6-9 第三階層の亡骸
梯子はとてつもなく長かった。焦れるように真っ暗闇を下降していると、このまま冥界まで引きずり込まれるんじゃないかという恐怖がある。
感じ取れるのは、梯子を掴んでいる手足の感覚、それに沼地然とした湿気った苔の香りだ。ドワーフの仮住居は普通に生活臭がしていたが、ここは全然違う。長い間、暗闇に放置されてきたからに違いない。
こんっ。
下ろした右足の先が、梯子段以外のどこか、平らなところに届いた。
「もしかしてここが……底?」
おそるおそる体重を移して、左足も踏み出す。間違いない。底かはわからんが、とにかく地面だ。
真っ暗で怖いんで、それでも片手は梯子から離せない。
「レナ、ここ、底だと思うか」
「わからないけど」
胸元で、レナがごそごそ動く気配がした。
「どうなんだろ」
「まあいいや。今、灯り点ける」
真っ暗闇で吉野さんが梯子踏み外したら大変だからな。
ビジネスリュックから手探りで、ドワーフのマジックアイテムを取り出した。ルービックキューブのような立方体。言われたとおり中央の蓋をスライドさせて、中のボタンを押し込む。
「カチリ」
手応えと共に、俺の頭上、そう二メートルくらい上に、眩しいくらいの光源が出現した。電球とか蛍光灯じゃなくて、太陽光の色。光源自体は多分二十センチかそこらの大きさ。とはいえ眩しすぎてはっきり見られないので、よくわからん。
俺が立っているのは、どこかの大広間。とにかく見渡す限り床が続いている。床には幾何学的な模様が描かれており、豪奢な感じ。さすがは王族も含め、ドワーフの本拠地だっただけある。先は暗く闇に落ちていて、壁は見えない。
相当広いぞ、これ。
見上げても天井は闇の中で、やはり見えない。つまりかなり高い。梯子を慎重に下りる仲間の姿は見えている。マジックトーチに下から照らされて、ミスリルのチェインメイルが、明かりをきらきらと反射している。
周囲には、とりあえず敵はいない。激戦の地というからドワーフの死体がごろごろしてたら嫌だと思ってたけど、なにもない。多分もっと先だな、それは。
みんな大丈夫か――と叫ぼうとして、止めた。ここは敵の地。大声で気づかれたら、大変だ。
それでも明るくなって足元が見えるようになったせいか、パーティーの下降速度は速まった。五分かそこらで、全員、大広間に到着した。
「さて……」
俺はパーティーを見回した。さすがに緊張した表情だが、怖気づいている奴はいない。
「暗いからちょっと怖いけど、まあ問題ない。事前に決めたフォーメーションで進むぞ。タマが前衛に立たないから、みんな油断するなよ」
全員頷いた。
「ところでキラリン、ここから現実世界に転移することは可能か」
以前、グリーンドラゴンの巣穴の奥深くで、あの嫌な野郎は現実に位相転換できなかった。あいつと俺達、使っているデバイスが違うから大丈夫だとは思うが、念のため確認しておかないと。
目を閉じて、キラリンはなにか瞑想するように眉を寄せた。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
目を開く。
「圏外じゃなくて、棒が三本立ってる。この調子なら、ずっと先でも棒一本は立つんじゃないかな」
スマホ的インターフェイスなの、どうしても笑っちゃうけどな。まあマリリン博士がそう設計したんだから、仕方ない。これ絶対、趣味入ってるよな。
「よし。先に進んでもし棒が心許なくなったら、教えるんだぞ」
「わかってるよ、お兄ちゃん」
「平ボスのボス」
背後を見透かすように確認していたタマが、振り返った。
「どこにも、敵の気配はない。とりあえず安全だろう」
「でも悪霊は急に出てくるって言ってたわよね、ドワーフさんたち」
「そうです吉野さん。警戒しながら進みましょう」
「なに、敵が出たらあたしが瞬速で射殺すから」
トリムが弓を構えた。
「破魔矢と爆発矢があるから、霊魂相手でもなんとかなるんじゃないかな」
「それだといいな。……レナ、お前は地図係だ」
「任せて。これで――」
