6-8 ミスリルの死装束
「ここが入り口なのか。地下迷宮の」
「ああ。そうじゃ」
ドワーフの族長ナブーは頷いた。
「特におどろおどろしい感じはないな」
「当たり前じゃ。わしらの住居だったわけだし」
「いや悪霊が大勢いるって話だからさ」
入り口は、例の岩盤の、ドワーフ居住区からかなり離れた反対側に
居住区同様、正方形の金属扉が地面に作られている。表面に、なにかの御札が貼られている。地下迷宮を放棄して封印したと言っていたから、これが呪力のある封印の御札なのだろう。
「それにしても、うまく隠したもんだな」
「まあのう。ウルク沙漠には、そうそう旅人がいるはずもない。それでも万万が一にも、封印が破られたら危険じゃでな」
実際、分厚く砂が掛けられ、扉は隠されていた。今しがた、ドワーフ軍団が物凄い勢いで掘り起こしてくれたのだ。
連中の掘削技術、マジ最高だわ。ドワーフ嫌いのトリムでさえ、呆然としてたし。
「それよりあんたら、準備はいいのか」
「ちょっと待ってくだい。確認するから」
俺はパーティーを見回した。
「吉野さん、どうですか」
「私は平気。……ちょっとドキドキしてるけど」
吉野さんはミネルヴァの大太刀を背負い、ドワーフからもらった呪法の護符を、懐に収めている。護符はパーティー全体、特に所持者を強く守護する。だから吉野さんに持たせたんだ。
それにミネルヴァの大太刀は、攻撃、防御共にマジックエンチャントされている。だから悪霊相手にも、ある程度の効果は期待できるし。
大太刀だけに刀身が長いから、背負ったままでは簡単には抜けない。でも腰に提げたら邪魔だし、そもそもそれでも抜刀は難しい。戦闘時は下ろしてから抜くか、タマが抜いて手渡す手順と決めてある。
「大丈夫ですよ。俺とタマが守るから。なっ、タマ」
「当然だ。ふみえボスはあたしがカバーする」
冥界の相手に格闘術は使いにくいだろうから、タマは今回戦力というより、吉野さんのガードとして考えている。その分、ポーションの類をたくさん持たせてるし。
「トリムはどうだ」
タマが厳しい分、間接攻撃できるトリムの弓矢には期待している。通常の矢だけでなく、広範囲にダメージを与えられる爆発矢もある。霊魂相手に効くかは怪しいが、結界も張れるしな。
「いっぱいに矢を詰めた矢筒を、みっつも背負ってるからね。悪霊なんか、なに。どんと来いってもんだよ」
「頼もしいな、トリム。……キラリンはどうよ」
「あたしはいつでもいいよ、お兄ちゃん」
「おう。助かる」
キラリンは人型にしてある。人型なら戦闘中は仲間に対する自動バフ効果があるって話だし。俺達パーティーにはいなかった、エンチャンターとしての活躍を期待できる。これまでは吉野さんがポーションで代役してたわけだしな。
それに人型になっていてもらえば、最悪の事態になりそうだったら、現実世界に俺達を飛ばせるからな。小柄で戦闘力はなさそうだから、キラリンには護身用として、シタルダ王マハーラーから下賜された破邪の短剣を持たせてある。ミネルヴァの大太刀同様、悪霊相手でも多少は効果があるだろう。
「レナは?」
「任せて。これがあるからねっ」
俺の胸の定位置で、例の楊枝剣を振りかざした。即死効果が霊魂に通じるかはかなり疑問だが、冥王ハーデスや悪霊が俺を殺そうと間近に迫ってきたときの、最後の賭けってとこさ。
俺は初期装備「ひのきの棒」、跳ね鯉村ロングスウォード、バスカヴィル家の魔剣という、いつもの三点セット。さらに頼みの綱として、イシスの黒真珠を持っている。吉野さんのドワーフの護符との相乗効果で、悪霊除けを期待してる。
これ以上寿命が縮むと、俺は多分、即死する羽目になる。だから魔剣の力は使わないつもりだ。とはいえ吉野さんの命が危ないとなれば、魔剣の精に頼んで力を解放すると心に決めてある。
吉野さんとは二晩も、エッチなことをした。それも含めここ一年弱で、俺は一生分の幸せを味わえた。心残りは山ほどあるが、吉野さんを助けるためなら最悪、死んでもかまやしない。
いずれにしろまあ、最後の手段って奴さ。基本、使う気はない。そんなん使うくらいなら、ハナから地下迷宮攻略なんか諦めて先に進めばいいだけの話だしな。
