾になってるし。


 これはまた社内で噂になるな。伝え聞いた役員連中に、また馬鹿野郎扱いされるわwww


 まあいいか。どうせ俺は左遷の底辺社員だったんだし。どう転んでもダメ元だ。


「てめえがケツ舐めてる役員に尻拭いしてもらえ、アホ」


 川岸の野郎を、俺は文字通り叩き出した。

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