7-8 金属資源事業部長に呼び出されたがタンカを切るw

「てめえがケツ舐めてる役員に尻拭いしてもらえ、アホ」――そう川岸の野郎を煽ったせいかどうかは知らんが(てかそのせいかw)、その日のうちに、俺は金属資源事業部の事業部長に呼び出された。


「平くん。こうして話すのは、初めてだね」


 事業部長室で俺を迎えたおっさんは、ソファーの向こうから値踏みするかのように、俺をじっと見つめている。


 事業部長だから当然だが、もう五十代後半だ。それなりに皺と白髪が目立つ、厳しい仕事で歴史を刻んだ面構え。俺はシニアフェローだから事業部長格。二十五歳かそこらの事業部長格なんか、三木本商事百年以上の歴史で、前代未聞の椿事ちんじだ。


「はい。そうっすね」


 海部かいふ事業部長は、川岸の直属上司にあたる。あいつはなんたって三木本Iリサーチ社課長と本社金属事業部課長という兼務人事だからな。金属資源事業部は川岸の古巣だ。その意味でも、あいつを鵜飼いのごとく操る役員連中のひとりってことになる。


「君と吉野シニアフェローの活躍は、いろいろ聞いているよ」

「はあ」


 どんな噂だが、わかったもんじゃないがな。


「いやいい部屋っすねえ。さすが三木本商事のメイン事業を仕切るお方の部屋だけある」


 田舎者よろしく、俺はわざときょろきょろ見回してみせた。


 事業部長室はさすがに広いな。社長室ほど豪勢でなく実務的な内装ではあるものの、広さは社長室の半分ほどはある。俺が経営企画室でもらってる個室の十倍くらいの面積だ。


「君だって部屋もらえるだろ」

「まあそうなんですがね。経企での俺は、業績上げてないし」


 シニアフェローである俺も本来、このくらいの個室をもらえるはずなんだが、俺はそんなん興味ないからな。適当に謙遜しておく。


「いやいや、そんなことはないだろう。今だって三木本Iリサーチ社のマッピング距離、ほとんど君と吉野くんが稼いでるじゃないか」

「まあ川岸くんが、まだ慣れてないからじゃないですか」


 年次が上の川岸のことを「くん」扱いしたんで、ちょっと睨まれた。なんたってこいつの部下だしな。まあ地位はただの課長だから、シニアフェローの俺なら呼び捨てにしたっていいんだが。


「君からも川岸にコツを教えてやってくれ」

「教えてもわからないでしょ。猿の脳味噌だし」

「……ほう。面白いことを言う」


 それからも腹の探り合いが続いたが、なんかの拍子に、ついに海部事業部長が斬り込んできた。


「君は私の邪魔をするのかね。……それならこちらも、いろいろ考えないとならないが」


 おう。脅しに来たか。脅し方がジェントルな分、単細胞の川岸よりはるかにマシってか策略家なんだろうが。


「邪魔……。邪魔とはどういう意味でのご発言でしょうか。事業部長」


 いつぞや、ワインバーで社長が俺を煙に巻いた、あのやり方使わせてもらうわ。


「邪魔は邪魔だよ、平シニアフェロー。現社長は壮大な夢をお持ちの優れたお方。時にその夢の重さを、我が社が支えきれないこともある」


 これ、グローバルジャンプ21事業大失敗のことを、社長を持ち上げながらもけなしてるんだな。言質取られてもいい言い方だ。頭いいぞ、こいつ。


「私はねえ平くん。現社長が夢見ておられる世界を、未来に渡って実現するため、とてつもなく努力してるんだよ。川岸くんが前面に立つ三木本Iリサーチ社は、その重要な駒のひとつなんだ」


 はあ、社長レース出馬宣言も同然だよな。未来は俺が仕切るってんだから。まあこいつが社長候補なの、みんな知ってるし。俺に漏らしても問題ないのは、明らかだ。


「邪魔なんかしてませんよ。海部事業部長」

「ほう」


 意外そうな顔だ。社内のほとんどから、俺は社長派と思われている。後続の社長候補を片っ端から潰して社長政権の長期化を図っていると考えていたんだろう。


 実際には俺は社長派ってわけでもないんだがな。ケツ舐めてるわけじゃないし。でも社内からそう判断されるのは仕方ない面がある。社長直轄でいろいろ動いてるからな。社長の後押しで超絶出世もしたし。


