6-10 悪霊

「平ボス。むくろだ」


 タマが遠くを指差した。


「あそこに鉱物が積み上げてある。その脇。おそらくドワーフだ」


 見ると、たしかになにかが、ぼんやり闇に浮かんでいる。マジックトーチの光がそこまではほとんど届かないから、俺にはよくわからない。だが夜目の利くタマが言うのなら、死体で間違いないだろう。


「よし、まずそこに進もう。敵に襲われた死体を見れば、相手の攻撃手法が推察できるかもしれんからな。あとトリム」

「なに、平」

「そろそろ敵が出てくる可能性はある。出たらすぐ矢を射て。出た瞬間なら油断があるから、敵が姿を消す前に射抜けるかも」


 射抜いても殺せはしないだろうが、破邪の矢なら、封じることはできるかも。


「わかってる」


 左手の弓を俺に示した。右手で矢を数本矢筒から抜き出すと、握り締めた。あれ、同時に射るつもりだろう。エルフの弓術はいつ見てもたいしたもんだ。


 近づくに従って、俺にもそれが見えてきた。やはりドワーフの亡骸なきがらだった。乾燥した地下だからか、ミイラ化している。もじゃもじゃの髭が見えているし小柄だから、ドワーフで間違いない。


「ミスリルの鎧を着てるよ、ご主人様」

「ああレナ。それなりに高位のドワーフだろう。吉野さん、離れていていいですよ」

「平気。……悔しそうな顔をしてるね、かわいそうに」

「ええ」


 大分古い死体だ。装備からして、ドワーフの最終決戦時のものに違いない。


「タマ、傷はどうだ」

「見たところ傷はない」


 軽く黙祷を捧げると、タマは、ミスリルのチェインメイルをめくって見ている。


「やはり外傷はない」

「相手は悪霊だよ、お兄ちゃん。きっと精神攻撃とかで来るんだよ」

「待て。すぐ近くにもう一体ある」


 鉱石の陰に走ったタマが、そっちも確認してきた。


「あちらの骸は、剣で刺し貫かれている。傷にブレがない。一瞬で突き通されている。手練の剣技だ」

「平くん。こっちの人も、よく見たら腰が斬られてるわよ」


 度胸あるな、吉野さん。ミイラを傾けて、裏を見てるわ。


「後ろから横に斬られてる。すごく深い傷」

「そうか……」


 どうやら敵は剣で来るようだな。槍とかじゃなく。それに弓でもない。足元に一本も矢が転がってないし。


「剣を使っている以上、魔法や呪術でもないだろう。それなら近づく危険を冒すまでもなく、遠くから施術すれば済むし」

「でもお兄ちゃん、呪術で金縛りにしてから近づいて剣で払ったとかはありそうだよ」

「それも考えたがキラリン、後ろから襲われてるところを見ると、多分魔法や呪術はなさそうだ。だって金縛りにしてから殺すなら、前から斬ればいいだけの話だし」

「なるほど。さすがはお兄ちゃん、嫁思いのご主人様だけあるねっ」

「いやそれ、この局面では意味不明だし」


 俺は周囲に目を配った。


「まあいいや。これまで以上に注意して進もう」

「平くん、わかった」


 そこから数歩進んだだろうか。


「平ボス。前に敵。見たところ悪霊だ」


 タマの鋭い声が響いた。


「なにも見えんぞっ」


 マジックトーチの明かりが途切れる先まで、なにも見えない。俺や吉野さんは人間だ。ケットシーのタマやハイエルフのトリムといった、視力に優れた種族とは違う。


「いや、いる。今、あたしにも見えた。多数っ!」


 トリムの叫び声がすると、背後から鋭い風切り音が前方へと多数飛んだ。破邪矢だろう。


「みんな固まれ。タマは吉野さんを守りつつ背後警戒。トリムは俺と並べ。指示しやすい」


 矢継ぎ早に命令する。その瞬間、例によって遠くまで飛んだトリムの矢が、床に刺さる鈍い音が響いた。


「ダメッ」

「どうした、トリム」

「敵の体を通り抜けた。というか直撃の瞬間だけ、敵が姿を消したよ、平」


 くそっ。話の通りか。


「ボス、背後にも敵多数」


 タマの声は緊迫している。


「横にも。左右だ。囲まれた。見えているだけで数百体。背後に見え隠れしているから、奥にもっといそうだ」


 くそっ。どうすりゃいいんだ。冥王ハーデスを倒すどころか、悪霊になぶり殺しにされちまう。

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