ドワーフにもらった迷宮マップを、レナは拡げてみせた。
「――進む方向はわかるよ。これすごく良く出来てるんだ。呪力地図だから目標の方向が常に表示されるし。それに下の階層に進むと、自動で表示が切り替わるんだよ」
まるでカーナビだな。
「じゃあ行くぞ」
そろそろと、俺達は進み始めた。
●
「いよいよ第三階層か……」
長い階段を下りると、曲がりくねった通路に出た。
「ご主人様」
レナが見上げてきた。
「ドワーフの地図どおりなら、この階層の一番先に、例の冥界の穴があるよ」
「どうも、この階層はヤバそうなんだよな」
ここまで、地図上に表示される第一階層、第二階層と進んできた。「階層」といっても、ビルのワンフロアのような感じじゃない。くねくね続く坂道を上ったり下りたり、時には長い階段を抜けても、まだ第一階層のままだったりした。どうもなんらかの大きな区分を、「階層」として地図で分けているようだ。地図がなかったら、絶対迷子になって死ぬまで地上に戻れないと思うわ。
ここまで抜けてきた雰囲気的には、第一階層は、ドワーフの公的な場所のような感じさ。大広間、儀式に使うと思われる凝った造りの建造物、そして学校だか図書館だか、そんなような施設。
岩盤を削って豪勢な宮殿が造ってあったのには、さすがに驚いた。だってパーツを組み立ててるんじゃなくて、岩を掘り抜いて造ってあるんだぜ。建築じゃなくて切削宮殿。ドワーフの技術、凄えわ。
第二階層は、ざっくり言うなら、ドワーフの私的な場所。住居が続き、薬屋や食料品店、酒場まであった。なんたって表に「酒」って書いてあったからな。日本語で。日本人の妄想影響が大きくなっている時代だけあるわ。
そしてここ、第三階層だ。ここは、これまでとは雰囲気が全然違う。ここまでは壁も床もきれいに装飾され整えられていたが、ここは壁からして、岩をくり抜いた跡丸出し。床なんかない。地面はでこぼこしており、まあよく言って「山道」、普通に考えたら「坑道」ってとこさ。
つまりここは、ドワーフの生産地帯だな、おそらく。岩を掘り、貴重な資源やなんやかやを回収するという。
「どうにも、このフロアには危険を感じる」
「ああ、ここは臭いもヤバい」
タマの猫目が、マジックトーチに輝いている。
「死の香りだ」
「やっぱりそうか」
ここまで、敵の姿どころか、死体のひとつも見なかった。おそらく、戦闘場所ではなかったということだろう。
「みんな、気を張って進むぞ」
「平くん、わかってる」
「ご主人様、地図によると、この通路を抜ければ大きな空間があるよ。そこから四方八方に枝道が広がってる。多分、掘削物の一時集積場所かなんかじゃないかな」
「レナの言うとおりなら、平、そこで最後の決戦が持たれたんじゃないかな」
トリムが顔を引き締めた。
「最後の戦いで、ドワーフ王はそれなりに大規模な軍勢を率いたはず。狭い場所で戦っては不利だもん」
「そうだな。……つまり、そこには敵がいる可能性が高いってことだ。……キラリン」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。棒は立ってる」
「よし。進むぞ。足元に注意しろ。つまづきやすいからな」
そろそろと足先で地面を探りながら、俺達は歩き始めた。
見通せないくねくね道は、ちょっと怖い。見えない先に、なにがいるかわからないからな。びくびくしながらもなんとか進んだ俺達は、レナの言葉どおり、大きな広場へと達した。
天井こそ低いものの、ど広い。東京ドームいくつ分かってくらい、見渡す限りの広さだ。天井が低いのは、生産場所だけに無駄な掘削を避けたってことだろう。ところどころ、なにかの資材らしきものが積んである。レナの見方は正しかったようだ。
「平ボス。
タマが遠くを指差した。
「あそこに鉱物が積み上げてある。その脇。姿形からして、おそらくドワーフだ」
始まったか……。
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