「海部さんの前途を邪魔する存在を、俺はむしろ炙り出そうとしてますからね」

「それは……どういうことかね、平くん」


 ひと息置いて、俺はゆっくりコーヒーを飲んだ。事業部長の微妙な表情を読み取りながら。言い方に最大限気をつけないと、俺は潰される。


「三木本商事の未来を担う人材は多い。海部さんはもちろん、その筆頭だ」

「……」


 事業部長は黙っている。余計な言質を取られたくないのだろう。俺は今、社長レースのどろどろに、婉曲えんきょくに触れてるわけだからな。


「ご存じのように、俺にはもう出世の目はない。だから誰に忖度そんたくすることもなく、プレーンな瞳で状況を観察できる」

「なにか、面白い状況を観察したということだな」

「このコーヒー、うまいですね」

「私の秘書に、特別に手配させた奴だ。ジャマイカ産だな。なかなか手に入る豆じゃないぞ」


 俺が話を外したのに、焦れもせずに付き合ってきた。こいつ、できる。


「三木本Iリサーチ社の異世界マッピング事業は、開始前、絶対失敗すると思われていた。だから役員が誰も名乗り出ず、所轄なしでやむなく社長直轄になった」

「私は成功すると思っていたがね」

「おべんちゃらは結構。とにかくそれが大化けして、グローバルジャンプ21唯一の成功例となった。役員として手を出しておけば、なんかの謎レースで有利に働く。しかも社長直轄だから、平社員でも社長と触れ合うことが可能で、大将の動向を探るのには最適だ」

「……」


 事業部長は黙っていた。そりゃ、今はなんも言わんほうがいい。特にヤバい部分に俺が差し掛かってるから。


「以前のことですが、川岸課長代理は、海部さんに言いましたよね、きっと。自分がそこに転籍して乗っ取りますと。だから、あなたも彼を送り込もうとした」


 春頃、そう半年ほど前のことだ。


「いや。そんなことはない」


 首を振っている。俺は続けた。


「それは失敗しましたね。海部さん。社長が警戒したからです」


 実際は俺が社長に進言したんだけどな。そんな奴はブラックリストに入れろと。


「やがて社内で不思議な動きが起こった。とにかく吉野と平を叩き出して、そこに誰かを送り込もうと。……社長追い落としのために、複数の役員が結託した」

「……」


 今度は否定しなかった。ただ黙っているだけだ。


「そこであなたは陰謀の場で進言した。川岸課長代理がいいと。一度転籍希望を出しているから不自然でもないし、最適の人材だと。……たしかに説得力はある。今度は複数の役員が同期して動いたので、社長も跳ね除けられなかった。俺と吉野さんは超絶出世を代償として追い出され、川岸と山本が後釜に座った。褒美として、川岸は課長に出世した」

「君は面白い絵図を描くねえ。想像力が豊富すぎる。ミステリー小説でも書いたらどうかね」

「そうですかね」

「ああ。親戚が大手出版の経営陣だから、今度紹介してもいい」

「つまりフィクションとしては面白いってことですか」

「決まってるだろ、平くん。そんな陰謀など、この三木本商事には存在しないからな」


 そう来たか。


「ところで君は、私の邪魔をする存在を炙り出すと言ったね」

「ええ」

「その話が出てきてないな」

「もう話したも同然じゃないですか」

「どういうことだね」

「あなたは、自分が川岸を送り込んだと思っている。自分の部下だし……。実際、三木本Iリサーチ社の動向は、あなたに筒抜けになったはず。しかし……」


 海部事業部長の顔色が変わった。


「……誰だ」


 さすが勘が鋭いな。三段跳びで結論まで辿り着いてやがる。


 俺は大きく息を吸った。ここからが対決の正念場だ。

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