「平ボスのボス。それにしても、この鎧は軽いな。格別だ。金属製というのに、あたしのいつもの革の防具より軽いぞ」
タマは腕を上げてみせた。チェインメイルがじゃらりと音を立てる。
「さすがミスリル製だ」
全員、ドワーフが用意してくれたミスリルの
俺や吉野さん用はともかく、タマのネコミミ対応のコイフとかレナサイズのメイルまで作ってくれてたからな。これら全てを短時間で用意してくれたとか、さすがドワーフ。加工技術はピカイチなんだろう。
「……まあ、動きやすいしね」
渋々といった感じで、トリムが認めた。
微妙な仲のエルフというのに、トリムの分も用意してくれてるし。ミスリルは超絶貴重な金属だというのにな。連中も、藁にもすがる思いなんだな。
「たしかにな。力が湧いて出る気もするし」
「ミスリルは、ミスリルというだけで魔法でエンチャントされるからじゃ」
ナブー族長が説明した。
「なるほど」
さすが貴重な金属として珍重されるだけある。実際、このチェインメイルは、ビーズくらいに小さな鎖で編まれた鎧だが、金属製とは思えないほど軽い。おまけに子牛革かってくらい、しなやかだ。
防刃性に優れるから、普通の剣なんか跳ね返すって話。それに物理的な衝撃もかなり低減させるらしい。こん棒やメイスのような打撃系武器で、大きなトロールに思いっ切り殴られても、死んだり骨が折れたりせず、それほど痛くないってさ。
ドワーフ国王が斃れたってことは、ハーデス率いる冥王軍団の攻撃にはさほど通じなかったとしか判断できないが。それでも、ないよりは百倍マシだ。まあ、これが
「ナブー族長。俺達は準備万端だ。いつでもいいぞ」
「頼もしいのう」
族長のもじゃ髭が動いた。髭に隠れていて口元がよくわからないが、どうやら笑ったようだ。
「とはいえ族長。話したように、今日のところは威力偵察だ。俺達が持っているアイテムの効果で、どれだけ冥王ハーデスや悪霊たちを遠ざけられるか、調べる。大丈夫そうなら、あんたたちにもらった迷宮内地図で、冥界の穴まで進む。そのくらい行けたら万々歳だ」
冥界の穴付近まで進んだら、キラリンに転移ポイントのフラグを立ててもらうつもりだ。そこまで行けたら、今日は戻る。
後日、そこに突然現れた俺達に冥界軍団が混乱した隙に、ハーデスを穴の縁まで誘導。ハーデスの頭上からイシスの黒真珠で封印を施して、穴に叩き落とす。封印はそのまま維持されるから、冥王の「冥界戻し」成功って狙いさ。
そう都合よく行けばって話だが。まあ悩んでも仕方ない。やるだけやってやるさ。なにせ俺の寿命と吉野さんの幸せが懸かってるからな。
「いいか、中は暗闇じゃ。松明など、はるか昔に燃え尽きておる。呪力トーチのアイテムは持たせた。梯子を下りきったら、トーチのマナを解放するのじゃ」
「わかってるって」
マナ解放により、呪法が発動。俺達の頭上から、トーチが常に周囲を照らしてくれるようになるらしい。
「ナブー族長。では封印を解除してもらおうかな」
「わかった。あんたらが迷宮に入ったら、わしはまた、すぐ封印する。そうなると内側からは扉は開けられなくなる。出たければ、扉を叩いて合図してくれ」
閉じ込められるってのはちょっと怖いが、まあ仕方ない。やるっきゃない。
「了解した。お願いする」
「よしきた」
族長の目配せで、巫女かなんかと思われる老女が、封印に手をかざし、なにか呪文を唱えた。一分ほど長い詠唱が続いただろうか。突然沈黙した老女が、封印を引きちぎる。なにか目に見えない衝撃が、空気を揺らした。
老女が扉を跳ね上げると、梯子の先端だけが、陽光にぼんやり浮かんでいる。すぐ先からは真の暗闇。どこまで広がっているか、見当もつかない。
「今じゃ。急げっ」
緊迫した声で、ナブーが叫んだ。
「すぐ封印せねばならん」
「よし行くぞ、みんなっ。続けっ!」
真っ暗で一瞬ビビったが、やるしかない。深く常闇へと続く梯子を、俺は滑るように下り始めた。
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